闘う理由 001
<カノア>
先に弁解しておくけど、あたしは別にぼーっとしてたわけじゃない。
そんな馬鹿みたいな振る舞いはしません。
例え大好きな人が目の前で死んでいくのを一日二回連続で甘受したとしてもね。
洞窟を出た後あたしがずっと黙り込んでいたのは、圧倒されていたからなの。
脳径接続のネットワークが回復し、あたしがそれを切断して身内だけのローカルネットワークに繋ぎなおすまでのほんの0.0000001秒くらいの間に、あたしの脳内に金色の龍のアバターが侵入していた。
リチャードさんに見せてもらったあの龍、リチャードさんと同じ真っ赤な目をした龍が、あたしの脳径接続用リソースの中にせっせと重要な記録――たとえばニューハワイキ星とレイニー星の法律データパックとか、密航用の偽乗船券の作成手順とか――を詰め込んでいくので外の世界の処理をするのに十分な思考回路が割けなかったわけ。
どのタイミングでだか分からないけど、リチャードさんは自分が犠牲になることを見越してあたしにデータを残してくれていたんだ。
本当にすごい人。
このプログラムを組むのにほんのわずかな時間しか無かったはずなのに。
「そろそろ降りてくれ」
とあたしの耳元にキティーの囁きが届き、首筋をその息が撫でるまで、あたしはめくるめくデジタルの竜宮城で宝物を見せられていた。
で、我に返ったら返ったであのめちゃくちゃ美しくて、細いけど逞しいキティーの腕があたしを肩から(肩から!)抱き下ろすところだったの。
そりゃあ、もう一回ショートするよね。
するって。
するよ絶対。
あたしが色んな衝撃を味わいながら夜風に吹かれていたら、キティーが殿下をぶん殴った。
そこで完全に正気に戻って、あたしは、
「なんてことを!」
と叫んだ。
キティーはあたしを見もせず、
「オレはな、死んだつもりで生きてるやつが一番嫌いなんだ!」
あたしは開きかかっていた口を閉じる。
キティーを止めなくちゃと伸ばそうとした腕は空中で固まった。
殴られ蹴られた殿下は痛そうに顔をしかめながら、でも何だか清々したようなお顔で、差し出されたキティーの手をお取りになる。
ふたりの手が触れあった時、あたしの頭の中で、ちん、ベルが鳴った。
正座していた足を崩した瞬間のようにどっと血液が回り始めた感じがする。
後から振り返れば、ああ、確かにこれは啓示だったの。
殿下と、キティー。
ふたりの周りが輝いて見えた。
あたしはこのふたりが幸せそうにしているのが好き。
問:この悲惨な状況なのに、その確信であたしが幸せになってしまったのは何故?
答:
あたしの頭の中で、また、ちん、とベルが鳴る。
ウェイクアップ、お寝坊さん起きなさい、充電満タンになったでしょカノア、と。
両手であたしは自分の頬を叩いた。
気合入れなさい。
推しがピンチを切り抜けられるかどうかはあたしの手にかかってる。
そんな状況、現実に早々あるもんじゃないでしょ。
だったらやらなきゃ、ぐずぐず言う暇なんてない。
自分勝手だろうか?
でも闘いって自分勝手な物でしょ。
どれだけ繕ったとしても最後に残るのは自分を通したいって思いなんだろうから。
オーケー、だったらあたしも気後れしないわ。
決めてやるの。
ロジャーのためにも、リチャードさんのためにも、ホロ・パックスのみんなのためにも。
あたしが闘うとすればそれはネガティブな感情のためじゃない。
こんな状況でも、いいえ、こんな状況だからこそ、あたしはあたしの好きを好きと言い続ける。
そのためなら前へ進めるのだと、あたし自身にたったいま教わったから。
日本語を守るとか、ジャパニーズ・オリジンの血統を守るっていう大義名分よりは、あたしの推しを大事にするって意義はすごく軽いと思う。
でも、ヒューゴからふたりを守るって結果においてはどっちも一緒よ。
殿下が、
「行先を決めなきゃね」
と仰ったのであたしは手を挙げる。
「殿下。不躾ながらご提案させていただきます。あたしの知り合いのモーテルに行きましょう。お召し物を変えないといけないですし、あたしたちは休むべきです。生き残るために」
そう、あたしのエンジンが死ぬ前に。
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