顔も知らない親友と

 HN『D―Knightディーナイト』。ユウは単純に「ディー」と呼んでいる。

 ディーと最初に会話したのは、中学三年生の夏休みのときだ。高校二年に進級した今でも交流は続いているので、かれこれ二年近くの付き合いになる。掲示板の利用者は少ないため、このように長期間話せる相手は貴重だ。


 彼については、何もしらない。年はいくつか、どこに住んでいるのか、そもそも性別すら。

 掲示板タイプでは肉声が聞こえないため、男女どちらかは文章で判断するしかない。文字は日本語で表示されているが、他言語は自動的に翻訳されてしまうため、そもそも日本人ですらないかもしれない。

 わざわざ掲示板なんて利用する連中は、そういった自身に繋がる情報の露出を嫌うものが大半だ。そのため、これらの話題には触れないというのが暗黙の了解である。ユウとしてもその方が気楽なので、知りたいと思ったことすらない。


『D―Knight:いつも通り、大体一週間ぶりだね。そちらに変わりはないかな?』


 ディーと掲示板で会う時間は決めていない。週に一回、適当なときに覗いてみて、二人ともいたらそのままチャットを始めるといった具合だ。互いに慣れたもので、最初のやりとりは挨拶がわりの恒例行事である。


『ハルカ:それこそいつも通りだろ。そうそう変わりなんてしないだろ』

『D―Knight:違いない』


 ディーが普段なにをやっているか、詮索する気もないが、おそらく自分と同じ学生だろうというのが、ユウの認識である。ログインしている時間帯が、大体ユウと似通っているというのがその根拠であった。


『D―Knight:それで、今日はなんの話がしたいのかな? ボクとしては、この前みたいに雑談をするだけでも構わないよ』

『ハルカ:まあ特別用事があるわけじゃないし、それでもいいんだけど……ああでも、あの話はしておこうかな。ほら、先週の』

『D―Knight:ああ、例の件か。その口ぶりだと、手に入ったのかい?』

『ハルカ:一昨日ようやくな』


 二人で話すことは日によってまちまちだ。歴史の話だとか、最近のニュースのことだとか、適当な雑談で終わることもある。


 しかし、やはり一番多いのは、学校の友人には話せないような話題だろう。


『D―Knight:ちなみに、どんなやつだい?』

『ハルカ:それがなんと、警官のアバターだ』

『D―Knight:へー、警官のアバターなんて、警察も目を光らせているだろうに。そんな代物、よく購入できたものだね』

『ハルカ:この前制服のデザインが新しくなるってニュースがあったからな。あれで今までのやつが型落ちになったから、見逃されたのかもな。在庫処分みたいな感じで安く買えたよ』


 SPHEREスフィアでは姿形といえどデータの一つなので、ゲームと同じような感覚で姿を変えられてしまう。そのため、いわゆるコスプレと呼ばれる趣味はかなり人気がある。コスプレ用のアバターさえ用意してしまえば、あとは付属されているスキン機能を適用するだけで好きな姿になれるからだ。


 もちろん制限なしにどんな姿でも、とはいかない。警官など特定の職業に似せた姿は原則禁止だし、アバターを適用している場合は頭上にマーカーが出現し、すぐに判別できるようになっている。悪用されないための、必要な措置というわけだ。


 つまり、ユウの購入したアバターは型落ちとはいえ、法律違反のご禁制品というわけだ。それも、頭上にマーカーが出現しない改造品である。

 ユウはまだ学生で、かつ悪用する気はないとは言え、ばれたら補導は確実だろう。人の少ない掲示板では、こういった商品のやりとりもたまに行われている。ハルキやヒロトにはとてもできない話題だ。


『D―Knight:ボクとしては、やはりおススメできないね。君のことは信頼しているが、それは所持しているだけでも危ないものだよ』

『ハルカ:悪用しない限りは警察もそう動かないと思うよ。俺はそんなことしないし、人目の付かないところで個人的に使うだけだから』

『D―Knight:それはそれで何のために買ったのだって気もするけどね』

『ハルカ:まあ、興味があったからかな』

『D―Knight:勢いで買ってしまっただけでは?』


『ハルカ:ノーコメントで』


 ユウとしても、違法アバターを購入するなど初めての経験である。姿を変えることにはあまり興味がなかったが、規制を破るということに惹かれて購入に踏み切ったのである。

 とはいえ、いざ手に入るとさすがに不安に感じているようであった。


『D―Knight:とにかく、買ってしまったものは仕方ない。君の言うように、人目のないところで一回だけ体験してみて、終わったらさっさと削除しちゃおう。今後は迂闊に手を出さないように気を付けることだね』


 ディーのことは学生だろうと予測しているので、同い年に諭されているようでユウとしては面白くない。飄々とした口調も相まって、余計煽られているように感じる。


『ハルカ:別に、後悔するほどじゃないさ、不安なのは確かだけどな。まあ言う通り、一回やったらすぐに消すつもりだよ』


 強がったわけではないが、見方によってはむきになって虚勢を張っているように取れるかもしれない。そう受け取られてしまうのだけは嫌だった。

 幸い、ディーはそれほど気にしていないようだった。


『D―Knight:しかしやはり、リスクを負って購入してまですることとは思えないね』

『ハルカ:それはそうだな。まあ、普通は使用できないアバターを着用するのがどんな気分なのか、少し興味があったってだけだ』


 ユウの考えは、中学時代より落ち着いたが、完全に変わったわけではない。やはり人と物にはあまり違いを感じないし、姿を変えるくらい気にすることでもないだろうというのが本心であった。警官のアバターを買ったのは、ささやかな抵抗のようなものである。


『D―Knight:そこらへん、君はかなり大ざっぱだからね。これも今の世界を有効活用しているってことなのかな?』

『ハルカ:そこまで言うつもりはないけど、姿を変えるくらいで目くじらを立てなくてもいいとは思うな』

『D―Knight:君の人間観は他の人より大分軽いからね。一応言っておくと、人が積み重ねてきたものが歴史だよ?』

『ハルカ:歴史は好きだけど、人間はそこまで好きじゃないからな。別におかしくはないだろ?』

『D―Knight:うん、おかしくはないね。対象や視点も大きく異なっているし。そもそも、矛盾した感情なんて、別に珍しくもないしね』


 ディーはこれで意外と、話を適当に聞き流したりはしない。軽薄そうな口調とは裏腹に、こちらの話にしっかりと応対してくれる。

 最初に会話したときもそうだったが、時折、学生というユウの予想には似合わないくらい、達観したような意見を出すときもある。そのせいで、時折学生として設定されたAIと話しているような気分にもなることがある。


 もっとも、それはユウにとってむしろ好ましいことであったが。ユウが二年近く交流を続けていられるのも、そうしたヒュームの雰囲気によるところが大きいのかもしれない。


『ハルカ:そろそろいいだろ。一回だけ着て、さっさと削除する、それで決まったんだから。この前話してたこと、そろそろ教えてくれよ』

『D―Knight:そうだね。何事も早いに越したことはない』


 ディーも、これ以上引っ張るつもりはないようだ。こうした切り替えの早さも、ユウには非常にありがたかった。


『D―Knight:それじゃあ、関東圏の『エラーポイント』について、ボクが把握している限りの情報を提供しよう』

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