第二幕 学園編

第21話 入学式の洗礼1

 今日は王立リュケイオ魔法学園の新学期で、入学式。

 私とルベウスは入学式の後に行われる着任式で、新任の教師とその助手として生徒たちの前に立った。


 ルベウスが失踪教師の代役として紹介された時、どこからともなく感嘆の溜息が聞こえてきた気がするけど……深く考えないようにしよう。

 どうにも、ルベウスほど若い教師が他にいないらしく、得体の知れない――よく言えば、ミステリアスな雰囲気と容姿も相まって、登壇早々に注目の的になっているようだ。


 ……私? 私はというと、ルベウスが気だるげに挨拶をしている後ろ、背後霊のごとくひたすら存在感を消して突っ立っていた。一応、ルベウスの紹介の最後にちょろっと私の名前が出たくらい。

 あくまで私はルベウスのおまけ。ついでの存在なのだ。……うん、それでいいんだよ。下手に目立ちたくないし。



 ちなみに、立場上入学式にも出られなかったので、肝心の令嬢――イヴリン嬢の姿は確認できなかった。というか、入学式自体、私には関係ない。

 普通、新入生といったら……一年生だと思うでしょ? なんと! 私は魔法学園の二年生だったのだ! 衝撃の事実!?

 本当は特例で異例の聴講生だから学年すら関係ないんだけども、一応の割り当てとしては魔法学園の二年生になった。なので、私の年齢は17歳ということになっている。対外的には。

 ついでに、学園に提出した書類では、私の魔力属性は「土」ということになっている。……当然、嘘でーす。


 正規の生徒なら入学前に精密な魔力検査があるみたい。そんな恐ろしい検査を私が受けてしまった日にゃ、大変な騒ぎどころか、存在を消されかねない。

 そういうわけで、ひっそりと検査を避けて入学、もしもの時はルベウスがごまかせるようにと「土」属性になった。

 もちろん、その事実を知るのは、学園内で私とルベウスしかいない。先日、顔を合わせたミュルグさんにすら、本当の事情を明かしていないのだ。

 なんというか、しょっぱなから息苦しい学園生活の予感がするよ……。



 私は学園案内の地図を片手に、広すぎる園内をウロついていた。

 式はつつがなく終了し、ルベウスとは準備室の前で別れた。なんでも、失踪した前任の教師に充てられた部屋を引き継いで利用するらしく、片付けやら掃除やらで慌ただしい状況になっているみたい。

 一応、助手である私も手伝おうと声をかけてはみたものの、「危険な魔道具があるかもしれないから」と追い出されてしまった。危険物が置いてある準備室って一体。


 せっかく自由に学園を散策できるんだから、早く道を覚えておかないとね。ルベウスは元卒業生だから迷うことはなさそうだし。

 私はゆっくりと廊下を歩きながら辺りを見渡す。

「ここは中庭かな」

 新学期のガイダンスも一通り終わったのか、何人かの生徒とすれ違ったけど、この中庭には誰もいないみたい。

 とりあえず、現在地を確認するために中庭の端にあったベンチに腰を下ろした。


 どこかで鳥のさえずりと羽ばたく音がする。風は少し冷たいけど、日光が射す場所はふんわりと暖かい。

 今日は良い天気だな~。ここでお弁当でも食べたら気持ち良さそうだな~。

 お弁当は持ってないけど上機嫌で地図を広げていると、突然その地図が暗い影に覆われた。

「うん? 曇ってきた……?」

 急な天候の変化に驚いて顔を上げると、そこには見知らぬ女子生徒が三人、私を見下ろしていた。


 あぁ、日が陰ったんじゃなくて、近くに人が立ってたのか。

 ぼんやりとそんなことを考えながら女子生徒を見つめる。三人とも華美な装飾のついたドレスを着ていて、どういうわけか威圧的な態度でこちらを睨んでいる。


「貴方、新入生? この場所は伯爵令嬢――マディアナ様の特等席よ?」

 三人のうちの一人、背の高い女の子が冷たく言い放った。それに続いてふくよかな女の子が鼻息を荒くして私を指さす。

「ここはアンタみたいな田舎くさい小娘が、居ていい場所じゃないのっ!」

「………?」

 私は驚きと呆れから口を半開きにしたまましばらく固まっていた。

 私ってば、そんなに野暮ったい見た目してるのかしら。それなりに身綺麗にしてきたつもりだけど、こっちの世界の基準がわからないからなぁ。……というか、面倒くさいパターンだよね、これ。


「そ、そうだったんですか。知らずに座ってしまい、申し訳ありません。お察しの通り、新入生でして……」

「はぁ、御託はいいから、早くどいて頂戴?」

 三人のうち、一番背の低い女の子が不機嫌そうに持っていた扇子を閉じた。三人の立ち位置を見るに、この女の子が件のマディアナ様で、左右の二人は取り巻き?

