3-2
「そう言えば、ついに俺にも実習の話が来たんだけどさぁ」
いつものように集まった夕食時、そう切り出したのはクライフだった。
「そうなのか? 良かったな」
カウス従器工場への実習は、一週間の予定と聞かされている。短いと言えばそうかもしれないが、それでも仲のいいクライフがメンバーに入るのは俺にとって喜ばしい。
「おう。それで、他のメンバーってどうなってるか知ってるか?」
「いや、知らないな。と言うか、この前自分で聞きに行ってなかったか?」
「あの時はあの時だろ。結局、あの時点じゃシモンとヒースしか確定してなかったし」
「まぁ、そうか」
「俺なら、話は来てないけど」
会話の最中、自然と俺とクライフの視線が向いた先で、それを察したパトリックが首を横に振る。
「たしか、六人だったよな。俺にシモン、ヒースとノヴァで四人、後二人の内か……」
「いや、いいって。俺が選ばれないだろうってのは自分でもわかってるし、そもそもそこまで行きたくないしな」
「たしかに、決まってるならもう言われてそうだな」
落ち込むでもなく言い切ったパトリックに、あえて同意する。
現在学年順位九位のパトリックが学年で六人の実習枠に選ばれるのは、単純に数字から考えて難しいと言わざるを得ない。もっとも、パトリックはここまで自分より上位との対戦が無い以上、順位を上げられないのは本人にはどうしようもない問題とも言えるが。
「でも、アリスに勝ったんだから、絶対に無いとは言い切れないんじゃね?」
慰めのつもりか、首を捻ったフレクトの言う事も、たしかに一理ある。
ここまで、基本的には初日の模擬戦を除けば順位の変動の無い学年上位において、元暫定順位十三位、現在では学年十位にまで上り詰めたアリス・トレドは最も勢力図を掻き乱している存在と言ってもいい。
直接対決では学年六位のマシュー・ガルベスにも勝利したアリスの連勝は、しかし先日のパトリックとの一戦で一旦途切れる事となっていた。マシューに勝ったアリスに勝ったのだから、パトリックはマシューより上、というような単純な話ではないだろうが、学年で六人が選ばれる人選においては、むしろ力関係が複雑なのが問題だった。
「どうだろうな、まぁ、期待せず待つよ」
盛り上がりかけたクライフを余所に、当のパトリックは然程興味もなさ気に話を流す。
「それで、アリスはどうだった?」
本人が気にしていない話を続けるのもどうかと、話の矛先を変える。
実のところ、パトリックがアリスに勝ったというのは、俺にとってはあくまで事後発表によって知った事実に過ぎない。授業時間に被っていた二人の対戦を見に行けなかったのは、仕方ない事ではあるが残念だった。
「どう、って言われてもなぁ……割りと早く片付いたかな。良くマシューに勝てた、って言うと少し失礼か、でも大体そんな感じ」
「そんなもんか」
どうやら、パトリックはアリスに苦戦したわけではないらしい。マシュー戦の勝利も奇襲という印象の強かったアリスの事、地力はそれほどでもないのかもしれない。
「まぁ、アリスがあんまり強すぎてもあれだしなぁ」
「あれって何だよ」
「そりゃあ、あれだよ。あの見た目で俺より強かったりしたら、へこむだろ」
呑気な事を言ってのけるクライフに、無意識に溜息が漏れる。
「あいつは強さうんぬんより性格が問題だと思うぞ」
「あー、性格とかはいいんだよ。アリスはあくまで観賞用だから」
「それなら強くてもいいだろ……」
クライフの独自の価値観について行けず、ただ首を捻るしかない。
「しかし、シモンのあれはえげつなかったな」
なんとなく途切れかけた会話は、パトリックの一言で流れを変えた。
「あれ?」
「ああ、あれな。三年とのあれだろ」
「その話か」
補足するようなクライフの言葉にパトリックが頷き、ようやく話題について把握する。
ノヴァとの模擬戦後に約束通り行われた、三年生との対決についての事を言っているらしいが、あの件については正直感想も何もあったものではない。
なにせ、あの対戦で俺がした事は、初撃に突きを放っただけ。それだけで従器の安全装置が作動し、けたたましい音と同時に相手の三年生は天井を見上げる結果に終わった。食堂の騒ぎから、クライフやパトリックを含む野次馬が相当数見に来ていた為か、再戦を要求するような醜態を晒す事も無く三年生は逃げ去り、それで完全に終了だ。
「あれは、文字通り相手が悪かった」
「いや、シモンの方も相当速かっただろ。俺も受け切れる自信ないぞ、あれは」
「決まったからそう見えるだけだろ。強化機能で反射神経を強化してれば避けられる」
「それは……まぁ、そう言われるとそうかもな」
少し首を捻った後、パトリックは俺の言い分に納得したようで。一度区切りの付いた会話の間に、しばしそれぞれ食事に集中する。
「ノヴァとヒースって、どっちが強かった?」
再び会話の口火を切ったのは、クライフで。見ると、すでにクライフの前の皿は空になっていた。
「難しいところだけど、強いのはヒースだろうな」
「そうか? ヒースの時より、ノヴァとの方が苦戦してたように見えたけど」
意外にも真面目に見ていたらしく、クライフの指摘は的を射ている。
「ノヴァの方が戦い方が上手いんだよ。だから、実際に戦ってどっちが勝つかは微妙」
模擬戦において、ノヴァは終始、俺の動きを封じ込めるようにして戦っていた。俺がヒースを相手にした時よりも苦戦、戦い難そうだったというなら、それが理由だろう。そして、それはヒース相手にもある程度は通用するはずだ。
「なら、なんでヒースの方が強いって言ったんだ?」
「……なんでだろうな」
クライフの何気ない問いに、しかし自分で答えが出ない。
単純なスペックでヒースが勝っているのはたしかだろうが、それでも実際に強さというのはそれだけでは決まらない。俺はそう考えているはずなのに。
「まぁ、ヒースとノヴァなら大体の奴がヒースに賭けるだろうしな」
「またお前は賭けの事ばっか……」
続いて食事を終え、口を挟んできたパトリックに、クライフが呆れた声を漏らす。程なく俺も皿の上を片付け、夕食は緩やかに終わっていった。
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