第35話 透明な関係1


「――ねぇねぇ、一体どんな人なの? オミナ様も気になっていたよ」

 フロウとの待ち合わせ場所である城下町の広場。小さな噴水の縁に腰掛けていると、人型になったアルストとロメリアが楽しそうに話しかけてきた。

 二人は私の返事など待たずにキャッキャとお喋りを続ける。

「どんな人であっても、ルー様の方が素敵に決まっているわよ」

「でもルー様って中々に人でなしだからね?」

「あら、最近はコランダには優しくなっているの、知っているでしょ?」

「うーん……それは本当に驚きだよねぇ」

 いたいけな少年と少女が会話しているように見えて、これが実質は一人芝居だというのだから変な感じだ。

 オミナさんから何かを吹き込まれた様子のアルストとロメリアには、適当な相槌をうってやり過ごす。

 聞けば二人はオミナさんから厳命――ボディーガードを言いつけられたんだとか。……まぁ、オミナさんへの報告係なんだろうけどね。


 そうこうするうちに待ち人がやってきた。

 小走りに駆けながら手を振るフロウ。一つにまとめられた水色の髪が尻尾のように揺れている。

「お待たせしてしまったかな? ――それと、この子たちは?」

 隣ではしゃいでいる双子を一瞥してから、フロウはおずおずと私に向き直る。

 そりゃ驚くよね~。私は苦笑を浮かべつつ双子の名前を呼んだ。双子はフロウに向かって可愛らしく会釈をした。

「私が早めに来ただけだから気にしないで。この二人はアルストとロメリア――こう見えて精霊なんだよ」

 アルストとロメリアは興味津々といった様子で、フロウの両隣に立った。こらこらと子供を窘めるように手を伸ばしたけれど、フロウはいつも通り穏やかに微笑んでいる。

「精霊……にしては随分と気さくだね。以前に街の外で見掛けた時は、臆病で人嫌いな存在なのかと思ったけど。それに、こうして人間と変わらない姿になれるなんて初めて知ったよ」

 私は双子の身体について、ルベウスが造った二つの身体に一つの精霊が入っていることを、フロウに簡単に説明した。

 当然のことながらフロウは驚いて目を丸くし、その表情のまま双子を見比べた。双子はなぜか得意げに胸を張っている。

「人間は精霊が見える人と見えない人がいるから、わざわざこっちの方から人間に絡んでいくことは少ないんだよね」

「無理矢理捕まえようとする人間がいるせいで、逃げちゃう精霊がいるのも確かだけど」

「精霊っていうのは、争いを厭い、自然を好むものなのさ。でも、人間の作ったものも好きだよ。音楽や古い魔道具とか……要するに、強く清らかな魔力に惹かれるんだ」

「人間と精霊――大昔は今よりもずっと交流があったって聞いたことがあるわよ」

 ステレオの如く左右から声がする。これはどっちに向かって返事をすればいいのやら。

 フロウはというと、律儀に両方に向かって頷いている。……首が疲れそうなので、そろそろ止めてあげないと。


 どうやら、この短い時間の中で双子はすっかりフロウを信用したらしい。

 彼なら大丈夫だろうと判断した二人は、私の手を握ると見慣れた花の髪飾りへと形状を変えた。

「……えぇっ!? コランダさんが身に付けてるその髪飾りって、精霊が変化したものだったの!?」

 口をあんぐりと開けてフロウが驚いている。私も初めて見たときはかなり驚いたけど、こっちの世界の人的にもビックリな現象なのね~。

 何食わぬ顔で「行きましょう」と歩き出す私の後ろで、固まっていたフロウが慌てて動き出した。



「コランダさんがついてきてくれて、本当に助かったよ~」

 そう言ってフロウが足を踏み入れたのは雑貨屋だった。ルベウスと一緒に訪れたような怪しげなお店ではなく、至って普通のお店だ。

 フロウはネックレスや指輪といった小物のコーナーを物色している。

「ねぇ、今日は何を買いに来たの? アクセサリー?」

 そもそも、私はフロウが何を買いに来たのかすら知らないんだった。

 フロウが言うにはただ買い物に付き合って、助言が欲しいっていうことだったけど、一体何に対する助言だろう。

 のんきに首を傾げていると、フロウの口から衝撃的なワードが飛び出した。


「うーん、やっぱりアクセサリーがいいのかな?――女子へのプレゼントって何を選べばいいかわからなくてさ」

「じょっ……しぃ!?」

 ……お、おう。そーいうことだったのねー……完全に理解したわー。……でも、それって今言うことですかね!?

