99.999
<カノア>
沢山泣いた。
ホロ・パックスの襲撃の事を聞き、ロジャーの最期の事を聞き、失われたリチャードさんの片腕の事、傷ついた殿下とキティーの姿にも涙が出る。
レ・オロの村も無傷じゃいられないだろう。
沢山泣いてから、立ち直るための努力をした。
岩に腰かけたあたしの足元を、そっとロコがさすってくれている。
つたないレ・オロ語で聞き出したところ、ロコはレ・オロの巫女として異変をいち早く感じ取り一族を洞窟へ導いたのだと言う。
「ロコ、あなたってすごいね」
「ありがとう/大きい人/とても」
「殿下たちを守ってくれてありがとう」
「神(雷)/言った/戦う」
ロコは目を光らせた。
複眼の切子面のいくつかが規則的に点滅する。
そんな姿を見るのは初めてだったから、あたしはとても驚いた。
本当はレ・オロの人々はこういう環境に適応してて、目を光らせることでコミュニケーションを図ることもできるのかな。
不思議な人たちだ。
「ムーンジャガー」
キティーが呼んでいる。
あたしは振り向いた。
「インプラント動くか?」
「簡単なことなら。何をすれば?」
外部電波が無くても、あたしのインプラントはダウンロードデータを動かせばある程度の作業を行うことが出来る。
皮肉というべきか、過去に一度だけロコがこの洞窟に連れてきてくれたことがあって、その時に電波が途絶した状況でも対応できるインプラントが必要だと痛感したの。
まさかその経験が役に立つなんてね。
「遺伝子解析は出来るかな」
殿下がおっしゃったので、あたしはピンと背筋を伸ばした。
「キットがあれば、読み取りは可能です」
簡易医療パックを殿下の手から受け取って中身を調べる。
<ショックによる意識不明に対応>と書かれたパッチが無いのはあたしに使ったからだ。
<神経麻痺>のパッチも一枚減っている。
あたしが顔を上げると、
「オレに使った」
先回りしてキティーが言った。
「撃たれたんですか?」
「かすっただけだ。血も止まりかけてる」
あたしは、はっとしてリチャードさんの方を見た。
何も気づかないふりをしてリチャードさんは洞窟の奥を睨んでいる。
「リチャードさん、手当てしないと」
「不要だ」
そっぽを向いたまま言った。
「再生は出来る」
あたしは何と言うべきなのかがわからない。
ありがとう?
ごめんなさい?
それとも別の言葉がふさわしい?
あたしのインプラントには、ドクター・ヒューゴ#4が起爆スイッチを押してからの出来事が詳細に記録されていた。
起爆からコンマ何秒かの間にリチャードさんがあたしを押し倒し、対爆防御フィールドを展開し、でも、あたしをかばう動作の為に左手分のフィールド展開が間に合わなかったのだということの明確なVRとして。
「ムーンジャガー」
キティーの声に、あたしは我に返った。
「ごめんなさい。キットはここに。誰の遺伝子を?」
殿下が頷く。
「キティー、君だ」
「あ?」
「ひとつ気になることがある。確率は低いと思ってる。だけど僕は知る必要がある」
あたしはキティーの腕から乾いてない血をすくって分析キットに落とした。
手が震える。
キティーの腕を触っちゃった。
つややかでひんやりしてて、陶器みたい。
本当に同じ人類なんだろうか。
やがて分析キットの結果が出て、あたしのインプラントに送信される。
データベースモードが起動。
キティーの遺伝子(!)が一冊の本になってあたしのライブラリの中に仕舞われる。
そんなエフェクトの最後に予期せぬ出来事が起こった。
キティーの遺伝子本が赤く光り、ライブラリの中の別の本が応じるように赤く光る。
<極めて近似性の高いの遺伝子を確認しました。情報の比較をしますか?>
あたしは動揺しながら現実に上書きされた仮想パネルの「はい」をタップした。
――新しいゲノムファイル:「キティー」(たった今)
――古いゲノムファイル:「ドクター・ヒューゴ・クローン#2」(きのう)
世界が回っている。
回っている。
「結果を教えて欲しい、ムーンジャガーさん」
あたしは世界のすべてが崩れるんじゃないかと思いながら、殿下の問いに答える。
「キティーとドクター・ヒューゴ#2のDNAはほとんど同一です」
インプラント内で処理映像が現実にオーバーレイ表示される。
キティーの瞳、キティーの手足、キティーの頭脳、キティーの……。
そのすべてが99.999%以上の近似値を叩きだしている。
「つまり、クローンと言って認知されるレベルです」
(第3部了)
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