第34話 揺れる面影2
「そうだわ! 友人と言えば、主人公の友人ポジションのキャラがいたはずだけど、“彼女”に会ったことはある?」
「“彼女”ということは女子生徒ですか? ……いいえ、特に心当たりはないですね」
気を取り直したイヴリン嬢がはたと手を打つ。しかし、私の返事を聞くと「むぅ」と唸ってしおれてしまった。
私の言葉によってイヴリン嬢が忙しく表情を変えるので、なんだか申し訳ない気がしてくる。
「イヴ……じゃなかった、イヴリン様くらいですかね、女子生徒で仲が良いと呼べるのは」
気落ちしているイヴリン嬢を励ます意味合いもあったけど、これは概ね事実だった。
イヴリン嬢が私のためにマディアナ嬢御一行を“軽くシメて”くれたおかげで、もれなく私も生徒たちから一目置かれる存在になってしまった。
貴族層からは畏怖の念、平民層からは疑惑の念を向けられている。そう、これは所謂、悪目立ちってやつね。
あの公爵令嬢からも特別視されている生徒――まさに、虎の威を借りる狐状態! 有り難いけど、気が重いです!
そんな生徒たちの中でも、フロウは至って普通に接してくれる。
彼は飄々としているように見えて、肝が据わっているらしい。小耳に挟んだ話だと、他の生徒たちからの信頼も厚いようだ。
「私、感動のあまり前が見えなくなりそうだわ~!――んんっ? あれは……フロウ君じゃない?」
噂をすれば何とやら。イヴリン嬢は私の背中越しに現れた人物を目敏く見つけて会釈をした。
いやいや、しっかり前見えてるじゃない! というツッコミを飲み込み、振り返ってフロウの姿を視認する。
彼はやや離れた場所から一礼したものの、そこから近付いてくる様子はない。心なしか笑顔が引きつっているような。……まぁ、そりゃそうか。あの公爵令嬢と一対一で談笑しているんだから、普通は恐縮するよね。
「……ふぅ、本人を前にしてもやっぱり思い出せないわ。――あぁ、そろそろ私は失礼させてもらおうかしら」
フロウと同じく、気を遣って談笑を見守っていた生徒たちがイヴリン嬢を呼んでいる。
私は彼らに目配せしてコクリと頷いた。
「はい、くれぐれもお気をつけてくださいね。あんまりフラフラしてると、またミレイさんから捕まっちゃいますよ」
「んもう、コランダさんまでメイドみたいなことを言うのね! ……それでは、ご機嫌よう」
イヴリン嬢は苦笑を浮かべながらも行儀良く別れの挨拶をする。
ニビル王子の護衛がユギト様なら、イヴリン嬢の護衛はミレイさんが担っているのかもしれない。
なまじ、イヴリン嬢も魔力に長けているので、ミレイさんも本気で捕まえにきているのだろう。前に見た様子からは、そう思えるほどの気迫があった。
私がミレイさんの名前を挙げたことが影響したのか、イヴリン嬢はどこか慌てた様子で足早に去って行った。……いや~、あれは怖いよね。
「――コランダさんが“公爵令嬢のお気に入り”だなんて噂されてるのは耳にしてたけど、まさか本当だったとは」
タイミングを見計らったように、そろりとフロウが近付いてくる。私は「まぁね」と得意げに胸を張った。
「私とイヴリン様は友達なのよ。イヴリン様のお宅に招かれたこともあるんだから」
「ふぅ~ん、そうなんだ……」
「と言いつつその顔、信じてないでしょ」
「………」
フロウはにっこりと微笑んでいる。その無言は肯定と見なして宜しいか。
私たちはいつもの調子で言葉を交わしながら、学園内にあるラウンジへと歩き出した。
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目立ちたくないとは思いつつも、ゲームの主人公というだけあって、否が応でも巻き込まれてしまうのかな。
(主人公っていったら、もっと聡明で思慮深くて……勇気のある人じゃないといけないんだと思ってた)
この世界に来てから、私はずっと悩んでばかりだ。
頬杖をついてぼんやり考え込んでいると、向かいに座ったフロウが顔をのぞき込んできた。
「コランダさん、大丈夫? 具合でも悪いの?」
「……あ、ごめん、大丈夫。――それで、何の話だっけ?」
フロウが机に広げた教科書の一文を指さす。
「ここ。この単語の意味がわからなくて。前後の文章で何となく想像はつくんだけど……」
私とフロウは古語の授業を受けている。そこで出された課題について、助言を求められていた。
苦悩に満ちた溜息を横目に、ペンを動かして現代語訳を書き記していく。「ほう」と関心したようなフロウの声が頭上で聞こえた。
「相変わらず余裕綽々だね~。古語は独学で覚えたの?」
「うん、まぁ……そんなところかな」
手にしたペンを置いて苦笑する私。
フロウに合わせて古語の授業を受けてみたものの、その知識のほとんどが既に頭の中に入っている。
とはいえ、それは“私”の知識ではなく、魔物だった“身体”が覚えていること。最初こそ不気味に思っていたけど、要所要所で役に立っているから何も言えないのよね。
私の助言を受けて、再びフロウが古語の課題に取りかかる。その様子を見てから、学園の図書館で借りた本に目を落とす。
