闘う理由 003
あたしが呆気に取られているうちに、ぐんぐんと街の灯りが近づいてくる。
ニューマウナケアシティに入ってすぐにホバーカーは左折してわき道に入った。
誘導ビームが無くなるのでハンドルを握らないといけない。
エンジンを噴射して高度をゆっくり上げていく。
くねくねと天に向かって手を伸ばす枝葉を避けて飛ぶ。
あたしは緊張したけど、キティーが起きなかったからまあまあ上手い運転だったんじゃないかな。
車体が斜めになっても寝てたキティーもキティーだけど。
目的地<カーリー・イン>は地上五十二階にフロントを構えてる。
ホバーヴィークル愛好家専用の小さなモーテルなの。
テトラが教えてくれた。
今日の駐車場にはホバーカーもヴィークルの類も何も停まっていない。
あたしはほっとした。
あんまり社交的な気分じゃなかったもの。
ホバーカーを駐車場の開口部(幹と幹の間にある。ここを通り抜けられないような下手な運転手は泊まれませんってことね)から滑り込ませて接地させると、あたしはふたりを車内に残してモーテルのフロントに出向いた。
入り口の扉を開けると、フロントにいたネハおばちゃんがさっと厳しい目線であたしを見つめて、それから、
「何だい、カノアかい! びっくりさせるんじゃないよ」
と言って飛び出してきてハグしてくれる。
文字どおりフロントデスクを飛び越してきたんだ。
ネハおばちゃんは翼を持つフォビ族とヒト族のミックスで、体形がヒト族に寄ったんで重さをカバーするために遺伝子操作で翼を追加したから、ぱっと見では体中に翼が生えているように感じる。
古代インドの血を引くネハおばちゃんからは、相変わらずスパイスの香りがした。
額には赤い点のペイントがある。
青黒い肌の上で蛍光するタトゥーがスペース・ヒンドゥーの神々のダンスを上演する。
「どうしたの、こんな時間に。うん? 良い人を連れてきたの?」
「えっと、そうとも言えるし、そうとも言えない」
「謎かけみたいなことを言うのね。それにあなた雨の匂いがするわ」
その柔らかな言葉を聞いて、あたしの心に棘がちくりと刺さる。
今日一日で、死と火薬の言葉にあたしは慣れ過ぎていた。
平和な日常を見せつけられて、ここを頼ろうとした自分の考えの浅はかさになんだかショックを受ける。
世界のすべてがあたしたちの戦いを中心に回っているような錯覚をしていたの。
「おばちゃん、あの……もしかしたらご迷惑をかけるかもしれない。特殊な事情があって」
ネハおばちゃんは怪訝な顔をする。
タトゥーの神々があたしを一斉に注視した。
「おばちゃん、やっぱり駄目だわ。あたしここに来ちゃいけなかった。テロリストに襲われたの」
ネハおばちゃんはあたしの肩を抱いて、ゆさぶって、それから強い光を目に宿してフロントデスクの裏をごそごそと探りに行った。
あたしは罪悪感に苛まれる。
おばちゃんは鍵と、データキューブを手に乗せて戻ってきた。
「湖の反対側の離れの鍵、それから、あんたの友達の忘れものだよ」
「おばちゃん、でも……」
「困ったときはお互い様って言うの、カノア。あなたとあなたの友達が何者かってくらい知ってるよ。命懸けの若者を追い出せるもんか」
あたしの手におばちゃんが鍵とキューブを押し付ける。
押し返そうとしたけど、おばちゃんは頑として拒絶した。
「私はね、テトラに借りがあるんだ。それにご覧、今日は開店休業みたいなもんだからどうなったって迷惑はかかんないよ」
それからおばちゃんは少し白髪の入った髪の毛を掻き上げると、そこに入った手術跡をあたしに示す。
見間違いようがなかった。
ファンタジー・キラーの切開に特有な刻印が、そこに押されてたんだから。
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