逃走 002

 入ってすぐの空間は暗く、とても狭い。

 五人で手いっぱいだ。

 ロカナントカは入り口が閉まり切る直前に、次の扉を開ける。

 かちり、ごろごろ。

 するとその先には、ランプを掲げた原住民族たちがずらりと勢ぞろいしていた。

 青い肌の昆虫みたいなやつら。

 揃いも揃って真っ黒な、まぶたの無い目でこちらをじっと見ている。

「案内せよ」

 キザ金髪が命令すると、原住民族たちは大人しく洞窟の奥へ向かって歩き始めた。

 行く先の闇は深い。

 ランプの光の輪から外れれば何も見えなくなっちまう。

 しゅうしゅう、きしきし、きょろきょろ、という囁き声が、前を行くやつらのものなのか、それとも洞窟に住む生き物の声なのか、オレにはわからなかった。

 ゾーイはキザ金髪に先頭を譲り、オレの横に並ぶ。

「すごいところだね」

 小声で言った。

 何てこった、目細野郎、楽しんでやがる。

 感情が振り切れちまったか。

「食われてる気持ち」

 オレも小声で返した。

 鍾乳石が頭上からも足元からも、まるで化け物の牙みたいに生えそろってる。

 ぽたぽたと絶え間なく水の落ちる音が聞こえていた。

「ダブルチーズスペシャルの気持ちかな」

「ヘンタイめいたこと言うんじゃねえ」

 くそったれめ、と言ったオレの右腕が鍾乳石にぶつかり、それを押し倒す。

 予想外に大きく、高い音が洞窟内に響き渡った。

 隊列が、ぎょっとしたように立ち止まる。

「悪い。右腕が――」

 とオレが言ったのを、

「黙れ」

 キザ金髪が遮った。

 オレはむっとしたが、今しも入り口を爆破してヘンタイの愉快な子分どもが乱入してこないとも限らない。

 そんな状況で大きい音を出したら、誰でもひやっとするだろう。

 だから黙ってる。

 どうだ、オレだって大人になるんだからな。

 隊列は再び歩き始めた。

 下へ下へ、洞窟の深いところへと進んでいる。

 正直、オレは良い気持ちはしなかった。

 何故って逃げてんのに追い詰められてる気がするから。

 ごみごみした街中で追いかけっこした方が、まだ勝算があるんじゃないか。

 こっちは人数も少ないうえに、暗視ゴーグルもないって状況。

 原住民族は防弾アーマーにユウコウな武器を持ってるか?

 持ってない方にオレは賭ける。

 今朝がた村を案内されたけど、やつらの生活を見ていたら、武器なんてせいぜいが、頑丈な槍とか投石器くらいだろうってことは見当がつく。

 オレは右手が痺れてる。

 キザ金髪も左腕が吹っ飛んでる。

 ムーンジャガーはまだ気絶したまま。

 ゾーイは戦闘に向く感じじゃない。

 頬に冷たい水が落ちた。

 オレは反射的に銃を抜きかかったが、すんでのところで引き金から指を引きはがす。

 くそったれ。

 ここにはいないはずだ。

 流石に、あのヘンタイだって。

 けどオレは怖い。

 はっきり言って人生で一番ビビってる。

 なぜだって?

 突然、あなたと大事な人をめちゃくちゃにしますって言われて、ビビらないやつがいるか?

 意味不明なカンショウされて、混乱しないやつがいるか?

 オレ一人ならどうとでも生きられる。

 ゾーイを置いてはいけない。

 ただこいつを静かに生かしてやりたいとオレは願ってる。

 日本語解放戦線とかどうでもいいんだ。

 頼むからゾーイを楽にさせてやれよ。

 黙々とオレたちは歩き続け、いくつもの分かれ道を過ぎ、やがて大きな空間に出た。

 原住民族たちは岩棚にランプを置く。

 明かりがコウリツテキに連なって広間全体が見渡せるようになった。

 手慣れてる感じがする。

 こいつらは定期的にここに来てるんだろう。

 暗闇で生きてた無数の生物たちが、慌てて逃げ出していく。

 ここでも天井からは鍾乳石が突き出してる。

 広間は細長く、まだ先がありそうだった。

 そこを進んでどこに辿り着くのかはわかんねえけどな。

 近くでごうごうと川が流れてる。

「小休止だ。話しても良いぞ」

 キザ金髪が偉そうに言った。

 がさがさごそごそと歩き回る原住民族たちの邪魔にならないように、オレたちは濡れてない平らな岩の上を選んで座った。

 キザ金髪がムーンジャガーを優しく(そんなことできるんだな)岩の上に寝転がらせる。

 ムーンジャガーは目を覚まさない。

「医療キットがあるはず」

 ゾーイはポケット突っ込んであった医療用簡易パックを取り出すと、薄暗い灯りの中で説明書を広げた。

 本当はデジタル展開しようとしたが、洞窟内の電波環境が悪すぎる。

 キザ金髪もお手上げらしい。

 強がって、ここで消費するわけにはいかん、とか言ったけど。

 ショック状態――気絶に適するパッチが見つかったので、ムーンジャガーの両腕の付け根あたりに張り付ける。

 神経麻痺に対するパッチもあるというのでオレはそれをゾーイに張ってもらった。

 指の先ほどの小さなシートだが、肌に張り付くと膨らんで患部を包み込む。

 ずいぶんと物騒な簡易パックだなと思ったら、戦闘用簡易パックだった。

 <日本語解放戦線>のやつらは、こういう事態にも備えてたんだろう。

 地上はどうなったのやら。

 オレたちがこの洞窟に入ったのは見られていただろうか。

「雷(神)/食べる」

「わっ!」

「驚く/私/!」

 ビビった。

 音も無く薄闇から出てきたロカナントカは、手にシリアルバーみたいな塊を持っている。

「どうする目細」

「ご厚意だ。いただこう」

 オレがまず手を出そうとするとロカナントカは首を横に振った。

 ゾーイが出しても首を振る。

「おいキザ金髪。お前にだよ」

 キザ金髪はムーンジャガーの寝顔を見るのをやめ、シリアルバー的なものを受け取った。

 それを一口かじり、

「大儀」

 と言うと、ロカナントカは翅をぶーんと鳴らす。

 その音が合図になったらしく他の原住民族たちが色々な捧げものを持って集まった。

 オレたちは奇妙な味のする食事を取って、しばし疲れをいやす。

 暗くて良かった。

 多分、しっかり見えてたら食えないようなものもあったんじゃないかとオレは思うね。

 食事の最中に、

「ううん」

 と、意味の分からねえことをぶつぶつと囁いてから、ムーンジャガーが目を覚ました。

「ここどこ?」

「レ・オロの神洞だ」

 ムーンジャガーは、ぱっとキザ金髪の方を振り向いてカンパツ入れずに抱きしめる。

 ひゅう、とオレは口笛を吹く。

「子供は見ちゃダメ」

 と、ゾーイが言ったんで、オレはこう返してやる。

「くそったれ。オレはキスシーンを撮ったことがあるんだぜ」

 ゾーイは額に手を当てて、過保護なくそババアみたいに唸った。

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