第36話 透明な関係2


「まさか、また来ることになるとは……」

 ビッシリと壁に貼り付けられた依頼票――所謂、クエストボードを眺めて呟く。

 以前、冒険者ギルドに来たときは物珍しさで浮かれていたけど、今はだいぶ落ち着いて見学できる。

 採集依頼に、討伐依頼。ペットの捜索や、喧嘩の仲裁等々……本当に色んな依頼があるみたい。

 ここでは前世での非日常が日常として存在している。その感動や驚きが、次第に実感となって身に染みていく毎日だ。

「コランダさんも来たことあるの?」

「うん、前に一度だけね」

 冒険者らしき人たちの隙間を縫い、慣れた様子で歩を進めるフロウの後をおたおたと着いて行く。


 以前はここで窓口のおじさんに私の魔力ゼロ体質を見抜かれそうになったんだよね。

「よーお、フロウじゃねえか!――お前さんが受注してる依頼なら……香味草三種の採集か? この時期は大変だっただろう!」

 カウンター越しに響く威勢の良い声。大柄の男性が身を乗り出してフロウに話しかけてきた。

 あー……そうそう、この人。以前の状況を思い出しながら、私は反射的にフロウの背に隠れる。

 ここに来ると知った時点で想像してた状況だけど、何となく顔を合わせるのは気まずいのです。

「こんにちは、トリウさん。ほい、これが依頼の品。――たしかに、いつもよりは苦労したね。それでも魔物討伐よりは断然楽な依頼だし、これくらいどうってことないよ」

「ハッハッハ! そうは言いうがな、自分の技量を見極めた上で、きっちり依頼をこなしてしっかり報告できる奴ってのは意外と多くねぇんだぞ」

 フロウが小さな木箱をカウンターに乗せると、トリウと呼ばれた男性がそれを受け取って豪快に笑う。

 さすがというべきか、冒険者ギルドでもフロウの評価は上々のようだ。友人として、鼻が高いぞっ!