(……もどかしいな)
学園生活は充実してきたけど、破魔聖女に関する情報については変わらず手詰まり。頼みの綱であったイヴリン嬢からも有力な話は聞けなかった。
これでは埒が明かない。ひたすらに書籍を漁るのはもう止めて、街に出て高名な魔術師にでも話を聞いてみた方が有意義なのかしら。
ふとした瞬間、私の中で焦りがくすぶっていることに気づく。私の成すべきこと、成せること……。どうしても、気持ちだけが先走ってしまう。
ページをめくる手を止めて、こめかみを押さえていると、
「何を悩んでるか知らないけど、根詰めすぎじゃない?」
ペンを動かしたまま、フロウが笑って言った。その的確な指摘に驚いて、返答に詰まってしまう。
フロウはそこでようやく顔を上げて、わざとらしく悩むような素振りをした。
「課題の手伝いをしてもらっておいて、追加のお願いをするのも心苦しいんだけど」
口ではそう言いながらも、語気と表情は明るい。私は首を傾げて話の続きを促す。
「今度の週末、時間ある? 一緒に買い物に付き合って欲しいんだ」
「えっ? それはいいけど、なんで私と?」
呆れたように口をへの字に曲げるフロウ。その仕草が妙におかしくて、無駄に可愛らしい。
「なんでって……コランダさんと一緒に行きたいから、だけど?」
特に断る理由も用事もないので、私は何度も頷いて承諾した。若干、顔が熱くなったような気がして、それを悟られないように。
今までもフロウと一緒に街へ出掛けたことはあるけど、それは授業が終わってから、お互いの都合が合う時だった。
授業のない日に時間を合わせて一緒に出かける、ということは初めてのこと。つまり、それって……?
(……いや、それはない。フロウに限ってそれはない)
対するフロウの様子を一瞥してみるも、いつも通りの爽やかな笑顔で「良かった~」と喜んでいるだけ。
うん、そうだよね。私は良き友人として、正しい態度を取らなくては。これで変に意識なんてしたら、関係がギクシャクしてしまうかも……それだけは嫌だ。
女神教会に戻ってからも気分は晴れなかった。
フロウに指摘されたように悩みすぎなのも、頭ではわかっているのだけど。
私がオミナさんに週末に外出するという旨を伝えると、なぜかオミナさんが急に動揺しはじめた。けれど、その様子はどこか嬉しそうで、嫌な予感しかしなかった。
「仲の良い男子生徒と、休日に二人で買い物――これは、そういうことなんじゃないの?」
「違います」
「友達以上、恋人未満ってやつね?」
「だから、違いますって。男性と女性、仲が良いからといって、必ずしも恋仲になるというわけじゃないんですよ」
私はうんざりと肩を落とした。オミナさんってこういう話、好きなんだな。他意がないのはわかるけどさ。
オミナさんは「でもねぇ」と不満げに口を尖らせて言った。
「そうは言っても、周りから見ればそう見えちゃうわよ? 彼――フロウ君といったかしら? フロウ君だってそういうのをわかった上で、コランダを誘ったんでしょうし」
「そう……なんでしょうか」
所謂、「友達に噂とかされると恥ずかしいし」っていう、アレよね。
十代の男子生徒が、女子生徒を買い物に誘う……それがどんなに困難なことか、オミナさんは懇々と説いてきた。
「――これは、ルベウスの方も焚きつけておかないといけないわね」
あぁもう、どうにでもな~れ☆と、叫びたい気分。
私はひたすら苦笑を浮かべて、適当な相づちを打ってその場をやり過ごすしかなかった。
まかり間違っても、デートではない。
そう私がきっぱりと言えるのは、肝心のフロウ自身から、そんな素振りや雰囲気を一切感じないから。私としてもその方が付き合いやすいし有り難い。
それでもやっぱり、「コランダさんと一緒に行きたい」と言われたのは、内心では嬉しい。
心配りができる彼のことだ。きっと私が疲れているように見えたから、気晴らしに誘ってくれたのだろう。
暴走気味のオミナさんの動向は心配だけど、私は平静を保っていれば良いんだから。
足早に自室に戻った私は、寝間着に着替えて小さく溜息をついた。
ふと、部屋の空気を入れ換えようと思い立ち、窓を開け放つ。そして、夜空に浮かぶ銀色の月を仰ぎ見た。
果てしない暗闇の中、ぽつんと一つだけ佇む姿がなぜだか自分に似ているような気がして、私はそっと目を伏せた。
「サフィーア……貴方はどう思う?」
月と同じ色の腕輪をなぞり、声なき答えを心待つ。生暖かい夜風が私の頬を撫でて行く。
当然のことながら、期待したような反応が返ってくることはなかった。
なるべく考えないようにしてたけど、あの一件について、ルベウスには何と説明したらいいものか。……こうして一人きりになるとどうしても悩みすぎてしまう。私の悪い癖なのかな。
その後、ベッドに横になり布団を被ってからも私の頭の中は悶々としていて、簡単には寝付けなかった。
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