神々の時間、贄の刻 003

 オレを食いたい奴が、どこかから見ている。

 頭の中で、オレが正体不明な生き物の大きな口にがぶりと飲み込まれる映像が炸裂した。

「ねえ、ロカ。あなた、神話/話す/今/?」

 戸惑った様子のムーンジャガーが言った。

 答えたのは何故かキザ金髪。

にえの儀。地下世界の神の暴力を感じ、地下世界の神への忠誠を更新する。そうレ・オロの神話にあっただろう」

「リチャードさん……?」

「読まなんだか」

「いえ、知ってますけど、専門ですけど、あの」

「ロカニロコティアアカンに命ずる。この三人を出口に案内せよ。約定通り儂はここから動かぬ」

 きゅきゅきゅきゅきゅ、と耳障りなざわめきがオレの背筋に鳥肌を立たせた。

 レ・オロの連中が一斉に鳴いた――喋ったらしい。

 いつの間にかレ・オロの連中がオレたちの周りに集まってて、全員が昆虫めいた体を地面に押し付けて、なんて言うんだっけか、そうヘイフクしている。

 誰にってキザ金髪にだ。

 レ・オロの体を覆う油じみた殻が、薄い灯りで鈍い虹色に光ってる。

「嘘でしょう、リチャードさん? そんなおとぎ話みたいな非科学的な……」

 地面が揺れた。

 オレは反射的に立ち上がり、まごまごしていたゾーイを引っ張って立たせる。

 ロカナントカがムーンジャガーの袖を掴んで言った。

「行く/大きい人/出口/外」

 視界の端になにか大きなものが横切り、オレは反射的に銃を抜いて撃つ。

 着弾。

 バチン、という音がして火花が散ってゾーイとムーンジャガーがかん高い悲鳴を上げる。

 なあ想像してくれ。

 天井から地球産のムカデをめちゃくちゃ太くしたやつ、どれくらいかって言うと、頭の幅がオレを五人並べてもまだ足りないくらいで、長さは少なくとも天井から地面までヨユウなやつが垂れ下がっているところを。

 そいつがホバーカーをちょん切るのに最適な感じの大あごをがちんがちん鳴らしながらオレたちを睨んでいた。

 オレは確かにそいつを電子銃で撃ったはずだけど、全然こたえてない。

 一瞬の火花の間にそれだけ見えた。

 上等だろ?

「くそ、何なんだよ!」

 キザ金髪がゆらりと立ち上がった。

 その体の輪郭がうっすらと光っている。

 よし、クリスマスツリー・ヘンタイに格上げだ。

「地下世界の神、大百足と訳されたサシャ・ナル。ここはその巣だ」

「おい!」

 のんびり喋ってる間に、大百足の神様とやらがキザ金髪の背後で大顎を振り上げている。

 なあ、クリスマスツリーだって輪切りにされたら死ぬだろ?

 だからオレは撃った。

 だめだった。

 まるで効いてない。

 それなのにキザ金髪は笑った。

 その手にいつの間にか光るつっかえ棒みたいなものが握られている。

 大百足の神様の顎が届くほんの瞬きくらいの間にキザ金髪は体を翻して、

「……!」

 ぶっ、と棒の一振りで百足を輪切りにした。

 切られた頭がオレをかすめて背後の壁にぶつかって、濡れ雑巾を(家事をやらされたから知ってる)思いっきり叩きつけたのを何倍かにした音になる。

 一拍遅れて、大百足の神様の胴体が天井からどさりと落ちて地響きを立てた。

 まき散らされた体液の香りが広がる。

 何故かその色は紫だとオレは感じていた。

 ゾーイがえづく。

 オレは吐かない。

 スラムに漂う死人の香りの方が、ぜんぜん臭かったから。

「行け。不可解な子らよ。お主らは愉快である。故に生きねばならぬ。まあ、どうあれ儂の爪の先ほどの時間やもしれぬがな」

 くく、とキザ金髪はヘンタイらしく嗤う。

「待って。待ってください」

 カノアがキザ金髪の残った腕をつかもうとするのをオレは引き留めた。

 頭を吹っ飛ばされた化け物ムカデの向こうから、もっと馬鹿でかいムカデが這いずり出したのを見たからな。

「リチャードさん、説明をしてください……っ」

「レ・オロの神話は正しいということだ、カノア。神話は死に絶えた戯言ではない。真実を含むが故に命をかけて守る価値がある。この奇態な地の神も真なるうちのひとつに過ぎぬ。さあ疾く行け、雨降り星の。これより先は神の刻。手出し無用也」