 そんなこんなで依頼の報告は済んだみたいだし、このまま何事もなく立ち去るのかな。

 フロウの後ろでひたすら存在感を消していた私は、誰からも話しかけられないように祈っていた。……が、そう簡単にいくはずもなく。

「おうおうおう、よく見りゃ今日はいつもと違う嬢ちゃんを連れてきたのか? 大人しそうに見えて、フロウも隅に置けないねぇな」

 ひいぃ!? あっさり見つかってしまった!? しかも、何となく面倒くさい状況になってるし。

 恨めしそうにフロウの顔を覗き見ると、彼も呆れたように溜息をついている。

「はぁ……前にも言ったと思いますけど、いつもの嬢ちゃんというのは、俺の妹ですから。そんで、今日一緒にいるのは、俺の友人です」

「ひえっ!?」

 突然、カウンターの向こうにも私の姿が見えるようにフロウが立ち位置を変えた。

 丁度良い壁がなくなったことに慌てふためく私。やがて、観念したように顔を上げると、予想通り視線が合う。

「……ど、どうも」

「おぉ!? こりゃあ驚いた! 嬢ちゃん、前にもここで会ったことあるよな!?」

 さすが受付さん。一度しか会っていない私のことを覚えてくれていたのねー……恐縮です。

 予想外な遣り取りに首を傾げるフロウの隣で、私はただ苦笑するしかなかった。



「――なるほど。トリウさんってば、すぐに人の魔力やら技量を測ろうとするからね」

 私は前回、冒険者ギルドを訪れた際のやりとりを、かいつまんでフロウに説明した。冒険者ギルドの受付役――トリウさんも、私の話に相槌を打って聞いていた。

「職業柄、そういうのはキチッと把握しとかねぇとな。半端もんが勝手して命捨てるだけなら良いけどよ、斡旋したギルドの評判まで落とされるのは困るって話よ」

 トリウさんはガッハッハと笑いながら、開けっぴろげに冒険者ギルドの内情を話す。その近くではフロウが依頼の一覧が記された帳簿らしきものをめくっている。

 二人は平然としてるけど、ギルドへの依頼の中には危険性の高いものもあるんだよね。それこそ、命を落とすような危険が……。

「だからといって、初対面の人に魔力の量がどうこう言われたら、良い気分はしないでしょ」

「まったく……この国の奴らは特にそういう、魔力の強い弱いって話に過敏だよなぁ」

 フロウは帳簿から顔を上げ、呆れたように首を左右に振る。私はどこか他人事のように、二人の会話を隣でぼんやりと聞いていた。

「しっかし、俺としちゃかつてない魔力の無さにも驚いたってのに、その嬢ちゃんが魔法学園に通ってるなんて更に驚きよ」

 私とフロウの関係について――学園での同級生であることを伝えると、トリウさんは急に興がさめた様子だった。

「まっ、人にはそれぞれ、事情ってもんがあるんだよ。……色々と、ね」

 含みのある物言いからは、「もうこれ以上の情報を与える気はない」という意思が伝わってくる。

 フロウの口が固いのを知ってのことか、トリウさんも余計な詮索をする気はないらしい。気怠げに「へいへい」と呟いて、カウンター裏の別室へと姿を消した。


 ふぅ……なんだか無駄に緊張してしまった。一息ついて、平静を取り戻す。

 そこでようやく、私が今一番気になって仕方ないことについて、意を決して質問してみた。

「フロウ君、さっき“妹”って言ってたよね? もしかして、プレゼントを渡す女子って……?」

 男子から女子へのプレゼントだなんて、何とも甘酸っぱい青春!……のはずなのに、当人には緊張感や浮かれた様子がみじんもなかった。

 しかし、ここで得た新たな情報。もし、相手が妹――身内だとすれば? 事情は大きく変わってくる。

「そうそう、妹への誕生日プレゼント。毎年渡さないと拗ねるんだよなー、アイツ。誕生日自体はまだ先なんだけど、居場所が遠いもんだから早く準備しておきたかったんだ。……ていうか、双子だから誕生日一緒なんだけどね」

「はーーー……」

 って、いやいや、それは普通に言ってよおぉぉぉ!? 私、本当に悩んだのに、後出し情報多くない!?

 年頃の男子にしては大人びた聡い子だと思っていたけど、妙なところで鈍いね!?


 一気に得た情報を整理するべく、しばらく真顔で硬直していたところ、ピン、と私の脳内に電撃が走った。

「花雨祭の日、女神教会で一緒にいたあの子……彼女がそうなのね?」

 悪魔の呪いを受けてしまった妹。それならフロウがあまり事情を話したがらないのも理解できる。

 たしか、桃色の髪をした女の子で、どことなくフロウと似ていたような……そうでもないような。

「そーいうこと。本当は彼女――エブンシアも魔法学園の生徒なんだけど、今は“諸事情”で休学中なんだ」

 言いながらフロウは苦々しい微笑みを浮かべた。

 呪いについては様々な方面から研究や調査されているものの、いまだに解呪の方法は確立されていないのだから。

「そっか。プレゼント、喜んでもらえるといいね」

 小さく頷くフロウの横顔は、湧き上がる痛みを我慢しているように見えた。



(そういえば、フロウと似ている女子生徒って、最近どこかで耳にしたような?)

 新たな依頼を物色しているフロウを尻目に、私は一人で考え込んでいた。

 必死に記憶の糸を手繰り寄せている最中、なぜか慌ただしくフロウが駆け寄ってきた。

「どうしたの? 報酬の良い依頼でもあったの?」

「違うよ!……見て、誰かを探してるみたいだ」

 フロウは私の服の裾を引っ張り、自身の視線の先を追うように促してくる。

 何事かと不審に思いながら顔を向けると、

「――あ、ユギト様」

 銀の貴公子、ユギト様がひっそりと立っていた。

 あぁ~……ただ立っているだけなのに絵になるなぁ。一般人とはオーラが違うというか。彼は攻略対象キャラだから、と言ってしまえばそれまでなんだけど。


「ユギト君が受付まで出てくるなんて珍しい……」

 ここは冒険者ギルドなんだから、彼がいるのは何の問題もないはず。しかし、フロウの驚きようから察するに、あまり普通のことではないみたい。

 ユギト様は何かを探しているのかキョロキョロと周囲を見渡している。

 思えば初めてユギト様を見た時も、彼はこんな風に誰かを探していたっけ。

 あの時は、ゲーム内でのイベント――主人公とニビル王子が初めて出会うシーン――を鑑賞するために、姿をくらましたイヴリン嬢を探していたんだよね。

 人混みに揉まれながら沿道にいた私は、呆然とユギト様を見つめていて……?

