逃走 001

<キティー>


 その時、オレは目細が日本語訳したという『アルマナイマの創世神話』って原稿を読んでた。

 日本語はそんなに得意じゃないから、汎銀河系共通語のほうで。

 さっきキザ金髪の話を三人でしてた時に、その原稿の話が出たから興味をそそられた。

 でも残念ながら、汎銀河系共通語でもオキョウを読んでるみたいに難しい。

 ポータル翻訳機を通し、易しい言葉に噛み砕きながら読んで、何とかついていけるくらいだ。

 ただ、すごくきれいな話なんだなってのはわかる。

『アルマナイマの創世神話』ってのは、世界がどんな風に始まったのか、アルマナイマ星にいるセムタム族ってやつらが考えた結果ひねり出された話だ。

 <ポーラー>の特集で、少数民族の話とか、世界の神話だとかをよくやってたから、なんとなくイメージできる。

 キザ金髪の合言葉「アララファル」。

 そいつは金色のドラゴンだ。

 世界で最初に生まれた三匹のドラゴンの長男で、いちばん強くて、いちばん偉い。

 ゾーイが言うには、キザ金髪はアルマナイマ星でそいつを見て憧れたんだとか。

 どういうヤクで見た幻覚なんだろうな。

 今時ドラゴンが本当にいるって信じる馬鹿はそんなにいないだろ。

 いくつもの星で巨大な生物は見つかったけど、羽の生えたトカゲの化石はどこにもない。

 そう考えると、キザ金髪は少し可哀想な奴かもしれないな。

 いないものを見たと思って、自分の体を機械で組み替えちまった。

 お陰でとんでもなく有能なハッカーになったわけだけど。

 それは幸せなんだろうか?

 いもしないマボロシを追いかけるのは?

