第23話 入学式の洗礼3
「はぁ~素敵ィ~」「ふつくしい……」「まさに眼福!」
校舎の玄関にはちょっとした人集りができていた。みんな熱気を帯びたように頬を赤らめていたり、羨望の眼差しを向けている。私は恐る恐る彼らの視線を追った。
そこには……美女と、美男と、美女と、美男がいた。彼らも学園の生徒のようで、これから帰路につくのだろうか。周囲の野次馬なぞ気にも留めない様子で、四人で楽しそうにかつ優雅に談笑している。
一行から溢れ出るキラキラオーラが眩しい! これだけ美形が勢揃いしていると、ここがゲームの世界――前世の二次元の世界というのも説得力を増してくる。これは頬を赤らめる以前に長時間直視していたら目が潰れそうだけど……私は直視しなくてはならないようだ。
四人の輪の中で中心になっているらしい一人の美女。彼女こそ件の令嬢、イヴリンだ。たしか、学園では同じ二年生のはず。
淡い亜麻色の髪は緩く波打ち、澄んだ緑色の目はそこはかとない意志の強さを感じさせる。令嬢と言っても中庭で出会ったガッカリ三人組(と勝手に命名した)とは違い、派手過ぎず洗練されたデザインのドレスを身にまとい、遠目に見てもスタイルの良さがうかがえる。可愛い系ではなく、綺麗系の美人さんだ。
容姿や家柄については事前にルベウスから情報をもらっていたわけだけど、他人に興味なさそーなルベウスが熱心に調べ上げる人物、イヴリン。
……もしや、単純な興味以上の感情を抱く“想い人”なのでは? なぁんて勘ぐってしまう。まぁ、何にせよ私も彼女に興味津々だから……特に問題はないよね。
「ニビル王子、元婚約者のイヴリン様と今でも親しくしてるって本当だったのね」
「それどころか、未だに次の婚約者を決めていないそうだよ」
「えぇ!? それなら私、立候補しちゃおうかなぁ……な~んて!」
好奇心旺盛な生徒たちは好き勝手なことを言い合っている。
イヴリン嬢の隣に立つ美男の一人。彼こそはこの国の王子、イグニビル・ルサ・メソテース……通称、ニビル様だ。みんな愛称で呼んでいるからしばらく本名を知らなかったんだけど、本人が周囲に親しみやすく呼んでもらうために「ニビル」という愛称呼びを推奨しているんだとか。
ニビル様の明るい金髪は癖毛らしく、毛先がクルンと上にいったり下にいったりしている。穏やかな水面のような水色の目は優しく細められて、イヴリン嬢の方へと向いている。
そして、しれっと出てきた“元婚約者”という単語。お互いの家が決めた結婚――幼少時に許婚を決められている貴族は少なくないそうで、王族もその例に漏れない。ニビル王子には大臣の娘で同い年のイヴリン嬢が選ばれた。イヴリン嬢は家柄も良く、魔力も申し分なかったそうだけど、話がまとまりかけたところで婚約は破棄されてしまった。明確な理由は不明、関係者たちが真相を語ることもないので、噂話が大好きな貴族たちの間では様々な憶測が飛び交ったらしい。しかし、今でも家を離れた学園でも一緒にいる様子から、関係は良好に見える。むしろお似合いな雰囲気だ。
それにしても、この二人が並び立つ姿を見ると、先日の路地裏での出来事を思い出す。やっぱりあの二人って、この二人でしょ……!?
セレブでノーブルな二人の横には、同じく見目麗しい男女が並んでいる。
仲睦まじくイヴリン嬢の腕を抱く美女――というより美少女――は楽しげに笑い、その隣で静かに頷いている美男は、よく見るとユギト様だった。中庭で会って以来、あっという間の再会だ。彼もイヴリン嬢と交流があったのね。キラキラオーラにも次第に目が慣れてきたのか、私も野次馬に混ざってしげしげと観察できるようになってきたかも。
美少女はユギト様と同じ銀色の髪で、目元も似ているのでもしかして兄妹? と、二人を見比べていると、ユギト様と視線がぶつかった。……なんか、前にもあったよね、こういう展開。ただし、今回は視線を逸らされることはなく、逆にこちらに向かってユギト様が近づいてきた……って、えぇ!? 何事!? 私も周りの生徒たちも驚いている。
「君、中庭では災難だったな」
ユギト様は躊躇う素振りも一切なく、こちらへ声をかけてくる。念のために後ろを振り返って見たものの、どの生徒も呆然としている。……というか、”中庭”での“災難”となると、私に向けられた言葉ということで間違いない。周りのどよめきと視線が痛い。
「……は、はい」
黙っているのも失礼なので絞り出すように声を出す。中庭で話しかけられた時は別のことで頭がいっぱいだったのでここまで緊張しなかった!
