第27.5話 閑話


無くても困らないモノ?



 もぐもぐ、もぐもぐもぐ……。

 私とフロウは向かい合わせにテーブル席に座り、ひたすらドーナツを頬張っている。


 ここは「メリルドーナツ」――最近新しく街にできたオシャレなお店ということで、混み合っているだろうと思っていたけど、今はお昼もとっくに過ぎているからか店内は空いている。

 ちなみに、まことに残念ながらモチモチのあのドーナツはメニューには無かった。無念なり。


 素朴な味のドーナツを食べながらも、学園の中庭でイヴリン嬢に出会った時の話は一通り話し終わった。

 フロウと話をしていて気づいたのは、あの場ではイヴリン嬢と会話らしい会話はできていなかったということ。日と場所を改めてまた話そう、ということだけは伝わったけど。……まぁ、イヴリン嬢とはいずれまた会えるんじゃないかな。



 ドーナツと一緒に注文した珈琲で喉を潤してから、しずしずとフロウが姿勢を正した。

「コランダさんってさ、孤児院で生まれ育ったの?――たしか、初めて会った時に苗字を名乗らなかったからさ」

「……はい?」

 突然何を言い出すのやら。私にはフロウの言っていることがさっぱり理解できなかったので、詳しく話を聞いてみることにした。

 フロウからは世間知らずと思われそうだけど、本当に知らないのだから仕方ない。


 こちらの世界では、孤児院で育った子供――親の名前すらわからない子供には、孤児院の名前が苗字としてつけられるのだという。

 孤児院出身の人の中には、この苗字を名乗りたがらない人も少なくないそうで、フロウは私がそれだと思ったらしい。


 本当は「名乗りたくない」のではなく、「名乗る苗字がない」のだけど、それをフロウに言っても良いものかしら。

 学園への入学手続きの書類というか、助手役の登録手続きの書類にも苗字を書いた記憶が無いし、意外と無くても困らないモノなんじゃ?

 ここはそれとなく、事実と嘘を巧妙に混ぜ合わせた、ふわっとした回答をしておこうか……。


「実は私、記憶を失ってるんだ。コランダっていうのも本当の名前かわからないし、家族の記憶も無いの。途方に暮れていたところを女神教会のオミナ様に助けられてね。――詳しいことは省くけど、そのオミナ様の頼みでルベウスの助手をすることになったんだ」

 ここは学外だからルベウスのことをわざわざ「アイト先生」なんて言い方しなくてもいいよね。


 話題が話題だけに、なるべく暗い雰囲気にならないようにかる~い調子で語ったはずなのに、自分から聞いてきておいて、フロウが若干ヘコんでいる。

「家族の記憶も? ……ごめん。俺、無神経な聞き方しちゃって」

 そうだ。フロウという男子生徒は、意外に律儀な人だった。これでは私が変に同情を誘ったみたいで決まりが悪い。

「うーん、私は気にしてないから大丈夫。それに、私とフロウ君って――友達でしょ? 友達となら、もっと気さくに話をしたいな」

 優しい口調でフロウをなだめつつ、「友達だよね?」と抜け目なくゴリ押ししていくスタイル。

 一緒にご飯食べに来るんだから、友達認定しても時期尚早ではないよね!? 欲しかったんだよ……学園での友達が!!



 知り合いすらいない異世界で、学園でもぼっちってのは、結構ツラいもんなんだ。うん。

 ルベウスはアレだし、オミナさんは友達というよりお母さん的ポジションだし、アルストとロメリアは人外だし。……私も人外だけど、心は人間だから。


 私の秘密――“異世界から召喚された破魔聖女でありながら、実は人の形を模した合成魔物”ということは絶対に教えられないけど、とにかく普通の話題を気楽に話せる相手が欲しかった。

 普通……普通って、偉大よね。普通にのんびり過ごしていると、聖女なんていなくても困らない、とても平和な世界のように思えてきてしまう。でも、実際はそうでもないから、私が召喚されたわけで。


 私の「友達」発言を聞いたフロウは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに「あはは」と笑って頷いた。

