第27話 稲妻のごとく2


 一難去ってまた一難。息を切らして飛び込んだ応用魔法の授業で、恐ろしい呪いの言葉が告げられた。

「はぁい、では二人組を作ってくださぁ~い」

 おっとりした口調の中年女性の教師が、実習場に集まった生徒たちに向かって叫んだ。


(二人組……だと!?)

 困惑しながら周囲を見渡すも、見知った者同士でいくつかの組ができあがりつつあった。

 マズいぞ。これって私、無理じゃない? 知り合いなんて一人もいないよ~!?


「――さ、?」

 最悪、先生と組みましょうねぇ~コース!? い、嫌ぁ~! それだけはツラすぎる!

「――ラン――さん?」

 どうしよう……こうしてあたふたしている間にも次々と二人組が完成していってる……! あーどうしよー!?

「――コランダさん!」

 突如名前を呼ばれたので、俯いていた顔を勢いよく上げる。ん? 気のせいかな、聞き覚えのある声だったような。

 眉をひそめて、いつの間にか隣に立っていた人物――男子生徒を見上げる。


「何度も声をかけたのに全然気づいてくれないから、立ったまま寝てるのかと思ったよ」

「――あ~、本気で眠いと立っていても寝ちゃうよね~……って、起きてるから。私、しっかり起きてるから」

 私のツッコミに苦笑している男子生徒は、“そういえば、私の唯一の知り合い”な、フロウだった。彼は私の顔をのぞき込もうと腰を屈めている。焦げ茶色の瞳は見開かれ、束ねた水色の髪が肩から前に垂れ下がっている。……意外と距離が近かったので、私はおぼつかない足取りで後退した。


 立ちすくんでいた私に気づいた彼は、何度もこちらに話しかけていたらしい。……全く気がつかなかった。

「うぅ~……フロウ君もこの授業受けてたんだ」

 何度か深呼吸をして息を整える。フロウは私が落ち着くまで待ってくれているようだ。

「コランダさんは授業始まった直後に来たみたいだから、前の方にいた俺のことは見えなかったのかな」

「着いて早々、二人組って言われて……絶望のあまり……」

「あはは。それじゃ、俺と組みになってよ。というか、そのつもりで声かけたんだけどさ」

 フロウはそう言うと決まりが悪そうに頬を掻いた。


 あら、何だか意外。人当たりの良さそうなフロウは知り合いでも友人でも、たくさんいそうな印象なのに。

 しかし、先生よりも知らない生徒よりも、知っている生徒と組みになれるのなら、私には願ってもない幸運だ。断る理由がない。

「是非とも、お願いします!」

 私はコクコクと力強く頷いて提案を肯定する。フロウは小さく溜息をついて胸をなで下ろした。

「よかった! この授業、パッと見たところ平民出身の生徒が少ないみたいだし、知り合いもいなかったから焦ってたんだよね」

 むむむ、私がパッと見ても誰が平民で誰が貴族なのか区別がつかないな。生徒に詳しい、情報屋特有の悩みなのかも。



 授業に参加している生徒全員が二人組になって、フロウと共に教師の指示に従って所定の位置についた。

 前方には案山子に似た、標的がズラリと並んでいた。案山子といっても人の形をしたものだけでなく、なぜか牛や兎や魚などファンシーな形をしているものもある。

 教師の説明によると、アレに向かって攻撃魔法を撃てということらしい。

 初回の応用魔法の授業のテーマは“魔力の伝導”。その原理を理解&実践するために、最初は普段通りに魔法を使ってみてほしい、ということだった。


「よし、まずは俺からやっちゃうよ」

 先にフロウが標的に向かって短杖を構える。私は彼の後方、少し離れた場所で身を縮こませていた。攻撃魔法って……いつぞや、路地裏で強盗が使ってきたみたいな魔法だよね。

 フロウの魔力属性は雷とのことで、彼が標的に撃つのは雷属性魔法。爆ぜるような音を立てて白い電流のようなものが杖を持つ腕に巻き付いていく。

 余裕綽々といった表情のまま、彼が「飛べ」と短く言い放つ。それを合図に電流が集束して、標的めがけて一直線に飛んでいった。

 小さな稲妻――それはまるで流星に似ていた。感心していたのも束の間、流星は正確に標的を撃ち抜くとすぐに弾けて消えてしまった。


 感嘆の声を上げる私を見て、フロウはやんわり呆れている。

 その反応を不思議に思い、私は周りを観察してみた。他の生徒たちは攻撃魔法で標的を消し炭にしていたり……バラバラにしていたり……串刺しにしていたりと、中々に凄惨な光景が広がっていた。どうやら、フロウの攻撃魔法は他よりも控えめなものだったらしい。