「なあヘンタイ」

「ふむ?」

「死ぬ気なのか」

「は、ははははははははは! 馬鹿は休み休み申せ。寝言は寝てから言え。そういう言葉があったな。違うか、雨降り星の皇子」

「違いませんが、違います。僕は皇子ではないので――」

「僭称だろうが何だろうが構わぬ、言うた者こそが皇であろうぞ。儂は寝ておらぬぞ。さあ、刻が失せる。天空を知らぬ神は誠に短気であることよ」

 キザ金髪が跳ぶ。

 一歩前までキザ金髪が立っていたところで、大百足の神様その2の大顎が閉じた。

「無粋」

 奇襲をかわしたキザ金髪が空中で身をひねり、雷をまっすぐに伸ばしたみたいな光る棒――思い出せ、ネイチャーヒストリーの番組で見たことある、そう、ヤリってやつだ――それを大百足の脳天に振り下ろす。

 ヤリの先端が突き刺さった瞬間、大百足の頭がスイカ割りになった。

 棒立ちになっていたオレとゾーイに、ぐじゃぐじゃになった大百足の頭を蹴飛ばしたキザ金髪が笑いかける。

「行かぬか!」

 オレはロカナントカが灯りを持って待っている方にゾーイを押し出す。

 突き飛ばすようにして走らせた。

 洞窟が激しく揺れ始める。

 レ・オロたちの呪文みたいな歯ぎしり風の輪唱が四方八方から響いていた。

 こういうのはテレビか映画だけでじゅうぶんだな。

「リチャードさん! リチャードさん!」

 カノアが引きずられながら叫ぶんで、オレは仕方なく抱え上げて走る。

 体当たりするように無理矢理。

 殺す前のナレノハテみたいに手足を振り回して抵抗されたけど、オレは無視する。

 こないだ撮影でやった通りに抱えたらすごく楽だった。

 勉強って大事だな。

 頭上を大百足が次々と通って行く。

 で、最初に殺したやつ、二番目にキザ金髪が殺したやつは子供サイズで今からが本番だってことが分かった。

 オレたちには目もくれない。

 奴らが這いずると天井から鍾乳石がぶち落ちてくる。

 天井の岩がそのまま剥がれて板みたいに落ちるところもある。

 轟音がして、スモークが巻き上がってた。

 ホロの撮影で慣れてはいるけど視界が利かない。

 その中で、ゾーイは情けない声でひいひい言っていた。

 うるさい。

「目細、黙って走れ」

「黙れないよ、怖いんだよ、ねえ!」

 ものすごい光が背後で爆発する。

 カノアが「ヒッ」とひきつった声を出した。

 キザ金髪が自爆したのかと思ったんだろ。

 けど、オレの見立てでは多分そうじゃない。

 オレたちを逃がすっていうなら逃がすまで闘う勝算があるはずだ。

 ゾーイと一緒で負ける賭けをするタマじゃない。

 あのヘンタイどれだけ武器を隠し持ってるんだろうな。

 でも、それでも相手がでかすぎるし多すぎる。

 余裕ぶっこいてたけど、冷静に考えてヘンタイであっても勝てるとはオレは思えなかった。

 時間稼ぎがせいぜいだろう。

 今あいつが自爆したらオレたちの方に大百足の神様とやらが襲い掛かってくから粘ってるだけだ。

 オレは残念だと感じている。

 キザ金髪を殺すのはオレの役目だと信じていたからだ。

 あんな化け物百足にちぎられて終わるなんてつまらない。

 奇跡ってのがもしあるなら、少しだけキザ金髪が信じてるヘビだかドラゴンだかの神様に祈ってもいいなと思った。

 オレが殺すまで死ぬのはやめさせろって。

 角を曲がると、目の前が明るくなった。

 風が吹いている。

 出口が見えた。

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