 扉越しに、寝室のゾーイが原稿を読む声が聞こえてくる。

 震えて弱っちい声。

 オレが代わりに読んでやりたかった。

 全然緊張しないから。

 読みかけの冊子を机の上に放り投げた。

 オレは壁にもたれて目を閉じる。

「我々は、民族の自主性を保持し、誰にも傷つけられず、安心して自らの母語を話すことが可能な、持続性を持った未来を求める……」

 おい目細。

 あんた、ちゃんと自分の言葉で喋れよ。

 飾った言葉でも、フードを被った言葉でもない。

 くそったれって言やあいいだろ。

 わけもなくオレたちを殺そうとする馬鹿に対して、きれいな言葉で優しくする必要がどこにある。

 少しいらいらする。

 コンコン、と外からノックの音。

 オレは隙なく銃を片手に持って、ドアを開けた。

 ロジャーとかいう筋肉だるまが立っている。

「何だ、あんたか」

「殿下に昼食を」

 はっきり言って、オレはこのキャンプのやつらを信用してない。

 平和ボケしてる。

「聞いてくる。ゲロになるかも知れないけどな」

「雨降り星のキティー」

「あ?」

 ロジャーは怒っている。

 オレは全然怖くない。

 こいつをぶちのめすための手段が何通りもある。

「お前は、言葉を改める必要がある」

「殿下をスイショウするって?」

「あのお方は尊い。役者などが偉そうな口を……」

 オレは、本当に馬鹿々々しくなった。

 この暗い目をした筋肉だるまをムセイゲンに殴り倒せたらどれだけいいか。

「知るか。目細は目細だ。例え殿下だろうが、最低のポン引きだろうが」

 ロジャーがオレに殴り掛かろうとした。

 アドレナリンがどっと出て、オレはカウンター気味に蹴りを入れる。

 その足を機敏に動いたロジャーの腕がいなしたのと同じタイミングで、ドン、と爆発音が鳴った。

「くそっ」

 と吐き捨てて、ロジャーはテントの外へ駆け出していく。

 オレは扉を叩いた。

「聞こえた」

 開けると、目細に原稿を手渡してた女が青くなって右往左往している。

「着替えろ。動きやすい格好だ。早く!」

 オレは女をつまみ出した。

 クローゼットをひっくり返す音がする。

 慌ただしくテントの横を走り抜ける足音。

 ヘリが、という怒声。

 オレはキザ金髪とムーンジャガーがヘリを見に行ったことを思い出す。

「目細まだか」

「できた」

 振り返るとゾーイは手に銃を持ってる。

 電子銃じゃなくレトロな火薬の銃だが、一見して手入れされてるのは分かった。

 撃てるのは知ってるからオレは何も聞かない。

「行くぞ」

「新鮮だね」

「は?」

「キティーが僕を先導してくれるの」

「ほざいてろ」

 オレは扉を蹴り開けて外へ飛び出した。

 通りに黒煙が流れている。

 ゾーイがオレにハンカチを渡してくれ、それを口に当てて進んだ。

 ダッ、と銃声。

 <日本語解放戦線>の男が吹っ飛ばされて道に転がった。

 とっさに足を引いたオレの爪先数センチ前に銃弾が刺さり、反射的に撃ち返した電子弾が襲撃者の胸を破る。

 屋根の上から落ちてきたやつは、オレの知らない顔だ。

「ヒューゴの手勢かな」

 目細が壁に背を当てて言う。

 基本はちゃんとできてるんで、オレは少し安心した。

「それ以外にうらまれたことは?」

「わからない」

 オレは人影に反応して引き金を引く。

 悲鳴と共に腕を撃ち抜かれたやつが、もんどりうってテントに頭突きした。

「くそ、味方まで撃っちまいそうだ!」

「下がろうキティー」

 あそこに殿下が、という声が聞こえてオレたちは全力で走り出す。

 後ろからついて来るのが敵か味方かわからない。

 殺気を感じて振り返りざまに撃つ。

 足を撃たれて転倒した誰かにつまずいてひとり転んだ。

 オレがそちらに気を取られた一瞬に、先回りしてたやつが木の陰から襲い掛かってくる。

 ゾーイに飛び掛かったそいつに蹴りを入れ引きはがそうとすると、今度は背後から銃声が続く。

 右手が熱くなって銃を取り落とした。

 血がぽたぽたと垂れる。

 腕が痺れてきた。

「くそったれ!」

 地面に転がり、左手で銃を拾って、ゾーイと揉み合う男の脇腹に一発。

 立ち上がりざまに背後に弾幕をしく。

 左でも撃てることは撃てるが、練度は落ちる。

 怯んだ敵を制圧するまで余計に弾数がかかった。

「キティー、怪我……」

「まだ撃てる。立て!」

 血まみれになったゾーイは、ホラー映画の主役みたいだ。

「あんたは怪我してないんだな?」

「引っかかれたくらいかな。大の男に」

 道路沿いは敵がうようよしているだろう。

 行けるところはただひとつ。

 先住民族の村と、その先の海岸線。

 どれだけ逃げられるのか分からない。

 ネングの納め時ってやつかもしれない。

 だが、オレは生きるだけ生きる。

「行こう」

 オレとゾーイはまた走り出した。

 あっちにいる、という声が響いてオレは舌打ちする。

 他の<日本語解放戦線>のやつらはどうしたんだよ。

 そんなことを考えていたら、ちっとも嬉しくないことに外骨格のモーター音が聞こえて、蜘蛛の脚でテントがばりばりと踏み破られていくのが見えた。

 耳をつんざく発射音がして、外骨格にロケット弾が炸裂する。

「お、やる」

 続けざまにもう一発。

 着弾、火花。

 テントを背にしてランチャーを抱えたロジャーがこちらに走ってくる。

 その後ろに、ややぎこちない動きのキザ金髪。

 ぐったりしたムーンジャガーを背負ってる。

「林に入れ!」

 と、ロジャー。

 オレはさっき奇襲をかけられたのでためらったが、選択肢はなさそうだった。

 ゾーイの前に立って林へ逃げ込む。

 頭上に向かって発砲する。

 木の上から悲鳴と共に落ちてきた女は、首から地面に激突して静かになった。

 右腕の感覚がない。

 麻痺弾がかすったらしい。

 ホテルであったヘンタイの言う通り、まだあいつらはオレを殺す気はないってことか。

 とはいえ、オレが生きていたところで解決はしない。

 血が地面にぱたぱたと音を立てて落ちてる。

 ロジャーたちが追いついた。

「どうする」

 オレが言う。

 ロジャーは、いきなり三十歳くらいフけちまった顔で首を横に振った。

「脱出経路は封鎖された。こちらの手勢はほとんど残っていない」

 ランチャーを肩から降ろし、ロジャーはゾーイの前に跪く。

「お役に立てず、無念です」

 そんな茶番はやめろ、とオレは思った。

 シャツを千切って右腕を締める。

 痛くねえから何処まで力を入れていいのか分からねえ。

 でも、血を止めねえと使い物にならなくなる。

 林の外で外骨格の歩行音がした。

 枝が大風にあったみたいに揺さぶられる。

 見つかるのも時間の問題だ。

「まだ道はある」

 言ったのは、意外にもキザ金髪。

 オレは半分期待、半分疑いながら、その顔を見る。

 で、驚いた。

 キザ金髪の左腕が無いんだ。

 オレの視線に気づいて、

「義肢に痛覚は無い」

 キザ金髪は言う。

 それがオレを気遣ってる――らしい、と気づくには時間が必要だった。

「レ・オロの祭壇は地下に広がっている。入り口があるなら出口もあるのが道理だ」

 キザ金髪の背中で、ムーンジャガーが呻く。

 外骨格が脚を振り上げて、木々を押し倒した。

 ロジャーは暗い目でオレを見、それから立ち上がってゾーイに敬礼。

「御武運を。頼んだ、雨降り星のキティー。カノアも……」

「はん」

 オレは言った。

「頼まれなくてもやる」

 ゾーイの手を引く。

「走れ!」

「でもロジャーが」

「あんたを生かそうとしてるんだよ!」

 ロケットランチャーの発射音。

 林の向こうから響く銃声。

 オレたちは走った。

 とにかく走った。

 林を抜けて海岸線に出ると、崖がオレたちの前を通せんぼする。

「行き止まりだぞ、金髪野郎!」

 祭壇の前でうずくまっていた青い影が翅を震わせて立ち上がった。

「開けよ、ロカニロコティアアカン」

 キザ金髪のその一言で、原住民族は壁に節くれだった手を這わせる。

 かちりかちりと歯車がかみ合うみたいな音がして、崖に切れ目が入った。

 林で爆発が起こる。

 オレたちは振り返ることなく、秘密の祭壇へ飛び込んだ。

 

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