第22話 入学式の洗礼2


「ということがあったんだけどね」

 準備室というだけあって、部屋の中は想像以上に雑然としていた。

 分厚い本や用途不明な彫像、どういう効果があるかわからない魔道具等々。そのほとんどは前任の失踪教師が持ち込んだ物らしい。

 椅子に座ったルベウスは、机の上に広げられた書類を眺めている。私が先程の出来事を説明し終えたところで、視線だけをこちらに向けてきた。


「変わらないもんだねぇ、貴族体質ってのは。僕がここの学生だった時から、性根の腐った貴族が何人もいたもんさ」

 思い出に浸っているらしいルベウスは目を細めてしみじみと話す。持ち上げられたマグカップからは、目が覚めるような香ばしい匂い――珈琲の匂いが漂う。前世と同じく、紅茶だけじゃなくて珈琲もある世界なのねぇ。


「たしか、伯爵令嬢のマディアナって言ってたっけ。身分に関係なく生徒が集まる学園とはいえ、平等な関係が築けるわけじゃないってことね」

「まぁね。それでも、今の方がマシだろうよ。大した魔力もないくせに、態度ばかりデカい奴が増えすぎてね。数年前に入学時の魔力検査が見直されたのさ」

「それじゃあ、ルベウスも学生の時に同じような目に合ったりしたの?」

「……僕を誰だと思ってるんだい。在学中に僕より魔法ができる生徒はいなかった。ついでに、一応は貴族の端くれ。そんな僕に楯突こうなんて奴はいなかったねぇ」

「へ、へぇ~……」

 そうだった。魔研でこっそり見たルベウスの家族写真。あの写真からは彼が良家の出であることが窺い知れる。時折垣間見える紳士的な所作も、家庭での教育ということで納得がいく。

 しっかし、魔力も強ければ地位も持ってるって……ルベウスはあっさり言ってくれるけど、最強の生徒だよね。



「そんなことよりも、だ」

 昔話もそこそこに、眼鏡をキラリと輝かせてルベウスが立ち上がる。緩くまとめられた黒髪を億劫そうにかき上げ、私の方へ歩み寄って来た。

 私は目の前に立ったルベウスを見上げる。思わず後ずさったものの、壁に追いやられてしまった。ルベウスの表情は疑心と興味に満ちていて、そのまま片手を振り上げた。

「んぬあっ!?」

 突然、バチンと小気味よい音が辺りに響いた。

 驚きのあまり何度も瞬きをしてから、ようやく何が起こったのかを理解できた。どうやら、ルベウスが私の頭めがけて真っ直ぐ片手を下ろしているようだ。


 何なの!? 不意打ちの手刀打ちチョップって!?……と、内心割と冷静に分析できているのは、その衝撃が一切なかったから。

 私が頭上で両手を合わせ、まるで拝むような形でルベウスの手刀を受け止めている。要は、真剣白刃取りで防御していた。そんなことするつもりは全くなかったんだけど。


「反射か。おそらくは魔物の自己防衛本能、その名残だろう。興味深いね」

 自分で自分の行動にビックリしている私とは反対に、ルベウスは愉快だとばかりに口角を上げる。そして、自由が利くもう片方の手で懐から木製の短杖を取り出す。

「ふぅん、さすがに魔法には反応できない、か」

 私の両手へと向けられるルベウスの杖。その先端に光が灯ったかと思うと、しゅるりと紐状のものが形成されて、両手首のバングルを覆うように巻き付いてきた。あっという間に魔法によって拘束されてしまったらしく、力を入れてみても手首から先が動かない。


「ちょ、ちょっと! 何する気!?」

 とりあえず口は動かせるので、更に距離を詰めるルベウスに対して威嚇してみるけれど効果ナシ。ルベウスの瞳は炎が宿ったように妖しく輝き、目を合わせていると吸い込まれそうだ。

「……これは一度、精密な検査が必要だねぇ」

(ヒィーッ!?)

