お見えになりました

 約三十分後。

 代償として質問責めを受けることになったが、結果的には三人で 駅までやってきた。


「しかしオフ会かー。お前がそんなことするなんてな」

「そもそも俺たち以外にも友達がいたんだな」


 ハルキたちには、オフ会を行うと説明していた。

 初めて会う相手なので、念のため様子を窺っていてほしいと。

 二人はなかなか失礼な物言いだが、キャラじゃないと思うのはユウ自身も同感である。

 本当だったら、まずすることはないだろう。

 しかし他に都合のいい理由が思い付かなかった、やむなくそういうことにした。


「不安ならオフ会なんてやらなきゃよかったんじゃないか?」

「……俺もそう思うけど、決まったものはしょうがないだろ」


 これは本音だ。

 勝手に決められて、いつの間にか行くことに決まっていたユウの、せめてもの愚痴である。


「ほんと変なところで行動力あるよなーお前」


 ヒロトの言葉は無視して、周囲を見渡す。


 他の学校も授業が終わってからさほど経っていないため、駅の周囲は学生で賑わっている。このあたりは学校が多いのだろう、ところどころ異なるデザインの制服が散見される。

 学生の波に紛れているが、スーツ姿の社会人もちらほらいる。待ち合わせをしているのか、角に立って誰かと連絡しているようだ。


 ディーもすでに来ているのだろうか。この人込みから探し出すのは容易ではないだろう。


 なにせユウは彼の顔すら知らないのである。


「それじゃあ、俺たちはここで待ってるから」


 ハルキの言葉を背に、一人先へ進んでいく。途中ヒロトがなにか言っていたが、どうせからかっているだけなので聞き流しておいた。


 駅前には誰かも不明な大きな像が建っており、待ち合わせ場所にぴったりだ。

 ユウと同じように、像の前で待ち合わせをしているものも何人かいる。


 この中の誰かがディーなのだろうか。連絡が来ればすぐにわかるだろうが、いまだうんともすんとも言わない。

 ユウからはどうやって連絡を取ればよいのか、普通に喋れば大丈夫なのか、それすらわからないので待つしかない。


 手持ち無沙汰になって駅へ視線を移すと、すぐ横に立っているハルキたちが見える。

 その他には見知った顔も、気になる人物もいない。


 ここにいると周囲の会話がよく聞こえる。他愛もない話や、宿題の話、取引先や会社と通話しているのだろう、へりくだった大人の声もあった。

 しかし、一向に待ち合わせ相手の姿は見えない。


「それじゃあ、私たちは先に帰るからねー」


 一際大きな声に振り向くと、駅に向かう女子高生の一団が見えた。

 少し離れた一人に対して、残りの全員が手を振っている。


「うん、それじゃまた明日―」


 駅に向かう友人たちを見送ると、一人残った少女は飲み物を片手に、像の前にやってきてそのままもたれかかる。

 他の女子生徒が制服の中、一人だけ学校指定と思われる青いジャージを着ていたため、友人たちと比べて少々浮いていた。

 本人は特に気にする様子もなし、そのままの恰好でキョロキョロと首を動かしている。


 少女は非常に小柄で、友人たちと比較しても一回り低かった。

 あの身長では、他の人の身体にはばまれてこちらは見えないだろう。

 綺麗な金髪を後ろでひとまとめにしており、ジャージ姿と合わせて、なかなか目立っている。


 どうやら少女も待ち合わせしているようだが、彼女がディーということはないだろう。

 なにせ昨日さんざん聞いた声は、若い男の声だったのだから。


 いい加減焦れてきたユウは、試しに一度だけ呼びかけてみることにした。

 さすがに大声を出すのははばかられたので、小声で一言だけ。

 念のため端末を取り出して、さも通話しているように見せかけて。


「……俺はもう着いたぞ。お前はどこにいるんだ?」


 その直後、少女がこちらへ振り返る。


 小声で話したつもりだったが、聞こえたのだろうか。それにしては周囲の反応はない。


 他の人を避けて横から顔を出し、ようやくユウに気付いたのか。

 そのまま少女はまっすぐ向かってくる。


 何事かと戸惑っている内に、あっという間に少女と向かい合うことになった。

 目の前まで来ると、より小柄な体格が際立つ。身長は百五十もないのではないだろうか。

 ユウは完全に少女を見下ろす形になっていた。


「ああ、いたいた。ちょっと待たせちゃったかな? それじゃあ場所を移そうか」


 なにを言われるか身構えていると、少女は突然、まるで知己の相手のように親しげに話しかけてきた。

 言葉に窮するユウを、構わずにそのまま連れていこうとする。


「いや、人違いじゃないか……?」


 それだけ絞り出すのが精いっぱいだった。


 しかし少女は、きょとんとした表情で立ち止まる。


「人違いではないよ?」

「いやいや、俺には心当たりがないんだが」

「え? でもハルカだろ、君?」


 その一言にユウが固まる。

 彼のハンドルネームを知っているということは、つまりそういうことだ。


 だが、相手は男ではなかったのか。


「昨日も声を聞いているからすぐわかると思ったんだけど」

(これでさすがにわかるよね?)


 少女の声と同時に、頭の中にも例の声が響いてくる。

 間違いない、彼女こそ待ち合わせの相手なのだ。

 相変わらず響いてくる声は若い男性のそれなので、目の前の少女と重ねられると違和感しかない。


「どうしたんだい、今度は固まって。ボクになにか付いているかい?」


 一方の少女――ディーはユウが混乱している理由がわかっていないのか。

 不思議そうに、彼のことを見上げていた。

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繋ぎ、世界の、窓景色 いーえく @iie9sii

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