 ふーむ、さすがは魔力で選ばれし魔法学園の生徒たち。彼らにとってこの程度の魔法は朝飯前なのだろう。


「交代よぉ~」というおっとりした声と手を打つ音を合図に教師が杖を一振りすると、途端に案山子たち(の残骸)が煙に包まれてしまった。

 しばらくして煙が消えてなくなると……なんと、そこには元気に起き上がっている案山子たちの姿が! あっさり大破しても、あっさり復活できるモノなのね。



「それじゃ、次はコランダさんの番だ」

 身を翻してフロウが案山子の前――攻撃地点から離れる。爽やかな笑顔で私に場所を譲ってくれているのだけど、他の生徒の魔法を見た後にそこに立つのは気が引ける。

「うぅ~……私もやらないと、駄目?……だよね」

 フロウさんや、図書館で会った時に「私は魔力が極端に少ない」とコッソリ教えたことを忘れているのかい?

 ……とまぁ、いつまでも渋っていても仕方ないので、結局は恐る恐る位置について杖を構える。

 手にした逆さ型の短杖を見たフロウが「ほ~」と驚きの声を上げている。いいよね、この杖。私も気に入ってはいるんだけど、いかんせん使用者がね。


 一応、私の魔力属性は土ということになっているので、ここでは土属性っぽい魔法を撃たなければならない。土属性の魔法って……どんなだ。

 隣に立つ生徒たちが次々と案山子に目がけて攻撃魔法を撃ち始めたので、私も険しい表情を作って力一杯鼻から空気を吸った。

 気合いだけは十分! ビックリして腰抜かすんじゃないよ~?