「あの三人組はいつもあんな感じで、俺たちも手を焼いているんだ。でも、貴族の皆が高圧的な奴というわけではない。安心して学業に励んでほしい」
「は、はい」
返事をするのに精一杯で、返事の内容を変える余裕がなかった。あああー、いたたまれない!
それにしても、ユギト様って……初めて花雨祭のパレードで見かけた時は冷たい印象を受けたのに、こうして近くでチラ見すると控えめながらちゃんと感情を出しているんだなぁ。
ユギト様が微かに口角を上げると、どこからともなく悩ましげな溜息が聞こえてきた。その気持ちは大いにわかるけど、私はなんとか踏ん張って耐えた。
「君と三人組が立ち去った後、目撃者を名乗る男子生徒が話しかけてきたんだ。彼が『三人組が先に手を出した』と証言してくれてね。名前は明かさなかったが、たしか同じ二年の生徒のはずだ。水色の髪をこう、後ろで束ねていてな……」
「お兄様~! そろそろ行きますわよ~!」
目を泳がせながら相槌を打っていると、イヴリン嬢と一緒にいた美少女が手を振ってにっこり笑いかけてきた。
……な、なんて可憐な笑顔! 危うくキュン死するところだった。あと、周囲の刺すような視線に耐えかねていたから、ユギト様との会話を強制終了させてくれて助かった。
そして予想通り、彼女はユギト様の妹のようだ。兄であるユギト様とは反対に、柔らかな印象を受ける可憐な美少女だね。
呼びかけに片手を上げて応えたユギト様は、「それでは」と律儀に会釈をしてから一行の元に戻っていった。
どうやら迎えの馬車が着いたらしい。ユギト様と妹様、ニビル王子がそれぞれの馬車に乗り込んで学園を後にすると、次第に野次馬生徒たちも散らばっていく。
ちなみに、パッと見が馬のように見えたから馬車と言ったけども、馬に似た魔法生物――騎獣っていう可能性も大いにある。女神教会の地下禁書庫で読んだ生物図鑑では、空を飛んだり浮遊する魔物がフツーに何種類も載っていたし、前世での常識は通用しないってことよね。
しばらくすると、何人かの生徒が私のことを指さしてヒソヒソと喋っていることに気づいてしまったので、早いところ学園から立ち去りたい。
私は人目を避けるように足早に門をくぐる。すると、丁度馬車に乗ろうとしているイヴリン嬢が見えた。ハッとして様子を窺っていると、向こうもこちらに気づいたらしく大きく両手を振ってきた。
さっきまでは完璧な淑女のように見えたのに……一転して満面の笑みで手を振るその姿は、お転婆なお嬢様って感じだ。すぐに近くに控えていたメイドさんにたしなめられて、馬車へと押し込まれてしまったけど。
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イヴリン・ノルンスト――学園でも知らぬ者はいない有名人。ニビル王子の元婚約者であり、どういうわけか今でも親しい間柄。
そんな“持てる者”である彼女にとって、私なんて関心はおろか接点を持つことすらなさそうな存在だ。しかし、彼女が私と同じ転生人で、この世界がゲームの世界だと知っているんだとしたら? ルベウスからの指示ということもあるけど、私としてもなんとかして彼女との距離を縮めたい。
理由はわからないけど、イヴリン嬢も私のことを気にかけている……かもしれない。
せっかく同じ学園にいるのだから、同じ授業を受けたり、他の生徒から話を聞いてみれば何か活路が開けるかな?
あれやこれや考えているうちに女神教会に帰ってきた。
私は身につけていた花の髪飾りをアルストとロメリアに戻してから自室に入る。ようやく辿り着いた安息の地――自室ではベッドに腰を下ろして一息つく。
ふぅ~、今日もたくさんの出来事に巻き込まれた。
勝手に動く自分の身体のこと、謎多きイヴリン嬢のこと。いくら考えてみても、私には何一つわからない。
そういうわけだから、とにかくゆっくり休もうっと! 何をするにしても、体力は大事だからね!
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