神々の時間、贄の刻 002

 オレは何だか、下手くそな芝居を見せられてる気になる。

 やっぱりゾーイの顔には何の感情も浮かんでなくて、ただにこにこしていた。

 ムーンジャガーが言う。

「<ミドル・アース>ですね」

「そうです。あなたたちの拠点からも何名か、続けて施術することになっていたはずです」

 そこで目細はませたガキみたいにもぞもぞして、オレを見た。

「あのね、キティー。ここニューハワイキ星の事務所では、僕たちのようなファンタジー・キラーの被害者が感情を回復するための手段を探してたんだ。ニューハワイキ星医療省の協力を取り付けてね。それでミドル・アース展開法手術というのが有望なんじゃないかってことで、何人かが手を挙げて臨床試験に挑んでて。結果は、半々だったよ。半分は感情が戻り、何の障害も残らず、レイニー星に戻って日常に支障がないかの調査を始めている。もう半分は……そうだね、植物人間になってしまっている。痛ましいことだけれど」

 ああ、だから下手な芝居なんだなってオレは思う。

 悲しいって伝えたいんだろ。

 けど、本人が分かってないから悲しさがどこにも宿ってない。

 これもオレがまだ目細と一緒にいたときは、気付かなかったことだ。

 オレは変わったのか?

 もしかして目細が変わったのか?

 目細は続ける。

「キティーが到着して三日後に僕は施術されることになっていた。施術の後、成功したにせよ失敗だったにせよ、術後の経過を取材されることにもね。僕はその時に雨降り星のスーパースターに横にいて欲しかったんだよ。君は汎銀河系に僕よりももっと影響を与えることが出来るんだから。それで、キティー、その、伝えるつもりだった。僕に義理を感じてくれているんだったら、この手術を境に忘れてくれって」

 何かを言うべきだったんだろうな。

 でもオレには言うべき言葉は無かった。

 なんでかって、やっぱりムカついたから。

 クソみたいに絞り出した息が、

「で?」

 っていう音になって逃げてった。

「ねえ、キティー。僕は君といた時間がいちばん幸せだったな。夢を見ていたよ、沢山ね。君と一緒に平和なレイニーの街を歩きたかった。一緒にもっとダブルチーズスペシャルを食べたかったし、ビーダマコークも奢ってあげたかった。だから、この洞窟を出たら別の道を行こう。僕のわがままに君を巻き込むべきじゃなかったんだよ」

「……目細、お前、何言ってんだ?」

「ヒューゴを拒絶することは君独りでも出来る。僕は、生きてそばにいるだけで君を巻き添えにする。だから」

「嫌だ」

 もう一発殴られたいか、とオレは目細に聞いた。

 ううん、と目細は答える。

「クソみたいな話はやめろ。お前の気持ちとかどうでもいい。オレが助けたかったから助けただけだ」

「うん、ああ、そうか。はは、解釈が違ってたのか。だから……そうだね、だから裏切られたんだな」

「は?」

「状況から見て、内通者がいたとしか思えないんだ。僕の手術の日は極秘で、だからホロ・パックスからもカモフラージュの意味で人を出してもらうことになってたんだけど、君が到着したまさにそのタイミングで襲われた。僕と君を無事に引き合わせるためにドーンタイムビルの事務局にメンバー全員が集まっていたんだ。狙ってたんだよ。間違いなくね」

 ぴちゃり、と天井から水が落ちてきた。

 水滴はオレの髪に当たって、頬を伝って、顎からさよならをする。

 それから床にぶつかってひしゃげて広がって、洞窟に少しだけの傷をつけた。

 何万年もかけて水滴が岩をぶっ壊すこともあるって、オレは知っている。

「うん。僕はやっぱり人の心がわからないのかな」

 目細の言葉はどう頑張ってもオレには遠くて、つかみどころがなかった。

 そうしてぼやぼやしている間に、外のことを急に思い出した。

 あいつらが大人しくオレたちを見失って退散してくれたならいい。

 だけど、退散してないだろう。

 縄張り争いっていうのはそういうもんだ。

 叩くならテッテイテキにやらないと意味がない。

 この洞窟に別の出口があるなら助かるかもしれないが、そうでなかったらオレたちはこのしょぼい火力で突破する方法を考えなきゃなんないんだ。

 その時、戦力になるのはオレとキザ金髪だけだな。

 勝ち目があるのかないかは分からない。

 でも、ずっと暗闇で深刻ぶってるわけにもいかないだろ。

「なあ目細」

「うん」

「出口は。入ってきたところ以外にないのか」

「ああ、それはその、僕にはわからないね」

「はあ?」

「だって専門家じゃないもの」

「なんだよそれ」

「ムーンジャガーさん、どうだろう。伝承や何かに語られていたりはするのでしょうか」

 ムーンジャガーが、その横に立っているロカナントカに話しかける。

 ロカナントカは触覚をついっついっとと動かして答えた。

「雷(神)/示す/可能」

 オレたちは一斉に、あのキザ金髪の方を向く。

 当のキザ金髪は吹っ飛んだ方の腕の断面を触って何かをしていた。

 話、本当に聞いてないんだなこいつは。

 視線がロカナントカに戻る。

「で」

 オレが促すと、ムーンジャガーがロカナントカに「何/示す/?」と語り掛けた。

 言葉が違うってのはどうにも面倒くさい。

「雷(神)/示す/影」

 風なんて拭いてなかったのに、洞窟の灯りがふっと揺らめく。

 その時、オレの背筋が不意に寒くなった。

 何かの視線。

 本能で恐怖を感じた。

 

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