初めての挫折

 彼とはいわゆる腐れ縁である。


 小学校から高校の、今の今までずーっと一緒。

 考えてみれば私たちの付き合いは、驚くことに通算10年を超えている。

 図らずも、人生において家族の次に同じ時間を過ごしてきた人。


 とはいえ我々の関係性は、“クラスメイト”以上の何者でもない。


 人を繋ぐ糸があるのだとすれば、二人のそれは限りなく細く頼りないもの、だと思う。やっぱり腐れ縁、というほど大そうなものでもないような気がする。


 お互い居て当たり前だけど、居なくても日常生活になんら変わりない。空気のような存在。

 しかしまあこういった例えでよく使われるものだが、実際の空気はとっても重要だ。


 そんな風に共有してきた彼との時間の中で、私の中にちょっとしたトラウマとなって残ってしまった出来事がある。


 それは小学校低学年時分、彼に言われたとりとめのない言葉。


 「笑ちゃんってさー、笑った顔アンパンマンに似てるよね!」


 当時もまた、今と変わらない。幼きキョウヘイは、例のごとくあの笑顔を向けて、幼き私にそう言った。


 そんなことをトラウマだなんて言ったら、人は笑うだろうか。


 所詮それは、子どもの無邪気な言葉である。それも、相手はあの、アイツだ。

 しかしこちらだって負けず劣らずイノセント。


 実はあの頃の私はまだ、お笑い芸人の父のことを誇りに思っていて、そしてそんな親がくれた「笑」という名前を、芸人の娘である自分にこそふさわしい、と気に入っていた。


 「笑ちゃん」は笑顔が誰よりも似合う女の子、であるべきだった。

 笑う、という行為は、その名前を持つ私にとってアイデンティティのようなもの。

 幼き私にそんな意識はなくとも、切っても切り離せないようなものであったことに間違いない。


 キョウヘイの無邪気さは時として残酷だ。

 あの言葉を言われた日から、クラスでの私のあだ名は、かのアンパンヒーローとなり、クラスメイトからは事あるごとに「アーンパーンチ!!!」を食らった。

 その度に私は、毎度毎度それを食らってはやっつけられる、かのばい菌ヒールほどのダメージを受けた。私のそれは、精神的なものではあったが。


 当時の私は、その国民的人気者に憎悪の目を向ける、唯一の小学生であったに違いない。

 

 それからは、複雑な思いなくしてそのキャラクターを見ることができなくなってしまった。


 そしてさらには、人に笑った顔を見せることが恥ずかしくなってしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

笑ちゃんは笑えやしない。 みのなおこ @neow_quo___

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