2.レイとアカツキ

「うわ、遂にアカツキに背抜かれた!? マジかよ!」


 ある日の朝。玲は教室で僕と出会った途端、背くらべをせがんできた。そして僕に身長を追い抜かれたことを知ると、その場で地団駄を踏み悔しがり始めたのだ。

 玲も女子の中では背が高い方だったけど、成長期が始まった男子は雨後の筍のように背が伸びる。僕は特にそれが顕著だったらしく、ぐんぐんと身長が伸びていた。

 ――お蔭で毎晩のように関節が痛かったけど。


「くっそう……背もっと伸びねぇかなぁ」


 言いながら、中学に入ってからいよいよ大きくなり始めた二つの膨らみを、自らモミモミし始める玲。

 途端、教室の男子と女子からそれぞれ異なる種類の視線が玲に注がれる。


「ちょっとレイ、止めなよ……。二重の意味で目に毒だから……」


 玲は、僕に言われてようやく自分のしている行為の意味に気付いたのか、手を止めると、僅かに頬を染めながら口笛を吹き始めた。ごまかしているつもりらしい。


 ――ちなみに、「レイ」というのは玲のことで、「アカツキ」というのは僕のことだ。

 二人とも同じ「アキラ」で紛らわしいということで、僕らはいつの頃からかお互いをそう呼び合っていた。今では周囲の人間も僕達をそちらの名前で呼んでいる。


 変わったのはお互いの呼び名だけではなかった。

 僕は背も伸びたし体の厚みも増してきて、スポーツ体型になっていた。運動部からの誘いもあるくらいだ。

 玲は、健康的な小麦色の肌はそのままに、起伏のある女性的な体型と、切れ長の色っぽい目を持つ美少女に成長していた。


 でも、中身は変わっていない。

 僕は相変わらずインドア派だし、玲の「男前」な性格も変わっていない。

 「俺を女扱いする奴はぶっ飛ばす!」という玲の口癖は鳴りを潜めたけど、その代りに「制服、スカートじゃなくてズボンにしてもらえねぇかな。いつまで経っても慣れねぇや」が口癖になっていた。

 ――他に変わったところと言えば……玲が昔よりもモテるようになったことだろうか? しかも男女問わず、だ。


 一緒に遊ぶことが多い男子は言わずもがなだろう。距離感の近い美少女(しかも巨乳)というものに男子は弱いらしく、密かに玲を狙っている奴は多かった。

 更に玲は、いつの頃からか女子が困ってるのを見つけると、そっと手を差し伸べて颯爽と去っていく「王子」属性も身につけてしまっていたので、同性受けも悪くない。いや、むしろ良い。

 長年、玲に片思いしている僕としては、ライバルが増えるようで心穏ではいられないのだけれども……玲はまだ、誰かと「付き合う」というつもりは無いらしかった。


 ――というか、玲があまりにも恋愛感情に疎すぎて、結果的に僕が割を食うことも多かったのだ。

 あれは忘れもしない、中学二年生になったばかりの頃のことだ。


『なんかさあ、ラブレターってやつ? 何通かもらったんだけど、アカツキの方で断っておいてくれない?』

『はぁ? いや、なんで僕が!?』

『こういうのよく分かんないし……めんどい!』

『めんどい、じゃなくてさ……僕が断りに行ったら、相手にその、勘違いされるよ?』

『勘違いって……何を?』


 もし、玲へのラブレターのお断りを僕がしたら、相手は僕と玲が付き合っていると勘違いしてしまうだろう。「俺の女にちょっかい出してんじゃねぇぞ」の構図だ。

 玲は、そんな単純なことも分からないくらい、恋愛感情に疎かったのだ。

 僕が説明しても「ふーん、そんな変な勘違いする奴もいるんだな」と、ピンときていない様子だった。


 ――もういっそのこと、玲がよく分かってないのを利用して「僕と玲が付き合っている」という嘘を周囲に広めてしまおうか? なんて考えたこともあった。「僕と付き合っていることにすればラブレターとか減るよ」って。

 けど、流石にそれは玲に悪すぎる。それに、嘘はあくまでも嘘でしかない。周囲が「僕と玲が付き合っている」と認識していても、当の玲にその気がなければ何の意味もないんだ。


『焦ることはない。玲には少しずつ、恋愛感情というものを理解していってもらえばいいんだ。たとえその相手が僕じゃなかったとしても……』


 けれども、そんな僕の考えは実際のところ全くの的外れだった。

 玲は、既に恋の味を知っていたのだ。僕の思いもよらぬ形で――。

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