ハミングバード 003

 気が付くとオレはベットに寝ていた。

 大尉のぷよぷよの腹が降って来るんじゃないかと思ったら、そうでもなかった。

 オレの目の前に出てきたのは、実にふざけた顔だった。

「やあ、生きてますね」

 目と体が細い。

 あのコートと同じ匂いがする。

「こっちのセリフだ」

 と、オレは言った。

「つぶれたんじゃねえのか」

 そいつはにこにこしながら、首を傾げた。

 オレは面倒くさくなって何も聞かないことにした。

 レイニーには変な奴が山盛りいる。

 外骨格に踏まれて生きている野郎がいても、不思議じゃないのかもしれねえなと思った。

「さて、歩けるかな。立ってごらん」

 そいつはオレに向かって命令した。

 オレはその手の冗談が嫌いだったから、腹筋のありったけを使ってベットから飛び出し、そいつに向かって殴りかかった。

 信じられないことに、そいつはオレの拳をするりと避ける。

 恐らく、オレの腹が減っていたからだと思う。

 力が入らなかったんだ。

 オレはすかをくって絨毯の上に墜落する。

「おお、元気だなあ。よしよし」

 と、そいつは笑っている。

「君の名前を聞いてない」

「必要ねえな」

「そりゃあ冷たいなあ。あのねえ、僕は助けたんだよ、君を」

「好きでやったんだろ。オレは頼んでねえ」

 相変わらず細い目が、それでも笑ったように思われた。

 オレの言葉を聞いてるのか聞いてないのか、そいつは顎をさすりながら言う。

「じゃあ、これから君のことをキティーと呼ぶ。雨の中で捨てられるのは子猫と決まっているからね」

 ハミングバード86をガンベルトから引き抜こうかと思ったが、長年なじんだ金属のかたまりはオレの手元には無かった。

 紐でも鈍器でもいい、今すぐこいつを殺したいとオレは願う。

「キティー、君に手配状が出てる。軍人に対する売春と狂気の示唆」

 それがどうした、とオレは言った。

「僕の話すことをきちんと聞いてくれるなら、それを取り消させてもいい」

 オレはそっぽを向く。

 手配状があろうがなかろうが、別にオレの生活が変わるか?

 変わらないだろ?

 ナレノハテのいる地獄に行くか、くそみたいな警官がいる檻に行くか。

 そいつは続ける。

「それに、ダブルチーズスペシャルのちゃんとした注文を取ってもいいよ」

 オレの腹の虫が、素直にぐうと返事した。

 えぐりだしてぶち殺してやりたいとオレは思った。


 

 ×

 


 オレは皿を洗っている。

 上手だねぇ、とそいつはソファに寝っ転がりながら言う。

 いつもながら殺したいと念じる。

 そいつ。

 ゾーイ・タタン・ユーラノート。

 目細のっぽ。

 職業はライター。

 一日の三分の二くらいは家にいるところから見て、絶対に売れてない。

 それでも生活には不自由していない。

 オレにとっては頭がおかしくなるくらい贅沢なくらしをしている。

 ゾーイの家の部屋にはふかふかのベットが二台あって、メシは三食、暖房がきいて、毎日着替えて、バスタブ付きの風呂があった。

 それでも目細野郎は、レイニーではそこそこの生活だという。

 くそくらえ。

 大尉の外骨格が大尉ごとスクラップにされてから二週間。

 目細のゾーイはオレに文字を教え、数字を教え、世の中のアレコレを教えようとしていた。

 主な教材はウララカバーガーのメニュー表。

 いちばん最初に書いた単語はdoubleで次はcheeseでさらにspecialだ。

 ゾーイがオレに何をさせたいのかはわからないままだった。

 何かの捨て駒に使う気なのか、それとも誰かに売るつもりなのか。

 それでもスラムよりはひとつ先に進んだのは間違いねえと思えば、ぜんぜん怖くない。

 ひとつだけ嫌なことがあるとすれば、この目細がハミングバード86を返さないことだ。

 ぶっ放すのが怖いんだろ、きっと。

 毎日鏡を見るようになって、オレはオレに変化が起こっているのを知る。

 真っ白だった髪が少しずつ黒くなって、顔のしわが減った。

 別人みたいだね、と目細野郎は顔を合わせるたびに言う。

 オレが毎回反論するので、ゾーイはここに運びこまれたばっかりのオレの寝顔をわざわざプリントアウトしてきやがった。

 その頃のオレはどう見てもゴミの山にいたナレノハテとそんなに変わらない生き物だった。

 大尉はどんなシュミをしてやがったのか。

 スラムに突っ込んだら毎日幸せに生きてけたんじゃねえのかな。

 今のオレはどうか?

 ある日、ゾーイの友人と言う怪しいやつが来て、オレの髪の毛を整え、歯を磨いていった。

 次の日、ウララカバーガーのマネージャーがやってきて、オレの全身写真を撮っていった。

 オレはゴミ袋ちょろまかしの件で殴られるのかと思ったが、そうじゃなかったらしい。

 それから、もっとたくさんの、いかにもえらそうなやつがやってきて、部屋にライトが立てられ、椅子が置かれ、新品の服を着たオレはそこに座らされた。

 何が起こっているのかわからなかった。

 ゾーイは笑って、いつも通りにしなよと言ったが、いつも通りも何も、こんなに知らねえやつがぎゅうぎゅう詰めてる時点でいつも通りじゃねえだろうよと答えた。

 ウララカバーガーの制服を着た女が、オレに出来たてのダブルチーズスペシャルを渡した。

 合図をしたらバーガーを食べてとゾーイが言ったので、オレはその通りにする。

 カメラを回しているらしい。

 何が楽しいのかオレにはわからない。

 ただ、相変わらずうまかった。

 ソースまで残さず食うんだ。

 ここはスラムじゃない?

 そうかもしれないが、ふつうってのが、いつ終わるのかなんてオレにはわからないんだぜ。

 一週間して、目細野郎がいつもよりさらに目を細くして帰ってきた。

 ついにイカれたのかと思った。

 ゾーイはビジュアルペーパーというらしい、紙のように見えて紙じゃないのを持っていて、オレの目の前に突き出す。

 そこには何故かオレの顔が動いていた

 何度も何度も、くり返しダブルチーズスペシャルを食ってるオレ。

 そしてオレの顔の上にウララカバーガーがナントカという文字が出てくる。

 あと、カネ。

 カネだ、カネの値段。

「は?」

 とオレがすなおな感想を目うと、ゾーイはビジュアルペーパーをひらひらさせて

「おめでとう、キティー。ウララカバーガーが似合うイケメンコンテスト優勝!」

 オレはもう一度言った。

「は??」

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