他言無用 001
<キティー>
可変翼が風を切る。
窓の外の光景がごうごうと音を立てて流れる。
ニューマウナケア市街と郊外の海岸リゾートホテル群を結ぶ
それは
ニューハワイキに本物の地名が無いように、ニューハワイキには本物の自動車は無い。
全部が全部、反重力浮遊ガスを腹にためたホバーヴィークルだ。
アスファルトをゆっくり走りたい気分の時は、ガスのセイセイをストップして発電でモーターを動かし、タイヤでごろごろ行くってこと。
空港でもらった音声パンフレットがそう言ってた。
ただまあ変形システムは、ヴァカンスに来たくせにせっかちな野郎と、オレたちみたいにクソ急ぐ理由のできた人間にはぴったりだろう。
フロントガラスの向こう側、とっぷりとくれた夜の空に星が点々と浮かんでる。
なんだか小さな宇宙船に乗ってるみたいだった。
「くそくらえ」
オレは膝の上に乗せた電子銃をひっくり返しながらののしる。
「お前の腹には糞が沢山詰まっているんだな」
キザ金髪が本物のクソみたいなことを言ったんで、オレはわざとらしくため息を吐く。
オレはやっぱりこいつが嫌いだ。
何を考えてるのかわかりゃしない。
オレは膝の上の銃に集中した。
汎銀河系のあらゆるところの裏路地で見かけるタイプの銃だ。
二、三のスイッチを入れると生体認証もなしに展開する。
ただ弾がない。
ニセ警官どもはリミッター外してキザ金髪を撃った時に、どうやら全弾使い切ったらしい。
とはいえ電子銃だから充電が出来れば軟形成弾を撃つことくらいはできる。
つまり薬莢ナシの弾ってことだけど。
ああ、こいつはさっき部屋でくすねてきたんだ。
死体が持ってても使わねえだろ。
スラム流で行くさ。
「どうした、小僧」
「このくそったれな車に高圧充電プラグはあるのか?」
「儂の車は糞ではない」
「いちいちスラングに噛みつくんじゃねえよ。あるのかないのか言え」
「ほう、スラングか。そうか」
キザ金髪はハンドルから手を離して、左の二の腕あたりをごそごそと探った。
そもそも自動運転ナビゲーション中の車でハンドルに手をかける必要はねえわけだけど、キザ金髪のかっこつけポーズなんだろう。
で、
「使え」
ホテルからシキュウされた割にダサいアロハの袖から、金色のケーブルが出てきた。
オレは引いた。
ドン引き。
こいつ本物のヘンタイだ。
いや、知ってたけどな
「あんたから電力キョウキュウするって?」
「それが一番早い」
「あっ、そう」
オレは嫌々そのヘンタイ金色ケーブルをつまんで、電子銃に差し込んだ。
ケーブルは何だか蛇の鱗みたいな感触で妙にぬるぬるしてて、オレは一刻も早くこのヘンタイとお別れしたい(さもなくば息の根を止めたい)という気持ちを強くする。
自動車から突き落としたら流石に死ぬだろうか。
いや、死なないかもしれねえな、とオレは思った。
前方の暗い闇の中に、前を走るホバーヴィークルのちっぽけなテールファイアが赤く光ってる。
「ともかくあんたが人間じゃねえってことだけは分かった」
「小僧にしては察しの良いことだ」
キザ金髪は目を細めて言う。
ほめてるつもりなんだろうか。
全然嬉しくねえし。
まあこれでキザ金髪が機械化ヘンタイなのはおおかた確定だな、とオレは考えた。
こいつの体の外側が高度な防刃防弾素材で、中にセイミツな電子回路が組み込まれてて、脳みそが腕のいいハッカーのそれなんだったら、さっきのホテルでの出来事は全部説明できる。
何パー機械化してるのかはわからねえが、おそらく最高度のセイミツさで神経マッピングされてるはずだ。
「それで、ゾーイはどこに?」
「ニューマウナケアシティ、街区九―七―六、ドーンタイムビル三十二階」
「どうしてわかる」
「現在位置情報システム」
電子銃のチャージメーターが恐ろしい速度で上がってく。
薬莢の自動生成にヨジョウ電力を回しても全然問題ない。
オレは見て見ぬふりを決め込んだ。
