第32.5話 別視点

役者は揃った



「ダフネ、貴方はどう思う?」

 私はコランダを乗せた馬車を見送りながら、後方に控えていたメイドに声をかけた。

「とても平凡な印象です。落ち着いているというよりは、どこか達観しているというか……いつも全力疾走のイヴリン様とは全然違いますね」

 腹心であるメイド、ダフネは真顔のまま、さもありなんと言いのけた。

 私、イヴリン・ノルンストがゲーム通りの性格であれば、「主人に向かってなんて口の利き方!」なーんて怒り狂っていたところだけど、こうして腹を割った会話ができるのは主従関係を越えた信頼の証。というか、私が生真面目なダフネに頼み込んで、なるべく本音の会話ができるようにしているのだ。


「平凡、ねぇ……」

 乙女ゲーの主人公、この世界ではコランダと名乗っている彼女は、最近の乙女ゲーでは珍しい没個性的主人公で、所謂「フツーの女の子」なところも魅力の一つなのだ。

 でも、彼女は世界を救う唯一の力、破魔の力を秘めていて、その能力に戸惑いながらも次第に成長&キャラを確立していくという熱い王道展開!

 ううむ、紆余曲折はあっても、やっぱり王道展開に戻ってくるもんだよねぇ! ……でもでも、この乙女ゲーは紆余曲折の部分が中々に容赦ないから苦労してるわけで!


 ……と、自分の世界に浸りかけているところで、ダフネがわざとらしくゴホンと大きな咳払いをした。

 いかんいかん、話の途中だった。

「オミナ様の下にいるおかげなのでしょうか。平民か孤児にしては、教養や行儀作法はそれなりに身についている様子でした。言葉遣いや所作に特におかしな点は見受けられません。ただ、魔力が極めて少ないのは気になります」

 そう言ってダフネはエプロンドレスに忍ばせていた小型の魔力測定器を確認した。

 本来であれば対魔物用の魔具だけど、色々と役に立つのでダフネに携帯するよう私が指示している。

「まぁ、彼女が大した魔法を使えないのは原作通りね」

 私は自分に言い聞かせるように小さく呟いた。

 さすがにダフネにも私が転生者であることは明かしていないし、明かしたところでスルーされるか病院送りにされるのがオチだわ。


 このダフネという大変有能な人物は、孤児院の出身でありながら能力の高さを買われてノルンスト家の使用人になった、異色の経歴の持ち主。

 魔力だけでなく身体能力も高いので、私付きのメイドであると共に、ボディガードでもあるというスーパーメイドさんなのだ。

 原作ゲームでは名前も姿も出てこなかったけど、貴族様体質なイヴリン・ノルンストならダフネのことを「どこの馬の骨ともわからない奴」と貶して近寄らせなかっただろう。


 くるりと踵を返し屋敷へと戻る私の後を、顔をしかめたダフネが着いてくる。

「イヴリン様の奇行には慣れていますが、あまり危険な事には関わらぬよう。私がお守りできるのも、限度がありますから」

 勘の良いダフネにはどう思われているのかしら。付き合いが長いせいか、言葉にせずとも私の思考や行動パターンをある程度察知できるらしい。

 それは恐ろしくもあり、頼りがいもあるのだけど、コランダについては譲れないこともある。

「わかっているわ」

 口ではそう返しつつも、私の表情は険しいまま。自室の前でダフネとは別れ、そのままベッドに倒れ込んだ。


(危険な目に遭うのは私じゃなくて彼女の方なのよ。そんな彼女を救えるのはゲームの知識を持つ私だけ……。あぁ、寝っ転がってる場合じゃないわ! 然るべき行動を起こさないと)

 眠気に襲われる前に身体を起こした私は、机の引き出しの鍵を外して一冊のノートを取り出した。



「さてと、次はどうなるんだったからしら~」

 これは、前世の記憶が蘇った直後にゲーム内容をしたためた秘密のノート。

 十年以上前のものなのですっかり年季が入っている上に、慣れない羽ペンで幼い子供が書いた日本語なので、読めるのは書いた本人くらいね。


 外は日が落ちてきている。机の端に置かれたランプを引き寄せて明かりを灯し、パラパラとページをめくる。

 私の死亡フラグ回避への涙ぐましい努力のおかげか、元々この世界がそういうものなのか……もはやこのノートに記した通りになっている事柄の方が少ない。


 原作ではイヴリンを嫌っていたニビル王子との婚約も解消できたし、同じく原作でイヴリンが忌み嫌っていた冒険者ギルドの兄妹とも友好的な関係を築けている。

 あとは、万が一のために魔法の鍛錬も怠らない。城門外に放り出されて、妖魔に殺されてしまう悲惨なエンドがあるから……!

 イヴリンの取り巻きとして一緒に主人公を虐めていた、のっぽ令嬢レイチェルとふくよか令嬢サーシャとは、なるべく接点を持たないように行動してきた。

 おかげで私の取り巻きにはならなかったけど、厄介なことにイヴリンの下位互換のような令嬢が現れて、その娘の取り巻きになってしまったらしい。これはアレかしら、歴史の修正力ってやつ?

 ユギトイベントの後、軽くシメたら大人しくなったけど……本家悪役を舐めないでほしいわねぇ?



 今日は二人で様々な話をしたけれど、コランダにはあえて伝えなかったゲーム内容がある。

 それは、私――悪役だけに死亡エンドがあるのではなく、攻略キャラや主人公にも死亡エンドがあるということ。


 乙女ゲーや少女漫画というものは、その見た目や取っつきやすさに反して、“死ネタ”が散見されるものなのよね。勿論、名高い乙女ゲー“アルティメール”もその例に漏れない。

 熱狂的なプレイヤーの一人に過ぎなかった前世では、その切なさに身もだえしながら枕を濡らしていたものだけど、いざ自分がそんな世界に放り込まれてみたらたまったもんじゃあない!