「――てけれっつのぱぁ!」

 私は適当に思いついた呪文のようなものを叫びながら、ニワトリの形をした案山子の方へ杖を振り下ろす。

 ……が、何かすごいことが起きるわけでもなく、近くに落ちていた石ころがモタモタと浮き上がって、そのまま標的にぶつかって地面に転がった。


 少し前まで空き瓶すら持ち上げられなかった私が、ここまでできるようになったのはすごいことだ、ふふん。と、心の中で自画自賛して杖を下ろした。

 振り返るとフロウが首を傾げて立っている。おそらく彼は「魔法まだ~?」とでも思っているんだろう。

 幸か不幸か、周りの生徒にも全く気づかれていないようだ。私の渾身の魔法は、魔法だと認識されないレベルらしい。……逆にすごいな。


 私は既に魔法を撃ったことと魔力について、フロウに懇切丁寧に説明する。

「え!? あぁ、そんなこと言ってたっけ。いや、でも、ホントに……魔力が……そう……」

 フロウは驚きを隠せない様子で、途切れ途切れに独りごちる。

 人並み以下の魔力については、次第に受け入れつつあったんだけど……何となく気まずい雰囲気になってしまった。


「……あ! そういえば、この実習場に来る途中でイヴリン様に会ってね!」

 フロウから本気で哀れみの眼差しを向けられる前に、私は先程のイヴリン嬢との出会いについて慌ただしく話し出す。

 イヴリン嬢が中庭で私が通るのを待っていたこと、話の途中でミレイさんに連れ去られていったこと等々。


「ホント? すごいね! コランダさんって実は只者ではないのかな?」

 これにはフロウも杖を落としそうになりながら驚いていた。

 そうなのです。私、ただの魔力スカスカ奴じゃないんです。エッヘン。

 しかしここで勢いづいて「私が聖女です」とは言えないし、言っても信じてもらえないのでニッコリ笑うしかなかった。



 実習場におっとりしたかけ声が辺りに響く。

「皆さ~ん、普段の魔力の感覚はわかりましたね~? 次は今回のテーマ、“魔力の伝導”がどういうものか、実際に体験してみましょ~」

 そう言って教師は標的を再生させ、次いで生徒たちに新たな指示を出した。


 魔力の伝導というのは、隣接する物や人に魔力が移る現象だ。

 どの程度の魔力が伝導するのかは、魔力の強度や感度に依るらしい。今回の授業では二人組で手を繋ぎ、魔力の伝導を身をもって学ぶのが目的なのだ。


 そもそも、私には人にあげられるような魔力がない。

 彼からの頼みだったとはいえ、私と組みになってしまったフロウに対して申し訳ない。


 教師の説明が一通り終わって私は肩を落とす。すると、不意に片手が握られた。驚いて手の先を見れば、人懐っこそうに微笑むフロウと目が合った。

「次は全力で魔力を込めるから、コランダさんも全力で魔法を撃ってよ」

 彼の嫌みの無い、真っ直ぐな言葉は自然と胸を打つ。卑屈になりかけていた自分が恥ずかしいやら、突発的手繋ぎが普通に照れるやらで、私は頷きながらも視線を反らした。

 ……手を繋いでいると、ほんのり暖かくて落ち着く。実は私は血が出ないだけでなく、汗も涙も出ないそうだから、手汗の心配はない。それはそれで、嬉しくもあり悲しくもあり。



 生徒たちは再生された標的の前、立ち位置についた。

 さっきはフロウが先攻で私が後攻だったので、今回は私が先に魔法を撃つことにした。


 手を繋ぐというスキンシップのおかげか、どの生徒もソワソワしているように見える。

 隣に立つフロウの横顔を覗き見ると、手を繋いでいることを特に気にする素振りもなく、穏やかに案山子たちを眺めている。

 まぁ、魔力がないからと変に気を遣われても心苦しいし、これまで通りに接してくれた方が私もやりやすいかな。


 それにしても、こうして手を繋ぐだけで本当に魔力が増加しているのかしら? いまいち実感がない。

 迷いを振り払うために深呼吸を一つ。そして、杖を前方に構える。

 準備が整ったのを見計らったかのように、私の手を握るフロウの手にも微かに力が入った。バチンと静電気が発生したような音がしたものの、不思議と痛みはなかった。


(――集中、集中っと)

 魔力の伝導の効果を把握するために、前回と同様の魔法を使えという事前の指示があった。

 さっきは周りも気に留めない程度の魔法だったけど、フロウの魔力を借りた私はひと味違う、かもしれない!


 逆さ型の杖の先――無色透明な核石を、標的の前の地面へ向けた。今度は適当な呪文は叫ばずに、ひたすら無言で念じてみる。

(土の魔法で……案山子を、攻撃……!)

 意識を杖先に集中させていると、地面から細かい砂が浮き上がった。まとまった砂は宙に浮いて停止している。驚く暇もなく、私は杖先を動かして空を切る。

 私の指示に従って砂は密集して塊となった。それを勢いをつけて標的に衝突させてみるも、粉塵となってサラサラ崩れ落ちてしまった。破損こそしなかったけれど、山羊の形をした案山子は砂まみれだ。


 おお……すごい! さっきより格段に魔法のレベルがアップしてる!

 驚きと感動からその場で小躍りしながら、なるべく自然に握っていた手を離した。――魔力の伝導、しかと理解できました。

 ほくそ笑む私とは反対に、フロウは不服そうに眉をひそめている。きっと彼はこう思っているのだろう。「思ってたより、大したことなかった」と。

 いいんです! 君たちのレベルが高すぎる&私のレベルが低すぎるのです!……と叫びたいのを我慢して、笑顔のままフロウにバトンタッチする。


「えーっと、魔力の伝導は……わかった?」

 他の生徒の魔法によって悲惨な最期を遂げた案山子が再生する間、位置についたフロウがおずおずと尋ねてきた。

「うん。一回目に比べて、魔力の操作がしやすかった気がする。フロウ君のおかげだね」

 私が明るく答えると、フロウがほっと息をついた。大したことない魔法だったかもしれないけど、それは決して君のせいじゃないから安心したまえよ。


 なおも考え込むフロウの手を取って繋ぐ。一度考え込んでしまうと、周りが見えなくなるタイプなのかな。

「ほらほら! 次の標的が出てきたよ」

 気づけば他の生徒たちはもう攻撃を始めている。私の声にハッとしたフロウがようやく杖を構えた。

 まぁ、ゼロに等しい私の魔力が伝導したところで、一回目から何か変わるとは思えないけどね~。



「うわっ!」「な、何!?」

 突然、魔法を発動させようとしたらしいフロウが驚いて声を上げた。私も釣られて驚いてしまった。

「くっ……あっはは! これは、面白いね!」

 杖先を標的に向ける、その腕に電撃を纏わせたフロウが苦しげに、しかし楽しげに笑っている。よく見ると、その髪がふんわり逆立っていてギョッとしてしまった。

 ……って、私の髪も毛先が浮き上がってる! うわー! 頑張って寝癖直してきたのにー!