てめえの体に、どんな電圧のチャージャーを引っ付けてるんだよ。
「待てよ、あいつ一応セイジハンだろう。その類のモノは政府以外にはつけられないんじゃないか」
低く、キザ金髪が笑う。
さも愉快そうに。
オレの口から「セイジハン」なんて出たのが可笑しいのかもしれない。
くそくらえだ。
ダテに台本読んでねえんだよ。
「中々、筋の通ったことを言うではないか小僧。だが、私と彼の間の現在位置情報システムを、現在位置情報システムとして見つけ出すことは不可能だ」
「は……」
オレはアイヅチに詰まった。
意味が分かんなかったから。
「小僧。万が一に備えて教えてやろう。現在位置情報システムとは即ち、儂の奥歯だ」
もっと意味がわかんなくなった。
オレはきっと、ものすごく間抜けなツラをしてたんだろうな。
キザ金髪はその間ずっと、フロントガラスの先を見ていた。
質問したいことは山ほどあったが、時間があまりない予感がする。
こいつの言った「迎えに行く」っていうのは、絶対に良い意味じゃない。
オレは最後の質問のつもりで口を開いた。
「どうしてそこまで目細野郎に肩入れする?」
「ビジネスパートナーだから」
「ピンと来ねえな。セイジハンを護って、あんたの商売の得になるのか?」
オレは電子銃からケーブルを引き抜いた。
フル充電完了。
薬莢生成数は千二百。
金色の爬虫類じみたケーブルは素早くキザ金髪のアロハシャツの内側へ巻き取られる。
「如何な理由であらば納得するのだ」
「オレに聞くなよ」
何だかキザ金髪は納得いかねえようだった。
オレと話が上手くかみ合わねえからだろうか。
それはオレも悩んでる。
キザ金髪はハンドルをまた人差し指で叩きながら言った。
「ただ友誼に――友情に応えるためというところだ」
こいつ、機械化するついでに変な精神発火剤キメてるんじゃねえか。
機械化野郎には機械化野郎向けのドラッグってやつがある。
「まあいいや。リガイは一致してるんだろ」
「ならば小僧は何故ゾーイを好く? 地位も名誉も捨てるだけであろうに? 拾われた恩か、それとも」
「それ以外に何かあるか。納得しとけ。黙ってろ」
オレはキザ金髪が余計な付け足しをする前に言った。
キザ金髪の赤い瞳の端で、ちらちらと光が点滅している。
また妙なプログラムを動かしてるらしい。
「ニューマウナケアではこの時期午後六時半から毎日決まってスコールが来る」
「ふうん」
現在午後七時。
オレは空を見た。
確かにニューマウナケア方面、海峡を隔てた南側の空には低く厚い雲が線のように続いている。
あれがスコール雲なんだな。
オレはレイニーに慣れちまってるから、雲の違いなんてあんまり考えたことがなかった。
「それがどうしたんだ」
「小僧の生まれでは想像もつかんだろうな。大概の知性体は雨の中で動きを鈍らせるものなのだ。逢魔が時とも言える」
キザ金髪がスイッチをひねると、車内スピーカーがざらざらした音でしゃべり出した。
「……臨時ニュースです……午後六時ごろニューマウナケア市内で大規模なテロが発生した模様です。ドーンタイムビルの高層階で爆発に伴う火災が発生し……」
電子銃のグリップを握る腕にぞわりと鳥肌が立つ。
テロ。
火事。
弾丸と悪臭。
ドクター・ヘンタイ・ヒューゴ。
炎で真っ赤な高層ビルのフロアに立ってにっこり笑うゾーイ。
オレの脳内にそのイメージが花火みたいに炸裂した。
「わかったか小僧」
キザ金髪がこちらを振り向く。
赤い瞳が細められ、オレは頷いた。
「迎えに行く。つかまれ」
キザ金髪はアクセルを踏み込んだ。
オレは面食らい、加速のせいで思いっきりシートに押し付けられる。
自動運転モードを切り、手動運転にイコウした。
「くそっっったれ、間に合うんだろうな!」
「神に祈るといい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます