他言無用 002

 警報がけたたましく鳴り始める。

 前の車のケツが近すぎるのと、制限速度オーバーと、車線を守ってないからと、運転モードエラーと、まあ全部ダメだろうな。

 オレはシートから体を無理やり引きはがして、電子銃の安全装置を外した。

 これでいつでも、引き金を引いたら弾が出る。

 どうしてオレがそうしたかって言えば、道路交通法をぶっちぎった場合に何が出てくるか想像がついたからだ。

「おい」

「舌を噛むぞ。小僧」

 オレが反射的に銃を振り上げるより先に、車体が斜めに跳ね上がった。

 鼻先をこすって、前方を走っていた車を抜き去る。

 けたたましいクラクションがあっという間に遠くへ流れて沈む。

 車体が平行に戻ると、キザ金髪は左手でシフトレバーを忙しく操作した。

 手元は見ない。

 笑ってやがる。

「ゾーイのとこに着く前にくたばるのはごめんだからな」

「着いた後ならいいのか?」

「あんたはどうなんだ」

「さて、くたばるという選択肢は無いが故に無益な問いだ」

 キザ金髪はレバーの横についた、何かしらのボタンを押す。

 モーターの音が高くなり、バックファイアをひきながら車は爆発的に速度を上げた。

 オレたちの前を走っていたはずの車は、みんな路肩に寄って停止してる。

 強制停止。

 自動運転システムは警察が握ってる。

 つまりもう警察は動いてて、オレたちの車だけがそのシステムの網をかいくぐってるんだ。

 そんなわけで障害物は何もない。

 オレはフロントモニタをマップトラッキングモードにセット。

 目的地をドーンタイムビルに決定すると、ナビ解析をヨウキュウした。

 <制限速度を超過しています>

 やんわりとした機械音声がオレたちをいさめる。

「無視しろ」

 と、オレ。

「現状速度のままで計算しろ」

 と、キザ金髪。

 ナビゲーションAIは不満げにしばらく沈黙した後、吐き出すように、

 <正規ルートであと四十五分です。十五分後に海底トンネルに達します>

 と言った。

「正規ルートでなければ?」

 オレは言い返す。

 <逮捕または死亡の確率が百パーセントを示しています>

 反射的にオレは電子銃でモニターを粉々にしていた。

 もちろん威力は最弱にしてある。

 薬莢すら使ってない。

「小僧」

「AIに言えよ」

「同感だと思うただけだ。近道を探る」

 その時、不意に後ろからサイレンとローターの音が聞こえた。

 車内の音声システムにあちらさんの通信が割り込んでくる。

 <こちらニューハワイキ警察です。手動運転は違反です。直ちに止まりなさい>

 バックミラーに攻撃ヘリが映っている。

 黒い夜空に灰色のトーフみたいに浮かんでるんだ。

 その腹には威嚇用のミサイルが抱えられている。

 ただし威嚇用とはいえ、ぶっ放されたら車は跡形もなくなっちまうけど。

 サーチライトがオレたちの車を照らし出す。

 <停止しない場合は擾乱行為とみなし、威嚇射撃を始めます>

「来たぜ」

「進む」

「だろうな。だけど、あっちはミサイル持ってるんだぞ」

「機関銃もだ」

「普通に話すな! 作戦は?」

「無い」

 キザ金髪は、ハンドルを急角度で切った。

 その跡を舐めるように無人機が発砲する。

 路肩の車両をかすめながら蛇行。

 恐ろしいほどのセイミツさでキザ金髪は車を導いた。

 無人機の射撃は車体すれすれを通り過ぎ、道路を焦がしている。

 フロントミラーの中のトーフ・ヘリの姿がどんどん大きくなってきた。

 オレは出来るだけこいつを観察しようとする。

 何でかって、それしかやれることがないからだな。

 トーフはローターが左右についてて、安定性が高い。

 垂直に飛び上がれるやつだ。

 機体の真ん中にごつい装備がないのは、そこが開いて車両を載せれるようになってるからで、だから高速道路バレットにハイビされてるんだろう。

 今のオレたちみたいな暴走野郎を腹ん中におさめて連行するために。

 それを考えると、機関銃とミサイルみたいなぶっ壊し系のもの以外のカクシダマもある気がする。

 キザ金髪はそこんとこ分かってるんだろうか。

 と、車のボンネットに小さな穴が開いた。

 段々キザ金髪の癖を読まれてる気がする。

 ヤバいんじゃないか。

 ちらりと横を見ると、キザ金髪はまだ余裕の顔をしてた。

 <ニューハワイキ警察より最終警告。トンネルは封鎖されています。ただちに停車しなさい。停車しない場合は速やかに無力化します>

 オレたちの行く先に海底トンネルの入り口が見え始める。

 トンネルの明かりがどんどん暗くなってて、警告が脅しじゃないってことがわかった。

「海底火災用の隔壁」

 キザ金髪は冷静に言った。

 このままいくと激突して死ぬし、停車したら絶対にゾーイを助けに行けなくなる。

「なあ」

 オレはグリップを握りしめる。

「この銃の威力はどんな感じだ。あいつのソウコウをぶっ壊せるか?」

「できる」