「ふぉっ!?」

 ユギト様と目が合ってしまった。あの時と同じように。

 隣でフロウが同じく声を上げて驚いている。ユギト様がこちらに向かって会釈をしたからだ。

 もしかして、彼が探していたのって……私!?



「いやぁ、コランダさんといると退屈しないよ。本当に予想外なことばっかり起きるからね」

 冗談めかしてフロウが言う。それに続いてユギト様が苦笑しながら話し出す。

「俺も半信半疑だったが、本当に来ているとはな……」

 私とフロウはユギト様に案内されるがままに奥の部屋へ移動し、テーブルを囲んで談笑していた。

 初めこそ緊張で固まっていたものの、フロウは私よりも早く状況に順応している。フロウのコミュ力が高すぎるのか、私が低すぎるのか。

 そもそも、どうしてこんな状況になっているのか……向かいに座ったユギト様が順を追って説明してくれた。


 数日前、ユギト様はイヴリン嬢から予言……のような命令を告げられた。「次の休日、冒険者ギルドにコランダさんが来るから絶対に顔を出せ」と。

 幼馴染みであるイヴリン嬢は、昔から予言めいたことを度々口にすることがあり、それは的中したり外れたりしているそうな。

 フロウは「ただの偶然じゃない?」と予知能力については懐疑的な反応だった。対してユギト様は半信半疑と言いつつも、イヴリン嬢については信頼しているらしい。

 私は何も反応しなかった。なぜなら、私だけは真実を知っているから。

(イヴリン嬢から指示されたってことは……要はこれってイベントよね)

 ユギト様の口からイヴリン嬢の名前を聞いた瞬間、私は彼女の意図を理解した。

 彼女は原作ゲームで発生する全イベント、フラグを把握している。ただし、全てが同じように進むとは限らない。だから、的中したり外れたりもする。

 これを予知能力と呼ぶかは微妙なところだけど、強力な異能ということは間違いない。


「――ふぅん。ユギト君って愛称で呼ぶくらい、イヴリン様と仲が良いんですね。やっぱり、幼馴染みだから? それとも、それ以上に……?」

「な、何を言い出すんだ!? イヴとは幼い頃からの付き合いで、妹とも仲が良いんだ。今の彼女は誰のものでもないし……俺もそれで良いと思っている」

 フロウはユギト様が「イヴ」という呼んでいる点を目敏く指摘して、ユギト様を困らせている。そっぽを向いたユギト様の頬はほんのりと赤い。……眼福、眼福。


 ユギト様は一見すると人を寄せ付けない冷たいオーラを放っている。しかし、本人曰くそれは冒険者ギルドの依頼や、学園での王子の護衛という大任のせいであって、任務と関係のない場面ではとても柔和な性格をしているようだ。

「お近づきになれるような存在じゃない」と言っていたフロウも、今は楽しそうに会話している。フロウが親しみやすいというのもあるけど、ユギト様も身分に関係なく対等に話せる存在が欲しかったのかもね。


 私は生温かい視線を二人に向けて、トリウさんが煎れてくれたというお茶をいただく。

「あれ、これって緑茶?」

 妙に馴染みのある渋味だと思ったら、まさかの緑茶だった。ここ異世界でも珈琲や紅茶はよく見かけたけど、日本茶とはお初にお目にかかります。

 私が感嘆の声を上げているとユギト様が小さく笑った。美形の微笑み……眩しいっ!

