第24話 ひかれ合う縁1

 今日は学園の敷地内にある図書館に来ている。

 ルベウスは魔研の方で用事があるとかで、私の助手業はお休みだ。


 なんでも、私の身体が勝手に動く現象――「魔物の自己防衛本能」についての資料を集めると言ってたっけ。

 後日、ルベウスの監視役としてオミナさん立ち会いの下、私の身体調査をすることになったそうだ。

 それまでの間、私は学園の図書館で“破魔の力”に関する調査をすることにした。


 この図書館は申請を出せば生徒でなくとも普通に利用できるので、様々な人が出入りしている。室内は結構な広さだ。

 王都には別の図書館もあるけど、この魔法学園の図書館は魔法や魔術に関する蔵書が特に充実している。隣国からわざわざ足を運んで来る研究者もいるんだとか。

 正直、私が魔法に関する資料を読み漁っても特に効果はない。でも、ただ本を読んでいるだけでも楽しい。文字が読めてホント良かったよ。


 魔法――この世界の人々が生きるために無くてはならない不思議な力。

 魔力は女神ウールースからの祝福だと言われているけど、女神について論じられている書籍は数が少ない上に信頼性が欠けるものが多い、とはオミナさんの話。

 それ以上に少ないのが、転生者についての資料や研究。もうこの世界での転生者っていうものは、歴史的遺物みたいな扱いらしい。居たには居たけど、今は必要ない存在……という感じ?


 昔は他国にも複数の転生者が居て、彼らのおかげで生活が豊かになったり魔法の研究が進んだそうだ。そして、その発展と反比例して転生者も召喚されなくなっていったんだとか。

 この国――ルサジーオ王国は最後まで転生者を擁していた国で、転生召喚術についての技術や資料も他国に比べて多く残っているそうだ。……と言う割には、転生者にまつわる資料はあまり見当たらないけど。とにかく知識欲の強い国民性らしい。



「それにしても、本棚高すぎない?」

 この図書館に限った話ではないのだけど、どうも本棚の背が高すぎる気がする。成人男性でも一番上の段に並べられた本は取れないと思う。

 踏台や脚立を探し回ったら、なぜかお子様向けのコーナーに置いてあった。……さすがに持ち出しにくいので諦めた。

 みんなどうやって本を取ってるんだろう。腕か脚が伸びる魔法でもあるのかしら。

 今、私がいる郷土・歴史コーナーはあまり人が寄り付かないところらしく、たまに人が見えたとしても通り過ぎていくばかりだ。


「とっ、やっ、はっ」

 本棚の前でぴょんぴょん飛び跳ねてみたけど、これは絶望的な高さッ……! それにジャンプして目当ての本を取り出せたとしても、別の本まで落っこちてきて大惨事になりそう。

 限界までつま先立ちになって腕を伸ばす。本棚の一番上の段にある赤い背表紙の本、アレを取りたいのにー! むおー!


 ふと、私の震える指に連動して近くの本もかすかに震えはじめた。なんだ? どうした?

「――この本を取りたいの?」

「……え? あ、この……赤い本です」

 私は小さく呟く。すると、本棚から赤い本がひとりでに浮き出て、目線の高さまで降りてきた。


「はい、どうぞ」

「はい、どうも――って、誰!?」

 さも当然のように赤い本を受け取ってみたけど、これは誰かが魔法を使ってくれたんだ! 手足が伸びる魔法じゃなくて、本を移動させる魔法が必要だったのかー!

 呆けた表情のまま声がした方へ首を動かすと、学園の男子生徒らしき人物が立っていた。

 片手に杖を持った男子生徒は、私と目が合うと屈託のない笑みをこぼした。



「ありがとうございます、助かりました」

「どういたしまして」

 近くの閲覧用テーブルに赤い本を置き、私と男子生徒は向かい合う形で椅子に座る。

 年齢のわりに落ち着いた雰囲気で、どことなく親しみを感じる。一応同級生であるユギト様とはキラキラオーラが眩しすぎてマトモな会話ができなかったし……こうしてフツーの生徒とフツーに言葉をかわすこと自体、初めてかも。


「その本、古語で書かれてるみたいだけど、読めるの?」

 テーブルに置いた赤い本を見た男子生徒は、焦げ茶色の双眸をパチパチと開いたり閉じたりしている。

 その口調は私を疑っている風ではなく、単粋に興味から口をついて出たものらしい。私はコクコクと頷いて肯定した。

 男子生徒は「へぇ」と小首を傾げる。“古語が読めるというわりに、魔法で本を取ることはできないのか”とでも言いたいのかしら。彼の複雑そうな表情……間違いない。


 若干の居心地の悪さを感じつつ、男子生徒を一瞥する。

 涼しげな水色の髪を後ろで一つに束ねている男子生徒。はて? どこかで見たような、気もしないでもないような。


 少し考え込んでから、先日のユギト様の言葉が脳内で自動再生される。私はハッと顔を上げて声高に言った。

「もしかして、貴方はユギト様が言っていた、中庭での“目撃者”さん?」

 男子生徒は一瞬だけ目を見開いて、はにかんだように頬を掻いた。

「驚いたな。ユギト君、俺のこと覚えてたんだ。……あ、俺、フロウレン・トリスタラ。君の名前を聞いても良い?」

 軽く頭を下げてから「フロウって呼んで」と続けて話す。その朗らかな笑みには少しだけ幼さが残っている。


 次は私が自己紹介しなきゃだよね。しかし、何をどこまで話していいのやら。

「私、コランダっていいます。えーと、新任のルベウス・アイトの助手で……うーんと、新入生ですが、訳あって二年生なんです」

 嘘や間違ったことを言っているわけじゃないんだけど、アレコレ考えながら喋ったので、支離滅裂な返事になってしまった。


「えぇっ、アイト先生の助手さん!? ……そういえば、着任式の時に紹介されてたっけ? ごめんね、よく覚えてなくて。――しかも、同級生だったんだ! 別に俺は貴族でもないし、敬語なんて使わなくていいからね」

 驚いたり焦ったり、フロウは忙しそうに早口で話し出す。

 うんうん、それが当然の反応だよね~。アイト先生ことルベウスの印象が強烈で、背後霊こと私を覚えてる人の方が少ないと思います。


「フロウ君は律儀だね。私、あの時は名乗りもしなかったし、覚えてなくて当然だよ。あんまり目立ちたくなくて……」

 その後もフロウは静かに私の話を聞いていた。魔力の保有量が入学条件を満たしていないので正規の生徒ではないこと、女神教会に住み込んでいること等々。

 色々と怪し過ぎる私の立ち位置について、深く問いただされることはなかった。フロウは空気が読めるというか、事情を察する能力が高いみたい。



「――ふむふむ。でもね、コランダさん。目立ちたくないって言うわりに、ニビル君から二度も声をかけられるなんて、否が応でも目立ってるみたいだよ?」

「えぇ! どうしてそんな!?」

 どうしてそんなことに、どうしてそんなことを知っているのか。二つの疑問が私の頭の中でぶつかって、続きが言葉にできずに飲み込んだ。

 私がポカンと口を開けていると、向かいに座ったフロウはクスクスと笑い出した。

「こう見えて、学園の噂話や人間関係に詳しいんだ。この前、校門近くでユギト君が見知らぬ女子生徒に声をかけてたって話を聞いたから、もしかしてと思ってさ」

「み、耳が早いんだね……」

 宙を仰いでみるも動揺を隠せない私。マズいぞ。“目立たず、騒がず、気を抜かず”のモットーが早くも崩壊しそう。


「貴族だろうと平民だろうと、人は噂話っていうのが大好きでね。俺は学園内での情報を収集して、欲しがっている人に与えてるんだ。……中には金を払ってでも情報が欲しいって人もいてね。まぁ、ちょっとした商売みたいなもんさ」

 つまり、このフロウという男子生徒は“情報屋”ってやつなのね。情報屋というと何となくアングラな印象があるけど、頬杖をついて私の反応を窺う様子からは嫌らしさのようなものは全く感じない。


「ここに来たのはのは本当に偶然だよ。君の後をつけてたわけじゃないし、情報を仕入れるといっても分別は弁えてるつもり。この辺は図書館の中でも人が少ないところだから、“取引”の場所に使うことはあるけどね」

 そう言ってフロウは私に向かってキレイにウインクをした。周囲にキラッと星が浮かんできそうで、ちょっと可愛い。


 私はしばらく悩むような素振りをする。そして、少し遠慮がちに尋ねる。

「フロウ君は情報屋さん、ってことで良いんだよね? それで、学園内の情報に詳しい、と」

「そういうこと。こっちも誰彼なしに情報提供してるわけじゃないから、まずは相手を見定めてるんだけど……コランダさんは誠実そうだし、大丈夫だね」

「あはは、それはどうも」

 何をどう見て判断されたのかわからないけど、情報屋のお眼鏡にかなったらしい。

 私は姿勢を正して、深呼吸をする。なんか少し緊張してきた。

「ここで会ったのも何かの縁。丁度、とある人物について聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「うーん、どの人物のどんな情報が欲しいかにもよるね。――とりあえず、話を聞かせてくれる?」

 急な依頼なんて断られるかもと思っていたのに、フロウは穏やかな表情のまま私の話の続きを促してきた。


「公爵令嬢イヴリン・ノルンストについて――彼女の人柄や交友関係を知りたいの」

 テーブルに置いた本に片手をついて、真っ直ぐフロウを見つめた。

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