「やらせてくれ」

 キザ金髪は無言だったが、助手席側の窓ガラスが静かに下がった。

「トンネルの入り口手前でスピンする。逃すな」

「オーケー」

 オレの狙いはひとつ。

 トーフのミサイルだ。

 他の車を巻き込む可能性のあるこの状況じゃあ、警察は広範囲をぶっ飛ばす武器は撃てない。

 オレはそう考えた。

 それを爆発させてやれるなら、銃弾一発でも勝負になる。

「小僧。あと五秒だ」

 窓から慌てて身を乗り出す。

 四。

 トーフが悟りきったボウズみたいなツラで、オレたちの車を見下していた。

 三。

 窓枠に肘を押し付ける。

 二。

 射出音がして、助手席側のドアと車体後部に何かが刺さった。

 ワイヤーだ。

 牽引用の――。

 でもオレにそれをキザ金髪に教える余裕はない。

 一。

 車体がスピンしようとする。

 でも動きが変だ。

 ワイヤーがオレたちを引きずってる。

「くそったれ!」

 ミシミシ言い出した助手席のドアを抱えるようにして、オレは撃った。

 金色の光を曳いた弾丸がトーフの腹にくっついたミサイルに穴を開ける。

 轟音がして、トーフの機体の半分がごっそり無くなった。

 オレは中指を突き立ててやりたかったが、そのひまもなく、オレたちの車は半分に割れたトーフから伸びるワイヤーに引っ張られて、ぶん回され始める。

 千切れりゃいいのに、助手席のドアに刺さったワイヤーは残った半分の機体の側から撃ち込まれてたんだ。

 べこ、とドアが嫌な音を立てる。

 オレは車内に引っ込みたかったが遠心力がかかってそれどころじゃない。

「うわああああああ」

 悲鳴を上げているオレの足をキザ金髪がわしづかみにした。

「気合が足りんな、小僧!」

「ああああああ」

 オレが車内に引きずり戻されるのとほとんど同じタイミングで、助手席のドアが外れた。

 車とドアは別方向にぶっ飛んで、オレたちは路肩の草むらに何回転かしながら着地。

 オレたちがさかさまになった車から這い出るまで、浮遊ガスが引火しなかったのはラッキーだったと思う。

「落としたけど」

 オレはふらふらした視界の中で言った。

「ああそうだな」

 キザ金髪は腕組みして、ゼッサン爆発炎上中のトーフを見てる。

「落としたけど――どうする。そこらに停まってる車でもいただいて行くか?」

「さて」

 生ぬるい風が吹いてきた。

 見上げた空にはいつの間にかスコール雲が近寄ってきている。

 まだ遠いけどローターの音が聞こえてた。

 応援のトーフが来るらしい。

 ついでにトンネルの隔壁が再び開き始め、そこから戦闘用外骨格がぞろりと脚を伸ばして出てくる。

 蜘蛛型だ。

 こんな時なのに、オレはウララカバーガーのダブルチーズスペシャルの味を思い出してる。

 そう言えば夕飯食べ損ねたな。

 サーチライトがオレたちを求めてさまよう。

「ニューハワイキに外骨格は無いんじゃなかったか?」

 オレは言った。

「表向きはな。その様に安穏とした星など無い」

「逃げねえと」

「何処へ行く? 我らが行くのは、ニューマウナケアシティ、街区九―七―六、ドーンタイムビル三十二階だ」

「いや、それはそうだけど。その前に確実に死ぬだろ!」

 キザ金髪は腕を解いて、何だか脱力したみたいな顔をする。

「仕方があるまいな。成る程、癪に障るが実地でしか分からぬこともあるか」

 ざあっ、と音を立てて雨が降り始めた。

 雷が分厚く黒い雲の中を駆け回ってるのが良く見える。

 死ぬ前ってのは物事がゆっくりになるっていうけど、多分、こういう気持ちなんだろうなとオレは思った。

 悪いな、ゾーイ。

 あんたのところに行きたかったのに。

 外骨格のサーチライトが向けられる。

 眩しくてオレは目を細めた。

 <手を上げろ>

 スピーカーから流れる声は有無を言わせない。

 電子銃を放り投げてから、オレはのっそりと両手を上げた。

 <横の金髪もだ。手を上げろ!>

 キザ金髪は、ひょいと首を回して横に立つオレの顔を見る。

「これよりの事、他言無用也」

「え?」

 すっ、とキザ金髪は両手を掲げた。

 それが合図であったかのように、地面を揺らすほどの雷が外骨格に落ちる。

 <いいいいいい!>

 スピーカーから絶叫が流れ、サーチライトが消えた。

 がくんと膝をつくようにして外骨格が崩れる。

 白い煙が蜘蛛の関節部から噴き出した。

 キザ金髪が手のひらをひらりと揺らす。

 第二、第三の雷が後続の外骨格を薙ぎ払った。

 オレは信じられない光景を目にしている。

 まるで没入現実映画ヴィジョンだ。

 トンネルの中に逃げ込もうとした外骨格チームの残機を追って、雷が地面すれすれで直角に折れ曲がり、蜘蛛の脚に食らいつく。

 みしみしと音を立てて蜘蛛の脚が焼け崩れて倒れた。

「どうなってる」

 オレは呆然と呟いた。

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