「珍しいお茶だろう? これは東方の国で作られたお茶で、イヴの熱意のおかげで最近小口ながら輸入されるようになったんだ」

「へぇー……」

 さすがは公爵令嬢というか、やっぱり元日本人というか。

 その両方が合わさって、新商品の開発や隣国との貿易、多岐にわたる慈善活動を行っているのだろう。

「君のことはイヴからしょっちゅう聞かされているんだよ。……といっても、聖女だの奇跡だの、ひたすら褒めそやす話ばかりだ。あまりに君のことばかり話すもんで、若干周りも引いていてな」

 言いながらユギト様は軽く溜息をついた。私の知らないところで、私にうんざりされてるとか……酷い話だ。

 たしかに私は破魔聖女なのだけど、ここでそんなことを言えるはずもなく。むしろ、私からすればイヴリン嬢のほうがよっぽど聖女らしいとすら思う。

 隣に座ったフロウが、肩をふるわせて笑いを押し殺すように言った。

「……ユギト君、コランダさんに妬いてます?」

「は!? ど、どうして俺が……!」

 ユギト様、動揺しすぎる。もうクールなイメージは粉々に崩れてしまったよ。

 アハハと朗らかに笑うフロウがほんのり怖い。この短時間ですっかり主導権を握ってしまうとは……。



 攻略対象キャラであるニビル王子とユギト様。きっと二人はイヴリン嬢に対して特別な感情を抱いている。……悲しいかな、イヴリン嬢は気づいてないみたいだけど。

 これなら主人公だからといって、彼らの間に私が割って入るような無粋な事態にはならないと思う。たぶん。

 そんな状況にどこか安堵感を覚えつつ、私はユギト様に質問を投げかける。

「今、私は特殊な魔法について調査をしているのですが、冒険者ギルドで詳しい方はいませんか? 例えば、転生者だけが持つという破魔の力や女神の力――神聖魔法に詳しい方、とか」

 現在進行形で行き詰まりっぱなしの、転生者に関する情報を少しでも集めたい。

 ユギト様は眉をひそめて答える。

「魔法に詳しい者は大勢いるだろう。しかし、俺も全ての冒険者を把握しているわけではないし、そこまで特殊な魔法に精通している者がいるかは疑問だ」

 力になれず申し訳ないと頭を下げそうになるユギト様を慌てて制止した。そんなそんな、滅相もない。


「コランダさんってば、いつも図書室で古い魔法についての本を読んでるもんね。……でも、わざわざ冒険者ギルドに頼らなくても、詳しい人がすぐ近くにいるじゃない?」

 いつの間にか緑茶を飲み干したフロウが笑いながら話し出す。

 その言葉の意味がわからずにいると、フロウが目をぱちくりさせて驚いた。

「魔研で特殊な魔法の研究をしているアイト先生。女神教会の巫女で神聖魔法を操るオミナ様。……どちらもコランダさんと関わりの深い人でしょ?」

「そ、それはそうなんだけど、他にもいないかな~って……」

 言われてみればその通り。そもそも、その二人が私の転生召喚を計画&実行したんだから、当然っちゃ当然よね!

 ……って、そんな込み入った事情をここで話せるわけないでしょ。ホント詰んだかな、これ。



「――では、コランダさんが冒険者ギルドに入るというのはどうだろう」

 もごもごと口を噤んでしまった私に、ユギト様が驚きの提案を投げかけた。

「実際に自分で冒険者ギルドに所属してみて、他の冒険者から情報収集をしてみるんだ。ここは他国出身者も多く出入りするから、彼らから変わった情報を得られるかもしれない」

「たしかに、同じ所属の方が情報は引き出しやすいでしょうね。でも、コランダさんの魔力では加入審査を通れるとは思えません……」

 思考停止中の私に代わり、フロウが返事をしてくれる。サラッと酷いことを言われているような気がするけど、聞こえなかったことにしよう。

「それなら俺から推薦状を出しておこう。ひとまず仮所属ということにはなるが、加入審査は通るはずだ」

 ユギト様にそこまで言われるとフロウも口を出す気はないらしい。肩をすぼめて脱力している。


 S級冒険者の口添えにより、いとも簡単に冒険者ギルドに加入できるなんて。私にとっては願ってもない幸運なのだけど……いまいち納得できない。

「あの、ユギト様はどうしてそこまでしてくれるんですか?……正直、私の魔力ではたいしてギルドに貢献できるとは思えないですよ?」

 ユギト様の善意に裏があるとは全く思ってない。だからこそ、私はその真意を知りたかった。

 まぁ、大方予想はついているのだけど……。

「実のところ、イヴから頼まれたんだ。君のことを――“コランダさんを助けてあげて”……とね」

 そう言ってユギト様は照れくさそうに笑った。

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