 彼だって一見すると普通に見えるけど、悪魔の呪いを受けた少女と親しい関係にあるみたい。

 以前のフロウの反応を顧みるに、その話題には触れられたくないみたいだったし、気になるからと言って相手の嫌がることはしたくない。

 いくら友達とはいえ異性だもの、交友関係まで深く詮索するのは野暮というもの。友達は一日にしてならず、だ。


 けれども、出会って間もないのに、こうしてフロウと話しているとなぜか落ち着く。

 彼には邪気がないというか、大らかというか。一緒にいて沈黙が続いても苦にならない、そんな存在に感じる。


「もしかして、私って本当はすんごく高貴な貴族だったりするかもよ? 今はこうして街のドーナツ屋でフロウ君とお喋りしてるけど、記憶を取り戻した私は、会話すら許されない別世界の人だったりして?」

 記憶が無いからといってあまり悲観的になるのも精神衛生上よろしくない。私はおどけた仕草を交えてフロウに話しかけた。向かいの席で珈琲を啜るフロウが鼻で笑う。

「まさか、そんな風には見えないよ。……でも、イヴリン様が気にかけるほどの存在ってことは……いや、あり得ないね」

 今、サラッと失礼なこと言わなかった? 該当部分は聞こえなかったことにしよう。


 どうやら、フロウはイヴリン嬢が私に興味を持っていることが不思議でならない様子だった。

 私としては、異世界転生者はひかれ合う――みたいな謎原理で納得しかけてたけど、この世界基準で考えたらおかしな組み合わせなのだろう。

 そればかりは私も道理を説明することができない。本当に色々な事情が絡み合っていて、確信が持てないことの方が多いからね。


 私から「友達」なんて言い出したわりに、話せないことだってたくさんある。

 それを自覚しているからこそ、フロウにもあまり立ち入ったことは尋ねないし、向こうからしつこく聞かれることもない。

 居心地の良い関係っていうのは、つまりはお互いを尊重している関係ってことなのかな。


 ・

 ・

 ・


 私がしみじみと紅茶の香りを堪能していると、「そういえば」と前置きしてフロウが話し始める。

「応用魔法の授業でさ、コランダさんが言ってた呪文、『てけれっつ~』って何語? どういう意味?」


 ……えー? それ、聞いちゃう? たまたま頭に浮かんだんだよ。ホント、たまたま。

 フロウは真顔で聞いてくるので、本気で疑問に思っているのだろう。どーしよ、ちゃんとした風に答えた方が良いのかな。


「あ、あれは……現代では失われた古語で、死を司る呪文だよ。私が唱えても意味なかったけど」

 ここはもう口から出任せを言うしかない。だって、私も本当の意味なんて知らないから! というか、意味ある言葉なの?

「死を司る!? 本当に!?」

 このタイミングで正直に「嘘でーす」なんて言ったら怒られそうな勢いでフロウが驚いている。引くに引けない流れになってきてしまったな。


「あぁ、そっか。コランダさんは古語が得意なんだもんね。……良ければ今度、古語を教えてくれないかな。古語の授業って難しくてさぁ」

 何だかわからないけど、フロウが良い感じに解釈してくれたので助かった。そして、さりげなく要望を織り込んでくるあたり、フロウ――策士なり。


 彼は異世界での初めての友達だ。私は二つ返事でフロウのお願いを聞き入れた。

 こうして誰かに頼りにされる――必要とされるのは、存外気分が良いものね。……でも、それはひた隠しにしていた“寂しさ”を自ら暴いてしまったみたいで、内心は複雑。


(なんだ……寂しかったのか、私)

 居場所がないわけじゃないのにいつもどこかで疎外感があったのは、心の拠り所を探していたからかもしれない。


 こちらの心境を知るよしもないフロウは無邪気に喜びを体現した。そして、近くを通りがかった店員を呼び止めて珈琲のおかわりを頼んでいる。

 その平和すぎる光景を横目に、私は波立つ心を静めるように勢いよく紅茶を飲み干した。

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