 せめてもの救いは、この場にアルストとロメリアがいないことかな。あの二人がいたら騒ぎ出して、手がつけられなかったかもしれない。


 呆然と立ち尽くす私をよそに、フロウは店内を動き回り商品を手に取ってしげしげと眺めている。

 彼に悪意はない。事前に深く追求しなかった私が、勝手に動揺しているだけ。えぇ、えぇ……わかってはいるのよ。

 いっやー……でも、まさかね。ていうか、そういうことは真っ先に言っておくべきでしょうが!?

 ――といった感じで、態度では冷静を装っていても、心の中は簡単には落ち着かない。


 気持ちを切り替えようとして、ふと目についたブレスレットとイヤリングを手に取る。

 添えられた商品の説明書きを読むと、魔除け効果を持つ石を使ったアクセサリーとのことだった。

 窓から差し込む日光を受けて、雫の形をした無色透明な石がキラキラ輝く。

 シンプルな皮紐のブレスレットと、アンティーク調の上品なイヤリング。どちらも女性に好まれそうなアクセサリーだけど。

(一体、どんな女の子がつけるのかしら……)

 助言を求められているのだから、それを聞かないことにはどうしようもないよね。

 とはいえ、何と切り出せばいいものか。その場で悶々としていると、ブレスレットとイヤリングに変化が現れた。


「えっ、あれ……!?」

 一瞬、石にヒビが入ったのかと思ったけれど違った。石の色――というか、透明度が手に取った時からすっかり変化している。無色透明だった石は、もはや白に近い。

 もしかして、熱とか光とかで変色する鉱石なのかな? ……そうであって欲しいと切に願う。これで破損しているのだとしたら、弁償しないといけないのかな?……そんなまさか、ねぇ?

「――お? コランダさんの持ってるそれいいね」

 突然、後ろからフロウがひょいと顔を出してきた。そして、私の手のひらからブレスレットを持ち上げた。

「これにしよっかな。うん、きっと似合うと思う」

 そう言って革紐の部分を摘まんで、白く変化した石をのぞき込んでいる。

 こ、これはマズい。色が変わったこと、言った方がいいよね? でも、フロウは喜んでるみたいだし、引き留めにくいし……って、あぁ~!?

 結局、私が口をパクパクさせている間に、フロウはさっさと会計に行ってしまった。合掌。


「本当に私が決めても良かったのかな?……恨まれたりしないよね?」

「へ? どうして? 俺からコランダさんに頼んだことだし、何も気にする必要ないよ」

 フロウは大事そうに購入したブレスレットを鞄にしまいこんだ。

 え~と……私が心配してる意味、伝わってないのかな? そんなこと気にする必要もないくらいの信頼関係、ってことも考えられるけど。

「それに、彼女もコランダさんが選んでくれたものの方が喜ぶと思うんだよね」

「……まぁ、フロウ君がそう言うならいいけどさ」

 見知らぬ女子へのプレゼントを選ぶ罪悪感と、石の変色を黙っていた罪悪感。二つの悩みの種のせいで頭を抱えている私をフロウが笑う。

「コランダさんが買いたいものはないの? 自分用じゃなくても、誰かにあげたいものとか」

「私が欲しいものはないけど、せっかくだしもう少し商品を見て回りたいな」

 例のアクセサリーを手に取った後はしばらく棒立ち状態だったので、他にどういった物が売られているのかよく見てないんだよね。

(とりあえず、これは私が買わないとね)

