第29話 彼女の夢と彼の現2


「そもそも、君の身体――素体となった魔物からは、攻撃性を除去しているんだ」

「……は、はぁ」

「念入りに攻撃性を取り除いた上に、禁術によって神霊を憑依させて魂との親和力を高めて、その神霊を繋ぎ止めるためにバングルをしている。つまり、魔物の特性が表面化するなんて到底考えられない。ということは……」

「あー! はい、わかった。わかったから……ちょっと座ってもいい? 私、もうヘトヘトだよ」


 赤い瞳をギラギラと輝かせて熱弁を振るうルベウスと、その隣でゼエゼエと肩で息をする私。

 少し離れた場所、備え付けのテーブルベンチではオミナさんが昼食のセッティングをしている。人型に戻ったアルストとロメリアも楽しそうに手伝いをしている。

 持参したのはお手製のサンドイッチとお茶。食パンではなくバゲットのサンドイッチで、コレが目当てでここまで来たと言っても過言ではない。



 今日は学園の休日。先生改め、凄腕研究員ルベウスの指示により、私とオミナさんは王都キュラシスを囲う城壁から出て近くにある広場にやって来た。

 辺りには青々と緑が生い茂っていて、小さな池があったり綺麗に手入れされた花壇も見えた。ここは近隣住民の憩いの場所になっているみたい。


 しかし、私たちが目指すのは広場の更に奥だった。先に到着していたルベウスの案内の下、広場の隅にある魔研が所有する敷地内に足を踏み入れた。

 事前にルベウスが使用申請を出したとは言っていたけど、それを確認するような人や門は見当たらない。曰く、魔研の敷地とはいえ特別な施設があるわけでもなく、進入可能になるように魔法障壁を解いてもらっただけ。ここは土地が持つ属性魔力を平均化した場所で、つまりは魔法の試験場といった感じらしい。


 私にとって王都から出るのは初めてのこと。広場へ向かう間、人を襲うモンスター――妖魔の心配はないのかとオミナさんに尋ねたところ、各地に魔除けの術を施している&定期的に討伐隊を派遣しているので、周辺の集落や主要な街道は安全なんだそうだ。

 それでも強力な妖魔に魔除けは効かないし、討伐隊が全ての妖魔を倒しているとは限らない。特に夜間は妖魔の他に物盗りの危険性もあるので集落に留まるべきね、とオミナさんから助言を受けたものの、私は女神教会と学園の往復くらいしか主な用事がない。……本当はもっと異世界ライフをエンジョイしたいんだけど、前世の癖なのか出不精になってしまいがちね。



 私は乱れた呼吸を整えるために木にもたれかかって座り込む。ルベウスも近くで腰を下ろし、忙しなく手帳に実験結果を書き込んでいる。

 しばらくするとオミナさんが私を呼ぶ声がしたので、背中の木を支えにヨロヨロと立ち上がる。私は絆創膏が貼られた鼻をさすりながら歩き出した。



 ――遡ること、一時間前。

 魔研の土地に着くやいなや、ルベウスは早速行動を起こした。私の身体調査、名付けて「反射的防衛行動」に関する実験だ。

 先日、学園の準備室で起きた不思議体験についての調査ってことね。思い返すだけでもゾワゾワしてくるなぁ。


 まず、オミナさんが長杖を地面に突き刺し、両手を広げて静かに呪文を唱える。地上から空へと空気が波打ち、周囲にドーム状の魔法障壁が発生すれば、すかさずアルストとロメリアの精霊ズが長杖に魔力の供給をして魔法障壁の維持管理をする。

 精霊ズが人型になっているということは、花の髪飾りがないということで、今の私は魔力ゼロ状態。


 一通り実験に向けた準備が整うと、私とルベウスは向き合うように立った。

「これから君に向かって魔法を撃つ。この攻撃を回避できるかどうか――意図的に反射行動を引き起こす実験だ」

 私は頭を縦に振って了解の意を表す。しかし、一つの疑問が頭に浮かぶ。

「んー……あのさ、もし攻撃を回避できなかったらどうなるの?」

 ルベウスはさも当然のことのように言ってるけど、その反射行動とやらが起こらなければ、攻撃が直撃してしまうのでは?

 いやいや、それだけはホントに駄目だって。いやいや、い――!?


 突如、私の顔に目がけて野球ボールほどの火の玉が飛んできた。

 咄嗟に身体が動くはずもなくその場で目をつぶる。火の玉は衝突こそしなかったものの、ボッと短い音を立てて消滅した。


「ぎいぃぃあああ~~~!? 鼻ぁっ! あっつぅ!」

 火の玉がぶつからなかったとはいえ、被害を免れたわけでもなかった。

 熱風と共に鼻先に鋭い痛みが走る。私は弾かれたように顔を両手で覆い、派手にぶっ倒れた。

 鼻がー! 溶けるー!! 土と草まみれになるのもお構いなしに地面をゴロゴロ転げ回る。


 どう考えても犯人であるルベウスが薄ら笑いを浮かべて「こうなる」と呟いた。

 ……こいつ、鬼か。準備室でタックルかましたことへの仕返しなのかもしれないけど、それにしても私に対する扱いが酷い。酷すぎる。


 うつ伏せで浅い呼吸を繰り返していると、もう一人の鬼が現れた。

「くぉるぉあああ!! ルベウス、貴方何やってんのぉ!? 私が来るまで始めるなって言ったでしょう!?」

 頭上でオミナさんの怒声が聞こえる。普段のオミナさんからは想像できないような、地の底を揺るがすような低い声に震え上がりそうだ。


「ククッ、これはほんの練習のつもりだったんだけど? 普通、この程度の魔法なら避けられると思うだろうよ。……というか、反応が大げさなんだよな。別にぶつかってないんだからさぁ」

 キレキレモードのオミナさんには慣れているのか、ルベウスは怯むことなくへらへらと返事をしている。

 もはや言い返す気力も、起き上がる気力も湧かない。私は地面に倒れたまま、ひたすら打ちひしがれていた。

「コランダはね、普通じゃないの。――普通、以下の魔力なのよ!?」

 ビシィ! という効果音が聞こえてきそうな勢いで、私を庇うつもりが思い切り貶してくるオミナさん。

 えーと……渡る異世界は鬼ばかり?


