教えて下さい、なにもかも

「それで、ちゃんと説明してくれるんだろうな」


 視線から逃げるように家まで戻ってくると、とりあえず自分の部屋に入る。

 そして、ベッドに腰掛け、どこにいるかもわからないディーに話しかける。


(もういいのかい? 少し休んでからでも大丈夫だけど)

「そんな気にもなれないだろ……」


 そのまま寝てしまいたい気持ちはあったが、山積みになった問題を解決させないことにはとても休めそうにない。

 それに、あまり遅くなると両親が帰ってくるため、ディーと話しづらくなってしまう。

 結局、今済ませてしまうのが一番なのだ。


(わかった、そういうことなら話を始めようか)


 ディーもそれ以上は聞かなかった。

 早く始めたかったのは向こうも同様なのだろう。


(さて、聞きたいことはたくさんあると思うけど、まずなにから話そうかな?)


 そして、ディーによる今日の出来事について答え合わせが始まる。


 彼の言うとおり、気になることは山ほどある。

 もちろん、最終的にはすべて聞いていくつもりだが、最初はどうするか。


 わずかに悩んだが、ここはやはり、継続中の問題について質問することにした。


「それじゃあ答えてくれ。なんでお前の声が聞こえてくるんだ? 機械を使っているわけでもないし、一体どうやってるんだ」


 まさに今、ユウと話しているディー。

 こうして話せること自体が、まず大きな問題だった。


 通信用に機器を使用しているならわかるが、それもない。

 そもそもディーとは、掲示板以外でのやりとりはしたことない。声を聞くのも、今回が初めてだ。


 連絡先を教えてもいないのに、顔も知らない友人の声が、頭に直接届いてくる。

 いくら友人だと言っても、正直薄気味悪さのほうが勝ってくるだろう。


(そうだね、まずはそこからだよね)


 ディーもそこから聞かれるとわかっていたのだろう。

 答えに窮する様子もなく、落ち着いたものである。


(その質問はボクにとっても都合がいい。他のいくつかの疑問についても、一緒に答えられるからね)

「どういうことだ?」


(ボクの声が聞こえる理由、君が死んだはずなのに生きている理由、そして消されたはずの記憶が残っている理由。それらはすべて、同一の答えで繋がっているんだよ)


 死んだ。ついでのように語られた事実に、背筋がぞっとする。

 夢ではないとうすうす勘付いていたが、はっきり言われるとショックは大きい。


 ディーの言うことが真実と決まったわけでもないのに、疑う気にはなれなかった。

 それだけ、あのときの喪失感、意識が暗闇に溶け込む恐怖は強烈なものだった。

 改めて自分が巻き込まれた自体の深刻さを実感し、額に汗が滲む。


(……続けても大丈夫かな?)


 ユウの様子が見えているのか、それとも察したのか。

 彼を案じるように話しかけてくる。


「……ああ、大丈夫だ。続けてくれ」


 聞くことが怖いという感情は、当然ある。

 しかし今は、なによりも状況を理解することが先決だ。

 ディーの他に聞けそうな相手がいない現状、この機会を逃すわけにはいかない。


 それに、三つの疑問が一挙に解消されるというのである。

 断る理由など、一つもない。尻込みする感情を抑えて、解答を促していく。


(わかった。それじゃあ改めて)


 彼の意を汲み、ディーがすぐに話を再開する。


(それら三つのことが何故起きたか……)


 理由など、ユウには検討も付かない。

 だが、今日一日で、突拍子もない事態に何度も遭遇している。

 ちょっとやそっとのことでは驚かないつもりであった。



(答えは一つ。君のコアデータが破壊されてしまったから、ボクの半身を分けて補完した。だから君は、まだ生きている)


 しかしディーの答えは、予想を超えて、耳を疑う内容だった。


「……は?」


 一瞬、意味がわからずに呆然としてしまう。

 どう反応すればいいのか、一体どこから突っ込めばいいのか。


(まあ、そうなるよね。そりゃそうだ)