 なおも不気味に笑う様子に命の危機を感じた。怖い。なんとかして逃げなきゃ。そう思った直後、一瞬だけ視界が歪んだ気がした。

 まもなく視界が鮮明になった時、既に私の体は行動を起こしていた。


「ごふっ」

 ルベウスの間の抜けたうめき声が聞こえた。それもそのはず、私がタックルをかましたのだ。腕は拘束されたままその場で屈み込み、片足で後ろの壁を蹴って肩から突進した……らしい。頭が追いつかない速さで勝手に体が動いた。

 これにはさすがのルベウスも対応できず、床に尻もちをついて倒れ込む。その拍子に吹き飛んだ杖が、カランと乾いた音を立てて床に落ちた。私は慌ててそれを踏みつける。もちろん、折れない程度の力で。

「反撃……だと!? クソッ、不覚を取った」

 悪役の捨て台詞みたいなことを言いながらルベウスは傾いてしまった眼鏡の位置を正す。そして、恨めしそうに私を見上げた。


「こ、これは正当防衛って言うの! 早く魔法を解いて!」

 ルベウスが床に転がっている間、私はあたふたしながらも足元の杖だけはしっかりとキープしていた。

 これは人質だ。それを伝えるために爪先で杖を前後に転がせて威嚇してみせた。


 ――しばらくして、ルベウスは私の拘束を解いた。歯を食いしばりながら魔法を解いていたので、よっほど解除が難しかったのか、とにかく解除したくなかったのか。いやでも、アレは反撃されてもしかたないでしょう……!?

 というか、よくよく考えると杖がなくても魔法は使えるんじゃないの。そのことに気づいたのは、準備室を出てしばらく経ってからだった。



 いやー、酷い目にあった。中庭で酷い目にあったから準備室に逃げ込んだのに、更に酷い目に合ってしまった。

 もうツイてないどころじゃない、呪われてるんじゃないか。まだ心臓がバクバク……って、私、心臓……あるよね?


 それにしても、冷静になって準備室での出来事を思い返すと、じわじわと恐ろしくなってきた。

 ルベウスの魔法で拘束された後、私の体は私の意思ではない、何かによって動かされていたような気がする。


「……私、やっぱり魔物なんだ」

“何か”というのは、ルベウスが言っていた「魔物の自己防衛本能」とやらだろう。……私、どんどん人間から遠ざかってる?

 前世のビデオゲーム風に言えば、オート機能がオンになったみたいだった。RPGロープレとかで見かける、戦闘シーンが苦手な人や億劫な人用の便利な機能のことね。

 オート機能がオンになったキッカケは、たぶん身の危険を感じたから。じゃあ、オフになったのはどのタイミング? ……その境目がわからないのが恐ろしい。



「またねー」

 フラフラと人の流れに身を任せて歩いていると、街の時計台の鐘が辺りに鳴り響いた。どうやら校舎の出入り口近くに来ていたらしい。生徒たちが挨拶をして、別々の方向に去っていく。

 学園の敷地内には寄宿舎があり、辺境貴族や富裕層の生徒が住む棟と、平民その他諸々が住む棟がある。私は女神教会から通うことになっているので、どちらも足を踏み入れることはなさそうだ。


 今日はもう学園に用事はない。ルベウスは持ち込んだ転移魔具の調整をしたいとのことで、まだ準備室に籠もっている。助手という肩書になってはいるが、実際は私が手伝えることは少ない、というかほとんどない。

 そうなると私にできること、すべきことも限られてくる。本命である破魔の力についての調査は、後日学園の敷地内にある図書館に行ってみるとして……問題は、ルベウスから指示されたもう一つの調査だ。


 イヴリン・ノルンスト――大臣を父に持つ高貴な公爵令嬢であり、私と同じ転生者かもしれない存在。

 どうやって異世界に転生したのか、転生者なのになぜ公爵令嬢なのか、直接本人に話を聞けばわかるのかしら。……といっても、身分的に気軽に話しかけられるような存在ではないみたい。


 どうしたものか。このまま帰ろうかな。壁に背を預けて、学園の正門をくぐり去っていく生徒たちを眺める。

 私と同じく新入生だろうか、しきりに辺りを見回している生徒が何人か見える。入学して早々に道に迷ったのか、何かを探しているのか……ぼんやりと生徒たちを観察していると、にわかに色めき立ち、彼らの視線が一斉に一点に集まった。

「あっ、来たわ!」

 誰かが短く声を上げた。誰かを待っていたらしい。その声を合図に周囲にいた生徒が更にざわめき出す。


 こうして壁際で存在感を消してるのも落ち着くけど、さすがに何が起こったのか気になる。一旦壁から離れて状況を確認してみよう。

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