「この実験はルベウスが魔法を撃って、私がコランダを守る防護壁を作るっていう話だったわよね? 貴方の気まぐれでコランダを振り回さないで!」

「気まぐれだなんて人聞きの悪い。あらゆるパターンを試してみないと実験の意味がない、だろっ!」

「わっ! ――もう、危ないわね! コランダに怪我させたら許さないわよ!?」

「怪我しないように防護壁を作るのが役目だと、自分で言ってたじゃないか」

 ぎゃあぎゃあと言い争う声と、魔法がぶつかり合う衝撃音が辺りに響く。

 おそらく、ルベウスが私に向かって攻撃魔法を撃ち、オミナさんがそれを防いでくれている……ような気がする。

 あのぉ、二人とも、実験そっちのけで単なる喧嘩になってませんかね?


 手練二人の魔法戦だなんてさぞや凄まじい光景だろうなぁ。

 といっても、今の私には観戦する勇気も余裕もない。鼻の痛みはすっかり引いたけど、顔を上げたらうっかり流れ弾に当りそうで怖いから!


 私の頭上では様々な魔法が砕け、弾け、蒸発していく。

 ここは危険すぎる! とにかく移動しよう!

 この場から離れたい一心で、うつ伏せの状態からジリジリとほふく前進をする。うぅ……身体が重い。



「チッ、埒があかないな。――出てこい! 泥人形(ゴーレム)!」

 苛立ちを滲ませてルベウスが叫んだ。

 すると、ほふく前進中の私の近くにピンポン玉のようなものがポトリと降ってきた。

「嘘!? なんてもの出すのよ! コランダー! 早く逃げてー!」

 どこからともなく、焦ったオミナさんの注意が飛んでくる。

 私としては力一杯逃げてる最中なんですが。


 身体を起こそうと地面に両手をつくも、不意に視界が揺れ動いた。

(あれ? どうしたんだろう、地震?)

 地鳴りがしたかと思えば、今度は身体が浮き上がった。驚いた私は近くの雑草にしがみついた。

 うん? よく見るとこれって……地面が隆起してる? しかも、人の形してる!?


 魔力を込めた石、魔石を額に宿して動く魔法人形――泥人形(ゴーレム)。

 そういえば、学園の図書館で読んだ図鑑に載ってたっけー……と、恐怖を振り払うために必死に頭の中を回転させる。



 チラと下を見ると、さっきまで私が寝転がっていた場所からは3メートル以上の高さがある。

「ヒィッ! 意外と高い~!!」

 高所恐怖症というわけではないけど、中々にスリルのある高さだ。

 文字通り地につかない両足をバタつかせ、情けない金切り声を出す。その声に呼応するかのように泥人形が両手を空に突き上げて不気味に咆哮した。

 丁度、肩のあたりにしがみついていた私は、その拍子に地面へとずり落ちる。


(あっ、これはマズいヤ、ツ――)

 唇の隙間から漏れる、声にならない声。

 この高さだと結構痛いかな。結構どころじゃなくて、かなり痛いかな。もしかして、オミナさんかルベウスが助けてくれるかな。

 泥人形から落ちる瞬間、そんなことを考えていると、両足で何かを蹴った衝撃を感じた。

 それに驚く暇もなく、ぐるりと視界が一回転。近くにいたらしいオミナさんの「キャッ」という悲鳴が耳を打つ。


 私はこの不可思議な浮遊感に覚えがあった。

 反射的防衛行動……きっと、これがそうだ。


 どうやら、泥人形を蹴った勢いで空中でバク転して、体勢を整えたようだ。

 冷静に状況を把握していたのも一瞬で、まもなく私は無事に着地していたらしい。

 両足でピタリと接地してから倒れ込み、その衝撃を逃がそうと腰をひねりながら地面を転がる。

 ……さっきまで亀のような速度でほふく前進していたとは思えない、我ながらキレのある動きだ。



 毎度のことながら、一度に色んな出来事に巻き込まれてしまった。

 私はひとまず深呼吸をしようと腰を上げ……ようとして、制止された。

「――そのまま伏せておけ」

 ルベウスが低く囁き、腕を振り上げる泥人形に向かって魔法を放つ。

 自分で作り出しておきながら容赦ないな!?


 ルベウスが地面から何かをすくうように杖を動かすと、空中に水晶の破片のようなものいくつも現れた。それらは次々と泥人形の頭へ飛んでいく。

 目と口らしきくぼみがあるだけの、簡素な顔のだいたい額の辺り。泥人形の動力源である魔石に破片が命中したのか、ぐずぐずと人の形が崩れていった。


「ふぅ……実験は成功だな!」

 そう言って清々しいまでの笑顔を浮かべるルベウスは、直後オミナさんからしこたま怒られた。

 黒く煤けていた私の鼻にはオミナさんの治癒魔法と、駄目押しの絆創膏を貼って、事なきを得たのであった。

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