 対するディーは、予想通りといった様子だ。表情が見えたら、きっと苦笑していることだろう。


「……待ってくれ、もう一度言ってくれ」

(ボクの半身を)

「わかった、わかったからもう少しだけ待ってくれ」


 眉間に皺を寄せて考え込む。


 半身を分けるというのが、まず理解できなかった。データを半分という意味なのかもしれないが、それならば今度はディーが消滅するはずである。


 それ以前に、自身のデータを他人に譲渡するなど可能なのか。

 そもそも、コアデータは修復不可能である。機構に所属している男がそう断言していたのだ、他にできるものがいるとは思えない。


(ボクは、普通の人間とは少し違うからね)


 疑問を口に出す前に、先回りされてしまった。


 普通の人間には不可能なのに、なぜ彼にはできたのか。


 答えは簡単、普通の人間ではないからだ。

 

 ディーの解答は、極めて単純明快なものだった。

 もっとも、明快であることと納得できるかは別の話である。


「……それが本当だとして、半身だけじゃ足りないだろ。俺の身体はほとんどなくなってたはずだぞ」


 万が一、この話が真実だったとして、身体のデータを半分分け与えたところで、頭部を含めてほとんどの部位を破壊されていたユウを、はたして修復できるのか。 そして、そんなことをしてディーは大丈夫なのか。


(その点は問題ないんだ。ボクの身体は二つあるようなものだから)

「説明になってないぞ」

(すまない。だけど、これについては直接見てもらったほうが早いと思うからね)


 ディーの解答は、ぼかしているようでどうにも要領を得ない。

 しかし、その中に一つ、ひっかかる台詞があった。


「直接見る?」


(うん、明日にでも会って見せてあげようじゃないか)

「会えるのか?」

(同じ日本だしね。そうじゃなきゃ、さすがに現場に駆け付けて君を助けるなんてできないよ)


 さも当然のように言っているが、一切の事情を知らないユウにとっては寝耳に水である。


 ディーはどうも、それがどういう意味かは不明だが、普通の人間ではないらしい。

 そしてどうやら、ユウと同じく日本在住らしい。

 さらに何故か、明日二人で会う流れになっているようである。


「明日会うとは言ってないけど」

(じゃあやめるかい?)

「……」


 二年の付き合いだけあって、ディーの対応は慣れたものである。

 ユウが断らないと確信しているのが、ひしひしと伝わってくる。


(君にとって悪い話じゃないはずだよ。これでボクも責任を感じているからね、協力は惜しまないつもりだ)


 興味を持ったら、妙な行動力を発揮する。

 過去に何度か、ユウはそのように評されたことがある。

 今回の件では、その行動力が仇になってしまったのだが、人はそう変われるものではない。


 疑問を疑問のまま残しておくなど、納得できない。誘いを断る気など毛頭なかった。

 しかし素直にそう答えるのは、まんまと思惑に乗せられたようで面白くない。なので、はっきりとは答えず、そのまま話題を変えた。


「……お前の声が聞こえるのは?」

(これはボクも予想していなかったけど、ボクの半身が混ざっているからかな。もともと一つだったんだ、そのまま繋がってやりとりできているのだろうね)


「記憶が消えなかったのは?」

(あの記憶処理は君一人に適用されるものだから。当然ボクには無関係だ)


 辻褄は合っているようでもあり、そうでないようでもある。

 本人が自覚している以上にユウの疲労と混乱は大きいのだろう、充分に頭が回らない。


 今の状態では判断が付けられそうにないし、ここで止まっていては話が進まない。

 彼としては不満だったが、とりあえずそれらを事実として進めることにした。


「話はわかった、気がする。それにしても、コアデータに干渉できるなんてとんでもないヤツがこんな身近にいるとは……」


 事実として受け入れようとしても、すぐには受け入れづらい内容である。

 コアデータには干渉不可能。それがずっと教えられてきた常識だった。


 そこに当てはまらない規格外の存在がいるというのは、ユウとしてはむしろ喜ぶべきなのかもしれないが、今は空恐ろしさのほうが勝っていた。


(信じられないだろうね、それが当然だよ。だけど、間違いなくいるんだよ。現に君は、ボクの他にも出会っているからね)