「――いっけぇ!!」

 乱れた髪型を気にする私をよそに、フロウが威勢の良い声を出した。

 なんだ、いきなりどうした……と引き気味に眺めていると、フロウの杖から轟音を立てて雷撃――というより、レーザーが放射された。

「ヒャイィィィ!?」

 目の前で何が起こったのか理解できず、私は不格好な悲鳴を上げて恐れおののいた。すぐ隣に立っていたので眩しさと衝撃がすごい。

 レーザーは回転しながら瞬く間に標的に直撃し、標的は跡形もなく消滅。その後も直進を続け、周辺に張られていた魔法障壁に衝突したところでついにレーザーが四散して、辺りは静まり返った。

 その威力は先程撃ったものと同じ魔法とはとても思えない。

「………マジか」

 なぜか、魔法を放った本人も驚いている。いや、それはこっちの台詞だから。私はそろりそろりと手を離した。


「なんてことだ!」「すごぉい!」「あの子、何者?」

 これには周りの生徒たちもどよめいている。中には羨望の眼差しを向けてくる生徒もいた。

 アレかな。スポーツできる男子はモテるみたいな感じで、魔力強い男子はモテる、みたいな?


 強い魔力に惹かれてやって来たのか、目を輝かせた生徒がフロウに話しかけてきた。

 ちなみに、こんな時でも私は蚊帳の外だ。おーい、今の魔法って私のおかげじゃない? と思ったものの、自分でも状況がよくわからないので黙っておくことにした。

 フロウってば、いきなり人気者になってしまった。……邪魔しちゃ悪いかな。私は空気を読んでひっそりとその場から離れた。



「――いやぁ、さすがにビックリしたねぇ」

 私と並び歩くフロウがのんきな調子で喋り出す。


 衝撃的なことばかり起こったけど、応用魔法の授業は無事? に終了。一人でひっそりと帰ろうとしていたところで、フロウから声をかけてきたのだ。

 生徒の他にも、あのおっとり教師にまで声をかけられていたから、もう私とは縁遠い存在になってしまったのかと思っていたけど。


「あはは、なんで他人事みたいな言い方するの。私だって驚いたんだからね」

「う~ん……自分でもあんな風になるとは思ってなかったし、湧いてくる魔力の調整が難しかったんだよ。でも、面白かったな~」

 私には理解できないけど、魔力って湧いてくるものなのね。しかも、面白いとな? 私は隣で突っ立ってるだけで精一杯だったというのに。



 帰路につこうと校門へ向かう私の隣で、頭の後ろで腕を組んでフロウが歩く。その横顔はどことなく上機嫌に見える。

「ねぇねぇ、コランダさん。この後って授業ある? 一緒に新しく開店したお店に行ってみない?」

 いきなり、フロウがひょいと私の進路に顔を出してきたので、思わず足を止めて身じろいだ。

「え! 私と? なんでまた……」

「イヴリン様についての話も詳しく聞きたいし、コランダさんともっとお喋りしたいな~って思ったからさ。……駄目?」

 私よりも背の高いフロウが姿勢を低くして、上目遣いで目を輝かせてくる。うぐっ……これは断りづらい。


「駄目じゃないから、その無駄にあざとい眼差しを向けるのは止めてください」

 あっさり観念して頭を縦に振ると、フロウが子供のように飛び跳ねて喜んだ。相変わらず、感情表現が素直な人だ。

「やった! 決まりだね! ドーナツ屋さんなんだけど、男一人で入るのはちょっと気まずくてさ~」

 なるほど、そーいうこと。男性でもオシャレなお店で可愛いお菓子を堪能したい! と思っている人は少なくないのかもね。

 それに……


「ドーナツというと、こっちでもあのモチモチドーナツあるのかな」

 正直、私もドーナツ食べたい。ポンデ某が恋しい。欲を言えば、黒糖かショコラを食べたい。

 突然自分の世界に浸りはじめた私を見てフロウは首を傾げている。


 ――そうしてフロウの案内の元、私たちは他愛ない会話をしながら、学校から街へと繰り出していったのであった。

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