25
「ああー、食べたあー」
背もたれ代わりにしているベッドに寄りかかり、両腕を上げ気持ち良く伸びをした。
「おまえ……ずいぶん食ったな」
「うん。お腹いっぱいだよ。ごちそうさまー。尊、愛してる!」
私はこの世のうまいものすべてに愛を叫ぶ。
あれから、握りのウニをいくつか堪能し、大間産本マグロの赤身に中トロ、めったに入らないという天然の縞鰺や関鯖、江戸前の小鰭にいたるまで、たっぷりと高級鮨を楽しませていただいた。
もちろん、豪華銘酒飲み放題付きで。
ポンポンと気持ち膨らんだお腹を叩いて勝ち誇った笑みを浮かべる私から、尊はぷいっと顔を背け、悔しそうに「あの野郎……金取りやがって……」許さねえ、と、独り言ちる。
ざまーみろ。なにがお互い相手を知る努力をしよう、だ。ひとを引っかけようなんて企むからだよ。
隣で胡座をかいている尊のむくれた顔を眺めるのは、なんと小気味好いことか。
「良いお兄さんだねー、いったあ!」
パシッと額を叩かれた。なによ、本当のことを言っただけじゃないの。
腰に回していたその手がグイッと私を引き寄せる。必然的に肩にもたれかかった私の耳元で、尊がささやいたその言葉に、ゾワッと背筋が凍った。
「覚悟しろよ。このツケは、身体で払ってもらう」
ドクンと心臓が高鳴る。
尊が私の左手に指を絡めて持ち上げ、薬指を節くれ立った細く長い指で撫でている。
携帯電話同様、結婚指輪も無くしたと思われているのだろう。
尊を傷つけている。そう思うと、チクリと胸が痛んだ。
「指輪は、ちゃんとしまってあるから」
顔を見上げると、至近距離に尊の安心したような微笑みが。つられて私も微笑むと、唇がそっと落ちてきて、ギュッと抱きしめられた。その腕に、私も自分の手を重ねる。
「なあ、どうしても……嫌か?」
それは、つまり……あれだ。
真剣なその眼差しが語る言葉が聞こえてくるようだ。諦めよう。もうこれ以上、抵抗しても無駄。ふっと小さく息をして、首を左右に振った。
「絶対に無理はさせない。約束する」
うん。と、小さく頷くと、安堵のため息と一緒に、私を抱く腕に力がこもる。
「それと……、うまいメシも付ける」
うまいメシ。うまいメシとは。まさか、いや、絶対、そのまさかだ。
腕をビシャッと叩いて力が緩んだ隙に体を起こし、正座をして尊に向き直った。突然変わった私の態度の意味を理解できないらしい尊は、目を丸くしている。
「佳恵になに言われたの?」
挙動不審の瞳が、口より先にものを言う。
「なにって……、べつに? ただ、おまえを引き抜きたければ、うまいメシで釣れ。ただし、絶対に無理はさせるなって」
「あ、の、オンナぁ……」
裏切られた。
倉庫から引きずり出せさえすれば、私がどうなってもかまわないわけか。目的のためには手段を選ばず。私をこいつに売り渡してくれるとは。
「他には? 他にはなにか言ってた?」
「他か? いや、特には……」
言葉を濁したその一瞬の表情を、私は見過ごさなかった。
「尊、あなたまさか……。まさか佳恵に、私たちのこと言ってないでしょうね?」
「う、ん?」
強く見つめると案の定、尊の瞳が小さく揺れて逸れた。
「ねえ、なに言ったの? どこまでしゃべったの?」
「え? どこまで……もなにも、俺とおまえが夫婦だって、その事実だけだが……」
「話したの? それで? 他には? 根掘り葉掘り聞かれたんじゃないの? そうだ! 私のバッグ! バッグどこ?」
ものすごく、嫌な予感がする。
慌てて周囲を見回し、部屋の隅に置きっぱなしにしていたバッグを見つけ、膝行って手を伸ばし手繰り寄せた。
携帯電話の画面を見て、万事休すと天井を仰ぐ。
——いったいどうなってるの? 明日行くから首を洗って待ってなさいよ。
ほらね、言わんこっちゃない。
「どうした?」
どうしたもこうしたもない。私は振り向きざまに宣言した。
「今日は帰さないからね!」
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