3-3

「噂で聞いてる人もいると思うけど、今週末に相手方の都合で特例として、一年生から六人がカウス従器工場への実習に行ってもらう事になりました」


 朝のホームルーム、告げられた報告に、生徒達の反応は薄かった。それもそのはず、以前から僅かながら噂されていた一年生の実習への参加は、若干バツが悪そうにしているトキトー先生の三年生との騒ぎによって、すでにほとんど公然の事実となっていた。


「このクラスからはハートピース、フレクトの二人に実習に行ってもらう事になります」


 続いたメンバーの内訳までは流石に公開されていなかったようで、それなりのざわめきが教室を奔る。俺もそれは同じで、このクラスでは俺を除いて唯一人選ばれたというノヴァへと無意識に視線を向けるも、気付かれた途端、露骨に目を逸らされる。


「二人から何か一言、とかは別にいらないかな?」


 話を振られ、曖昧に首を振る。ノヴァもあえて何か言うつもりはないようで、実習の話はそこで終わり、その後のホームルームもすぐに終わった。


「やっぱりダメだったか」


 授業前の喧騒の中、耳がパトリックの力無い呟きを拾った。


「なんだ、別に行きたくないんじゃなかったのか?」


「まぁ、どうしても行きたいってわけではないけど。シモンもクライフもいるし、どちらかと言えば、な」


「そういうもんか」


 あえてそう振る舞っているのでなければ、パトリックの実習への思いはかなり軽い。引け目を感じずに済む分、それは俺にとってはありがたかった。


「随分と物分りがいいみたいじゃない」


 しかし一方で、そうではない者もいるようで。


「チャイ? なんだ、怖い顔して」


 俺達二人に声を掛けてきたチャイの表情は、見るからに不機嫌といったものだった。


「うっさい、シモン。あんたには言ってない」


「チャイは実習に行きたかったのか?」


 棘のある声で釘を刺された俺に代わり、パトリックが受け答えを始める。


「そうよ、悪い? それが普通じゃないの?」


「悪いなんて言ってないだろうに。まぁ、今更言っても仕方ないけどな」


「私は、あんたのその態度が気に入らないって言ってるの。実習に行く六人に選ばれなかったって事は、あんたも私もその六人より弱いって言われてるのと同じなのよ」


「それは仕方ない。実際、順位では俺もお前も六位以内に入ってないし」


 苛立った様子のチャイに対し、パトリックは至って普段通りに言葉を返す。温度差のある両者を比べると、俺にはチャイの方がどこか不自然に見える。


「……そう、あんたがそう思ってるならいいわ。私には関係ない」


「はぁ、そうか?」


 息を吐き、若干冷静さを取り戻したチャイにも、パトリックは不思議そうに見るだけで。


「ねぇ、シモン」


 何を思ったか、チャイはそんなパトリックから俺へと矛先を変えてしまう。


「なんだ、俺なんかには用が無いんじゃなかったのか?」


「何拗ねてんのよ、大の男が気持ち悪い」


「別に拗ねてるわけじゃない」


 強がりで言っているのではなく、俺としてはただ機嫌の悪い奴の相手をするのは避けたいというだけで。他人の八つ当たりに巻き込まれるほど下らない事もそうはない。


「まぁいいわ。あんた、今日の放課後って空いてる?」


「空いてる、と答えるべきなのかどうか」


「そう、空いてるのね。じゃあ、そのまま空けときなさい」


「まだ空いてるとは……」


 一方的に要求だけを伝えると、チャイは足早に自分の席に戻ってしまった。その気になれば声が届かない距離でもないが、大声を出すのも後を追うのも気分が乗らない。


「怖いな、なんだったんだ」


「さぁ? 告白でもされるんじゃないか?」


「だから怖い事を言うなって」


「その感想は流石にひどくないか?」


 チャイに掻き乱された俺達二人は、授業が始まるまでの間、雑談に戻る事にした。


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