 ディー以外にも、コアデータに干渉できる存在。そして、ユウがすでに出会っている存在。


 さすがにこれは、すぐに検討が付いた。


「……あの男のことだろ?」


 機構のシンボルマークを胸に着けた、名前も知らぬ男。ユウに聴取を行い、記憶を消そうとした男。


 脳に補完される以上、記憶もコアデータの一部に含まれる。

 コアデータの修復は不可能だと言っていたが、記憶の操作ができるならば、干渉自体は可能ということだ。


 異なるのは、どこまで可能かと言った点のみである。


(ご名答。彼に限らず、機構に所属している人間ならば干渉は可能だ。あくまで機構から認可が下りた場合のみ、一時的かつ限定的に使用できるだけだけどね)


 やはりあの男のことで間違いなかったようである。

 充分衝撃的な内容であったが、その前のディーの話があまりにも強烈だったため、それほど驚きはなかった。

 機構に所属しているならば、あり得ない話でもないだろう。


「お前は機構の人間じゃないのか?」

(ボクは違うから、機構に見つからないよう、普段は隠れてこそこそしているよ。捕まったらどうなるかわかったもんじゃないからね)


 自分たち以外に、コアデータへの干渉ができてしまうものがいる。管理を行う機構としては、とても放置できないはずだ。

 もし機構がディーを確保されたら、確かにどうなるかわからない。

 少なくとも、こうして自由に動くことはできなくなるだろう。


 だが、機構の人間でもないならば、結局ディーは何者なのか。


 疑問は尽きないが、それはここで考えても解決のしようがない。結局、明日会ってみないことにはどうしようもないということだろう。


「意外と干渉できるやつはいるってことだな、お前とあの男みたいに……しかし、今日だけで二人会うとは」



(いや、三人だよ)


 話をまとめようとしたユウの言葉を、ディーが訂正する。


「三人?」


 これにはさすがに戸惑ってしまう。あの男はすぐに思いついたが、他には心当たりがない。


(そう、三人だ。君は今日、もう一人会っている)


 ディーはもう一度、よく言い聞かせるように続ける。適当に言っているわけでもないようだ、彼は確信をもって告げている。


 今日の出来事を思い返す。学校でハルキたちと別れ、まっすぐ家まで戻ると、準備を整え八十神社に向かった。

 その後、境内で怪物に襲われ、あの男と話すまで、他に出会った人間はいない。せいぜい道中ですれ違った交通人くらいのものである。


 その後は、知らぬ間に一坂東駅に移動しており、帰宅して現在に至る。心当たりなどあるはずが――



(君が今日出会って、コアデータに干渉できた相手。もう検討は付いたんじゃないかな?)

 

 そこまで言われれば、さすがに答えに辿り着く。

 考えてみれば、当たり前のことである。他に該当する対象が存在しないのだから。

 にも関わらず、なかなか思い至らなかったのは。


 それがあまりにも、人間とはかけ離れた姿をしていたから。


「――あの怪物が人間だって、そう言いたいんだろ?」


 それでも、他にはあり得ない。

 あの怪物は、ユウの脳を破壊してみせたのだから。

 その他には、該当するものがいないのだから。


 ディーは肯定も否定もしない。一呼吸おいて、ただ一言。


(……『変異群バグズ』、それが彼らに付けられた通称だ。プログラムの異常によって生み出され、プログラムそのものへの干渉が可能になった、さ)


 その後も話は続いたが、途中でユウの両親が帰ってきたため中断となった。

 その日の夕食は、いつもよりも味がしなかった。

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