 悪役令嬢に転生したとはいえ、ゲーム本編開始前に記憶を取り戻したのは不幸中の幸いよね。

 庭で無邪気に遊び回っていた三歳の私は階段で盛大に転倒。屋敷中が大騒ぎになったものの、私本人に目立った外傷はなかった。

 それ以来、不思議なことにイヴリン・ノルンストの中には“私”という意識が芽生え始めた。“私”の意識は日を増すごとに強くなり、ついに前世の記憶として覚醒した。

 そして、自分の不幸な未来を知った私が真っ先に考えたのは、「ゲーム本編を開始させないようにするにはどうすればいいか?」ということだった。


 主人公は現代日本から転生召喚される。それなら、その転生召喚が行われないようにすればいいんじゃない?

 そう考えた私は必死にこの世界の歴史や魔法を学び、国の役人である父にもそれとなく働きかけた。その際、転生召喚を主導しているはずの魔法研究所での事故を知った。……ゲーム本編ではそんな描写はなかったはずなのに。

 とはいえ、転生召喚されたわけでもないのに前世の記憶――この世界の事実を知る者がいるということが、ゲーム本編とは大きく違うのだから、深く考えても仕方がない。

 これで主人公が現れる可能性は低いとタカを括り、次第に自分の死亡フラグ回避に注力していったわけだけど、それが仇になったのか歴史の修正力が働いたのか、いつの間にやら主人公コランダの転生召喚が行われていたらしい。


 私は断じて主人公のことを憎んでいるわけではない。むしろ、彼女の行く末……いくつかの死亡エンドを知っているからこそ転生召喚を阻止したかった。

 主人公という存在が現れなければ、彼女が異世界で二度目の死を経験する可能性はないし、私も誰かの悪役になることはないのだから。


 このアルティメールという乙女ゲーは、お目当ての攻略キャラに話しかけるだけでなく主人公の育成要素も絡んでいて、単純明快な作りではないのが問題なのよね。

 街や学園で発生するイベントを消化する傍ら、学園での試験をクリアするために学力を上げる必要があったりと、ぼんやり進めているだけでは各キャラの恋愛エンドを迎えるのは難しい。

 しかも、試験である程度の順位を保てないと強制的にゲームオーバーになってしまう。この点についてはプレイ当時から「そんな雑な難易度って必要?」と思ってたけど。

 ゲームであれば一週目は気の向くまま行動して、二週目以降から計画的に行動……というプレイは普通のこと。しかーし! 嬉しいやら悲しいやら、この世界は紛れもない現実であり二週目はない。


 勿論、この世界に主人公が現れた場合も想定していた。

 何も知らない……一度きり一週目の彼女が苦しまないよう、不安の種は早いうちに潰しておかないと。

 それの最たるものが、ラスボスこと悪魔の親玉――と、そのラスボスに関わる“重要な鍵”を持つルベウスと、その妹サフィーアの存在だった。

 まさか、その要注意人物と一緒に主人公が学園に入ってくるなんて……あまりにもゲーム本編とはかけ離れた展開だわ。でも、正式な学生として登録されたわけではないので、鬼門であった試験失敗エンドをパスできているのは嬉しい誤算ね。

 既に他界しているルベウスの妹サフィーアについては、コランダとの会話の中でそれとなく尋ねてみたのだけど、彼女もあまり多くの情報を持っていない様子だった。

 身の回りについて話す時はコランダも慎重に言葉を選んでいるようだったし、お互いに探り合いをしている自覚はあったのかも。


「あーあ、もっと交流を深めないとダメね!」

 ゲームの通りになっていること、なっていないこと。私もコランダも、もっと情報を得たいと思ってるはず。

 だから、共鳴書の交感……前世でいうところの連絡先の交換を提案したのに、コランダは共鳴書を持っていないんだとか。

 なんなら私がプレゼントするよ! と意気込んだところ、やんわりと断られてしまったのよね。……解せぬ。

 学園内で大っぴらに交流するのは気を遣う&前世についての話ができないから、コランダと二人で楽しくお喋りするには女神教会に使いを出して呼び出すしかないわね。

「それにしても、コランダがあのシスコン眼鏡に虐められてないか心配だわ……」

 コランダとルベウスの関係は怪しいことこのうえないけど、女神教会に身を寄せているのはゲーム通りだから安心してもいいのかな。


 秘密のノートをめくり、主要キャラについて書き連ねたページを眺める。

 そういえば、主人公の友人キャラの女子生徒がいたはずなのに、コランダの近くで見掛けたことがない。代わりに知らない男子生徒と仲が良いみたいだけど……攻略キャラではないから注意する必要ないか。

 こんな風にゲーム知識を持っていたところで、全ての展開が見通せるわけではないのよね。ゲームとは容姿も交友関係も変わりすぎているコランダを、どうやって守っていけばいいんだろう。具体的なことは何も考えつかないし、先が思いやられるなぁ。



「――イヴリン様、夕飯の支度ができました」

 すっかり頭の中に溜まったモヤモヤを吹き飛ばすように、ダフネの透き通った声が扉の向こうから聞こえた。


 作戦を立てるにしても、まずはご飯を食べてからにしよう。腹が減っては戦はできぬってやつね!

 私はこれ幸いと席を立ち、食堂のある一階へ意気揚々と降りていった。

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