 片手に残ったイヤリングを握り締め、前世とは微妙に雰囲気の違う、不思議な雑貨たちを眺めた。



 雑貨屋ではイヤリングの他にも二点購入した。

 一つはオミナさんへのプレゼントである、魔法のインク。

 以前、女神教会の地下へ向かう時に渡されたお札のようなもの――魔苻というらしい――ああいったものは、魔力を含んだ特殊なインクで書かれている。

 つい最近、そのインクが底をつきそうだとオミナさんが呟いていたのを覚えていた。


 問題はルベウスへのプレゼントだった。

 オミナさんへのプレゼントでも、最初から無難に消え物でいいだろうと考えていた。でも、安易に食べ物なんて選ぶと、なんやかんや言ってルベウスは受け取らなそう……。

 それなら、オミナさんと同じく魔法のインクにすれば不満はあるまいと思ったのだけど。

「何だろう。今、腕輪が震えたような……」

 どういうわけか、光沢感のある髪留めを一つ、手に取っていた。


 ――前にも同じようなことがあった気がする。たしか、ルベウスの研究室で写真を見た時だったかな。

 その時は何も思わなかったけど、もしかしてこれはサフィーアの意思が働いているってことなんじゃ?

 私の両腕につけられた腕輪は、魔物の身体に神霊を繋ぎ止める釘のようなもの。それが振動するということは……。

 そういうわけで! 他でもないサフィーアが選んだものなら、ルベウスでも喜んでくれるでしょう! 勝手にそう結論付けた私は速やかに会計を済ませた。



 私たちは無事に買い物を済ませ、近くの露天で軽食を取っていた。その最中、不意にフロウが「あっ」と声を上げた。

「寄りたいところがあるんだった。……悪いけど、付き合ってもらっていいかな?」

 日程が書き込まれているのか、フロウは鞄から取り出した手帳を確認している。皮製の手帳は随分と使い込まれているように見える。

 そんなところにも彼の几帳面さが垣間見えたような気がして、自然と笑みがこぼれた。

「私は構わないよ。それで、どこに行くの?」

「ここからしばらく歩いたところ、冒険者ギルドだよ。報告期限が迫ってるから、行ける時に行っておきたくて……」

「へぇー! フロウ君ってギルド登録してるんだ。すごいなー!」

 なんだかフロウと冒険者ギルドって、意外な組み合わせだ。授業で見た限りでも彼の魔法の腕は中々だったし、かる~く討伐依頼とかこなしちゃうのかな!?

「いやいや、全然すごくないよ。俺なんてちょっとしたアルバイト感覚さ。――本当にすごいっていうのは、ユギト君みたいな人のことを言うんだよ」

 学生の身分でもギルドへの登録ができるのは知っていた。ただし、学生であるうちはランクに上限があって、そのルールを破る別格の存在が、ユギト様だった。

「ユギト君は支部長の息子っていう肩書きのおかげで特別扱いされているわけじゃなくて、そのずば抜けた実力が認められているんだ」

「それだけ聞いてると、同じ学生なのにとんでもない完璧人間のように思えてくるね……」

「まぁね。彼に限らず王子とも公爵令嬢とも、同じ学生だからこそ辛うじて接点がある、って感じさ。――そんな人物から直々に声が掛かるなんて……どんなにすごいことなのか、わかった?」

 二人で並んで歩きながら、私の方を見てフロウがニヤリと笑った。

 一瞬、誰のことを言っているのかわからなくてポカンと口を開けてしまっていた。そんな間抜けな反応にフロウがやれやれと肩を落としたところで、ようやく理解できた。

「そ、そーだよね! あっははは…………はぁ」

 ひとしきり笑ってごまかしたところで、私は小さく溜息をついた。


 実際のところ、フロウは私の諸事情――ゲームのイベントに巻き込まれているだけだ。

 ゲームには関わらない本来の流れであれば、もっと平凡な学生生活を送っていたのかもしれないのに。

(だって、私は主人公だから。私の意思とは関係なく、そういうイベントには巻き込まれるのよ……)

 相変わらず心の隅に罪悪感を抱えたまま、私は力ない笑みを顔に貼り付けた。


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