 私は地図を片づけておずおずと立ち上がる。人が下手に出れば調子に乗りおって……と、思わなくもないけど、これ以上関わり合いたくないので速やかに立ち去ろう。


 あくまで態度は冷静に、マディアナ嬢に向かって一礼する。取り巻き一号、長身の女子生徒の話だと、マディアナ嬢は名のある貴族らしいので、今は口答えはしない方が無難だよね。

 私の学園生活は、“目立たず、騒がず、気を抜かず”をモットーに過ごすのだと、ついさっき決めたのだ!


 伏せた顔を上げようとした時、近くでパシンと乾いた音がした。マディアナ嬢が扇子を掌に叩きつけた音だ。取り巻き二号ことふっくらした女の子のあざ笑うような声も聞こえる。

 えっと……イヤな予感しかしない。落ち着くんだ、素数を数えて落ち着くんだ。ところで、素数って何だっけ? 1は素数じゃないんだよね?

 そんな脳内の混乱と焦りを悟られないように微笑みを浮かべる。そして、姿勢を正して足を踏み出そうとした瞬間。ビュッと空気を切ってマディアナ嬢の扇子が私の額に向けられた。


「な、なんですって!?」

 ここで驚きの声を上げたのは私ではなく三人組だ。

「……へ?」

 もちろん、私自身も驚いている。

 マディアナ嬢の扇子――おそらく、私の額を小突こうとしていたそれを、いつの間にか片手で受け止めているのだ。

 これは……私の体が勝手に動いた!?



「――君たち、どうかしたのか」

 緊迫した空気が漂う中庭に新たな人物が現れたらしい。声の主は私たちに向かって歩み寄ってきた。


「ユギト様!? こ、これは……私たちは彼女と……和やかに、お喋りをしていたのですわ!」

 現れたのは銀の貴公子こと、ユギト様だった。相変わらず凛とした美しさを湛えていて、思わず拝みたくなる。……さすがにしないけど。

 そんなユギト様を前にして、取り巻きたちははしゃぎ、マディアナ嬢はおたおたと弁解をしている。


「そうか。しかしとても和やかな場面には見えなかったが」

 マディアナ嬢の説明を聞いて、ユギト様は私と三人組を観察するように眺めた。

 お喋りをしていたのは間違っていないけど、だいぶ一方的な展開だったよね。

「えっと……そうですわ! お喋りをしていたら、彼女が私に向かっていきなり腕を振り上げてきたのです!」

 えぇ!? さすがに苦しいぞ、その言い分は! ムッとしてマディアナ嬢を睨みつけると、「キャッ」とわざとらしい悲鳴を上げて扇子をしまった。


「やれやれ、本当にイヴの言う通りになったな」

 ユギト様は呆れたような表情でため息をつき、ポツリと小さく呟いた。

 さり気なく、彼の口から「イヴ」の名前が出てきたのは非常に気になるけど、今はそれどころじゃないか。


 不意にそよ風が辺りの木々を揺らす。この学園には専属の庭師でもいるのだろうか、植木や花壇など隅々まで手入れが行き届いている。そしてどこからともなく、ほんのりと爽やかな香りが漂ってくる。

 この三人組が現れなければもっとゆっくり見て回れたかもしれないのに……。私は肩をすくめた。


「君はどうなんだ? 彼女たちの言うようなことをしたのか?」

 一応、ユギト様は私の言い分も聞いてくれるらしい。でも、ここで何を言っても彼女たちは非を認めそうにないし、話は平行線だろうなぁ。

「正当防衛です、としか言えません。……お騒がせしてしまい、すみませんでした。私はこれで失礼します」

 不満げな表情を悟られないよう、一同に礼をしてからすぐに背を向ける。

 後方から制止や非難の声が聞こえた気がするけど、無視して急ぎ足で来た道を戻った。



 どうしてこうなったー!? ツイてぬぁーい!

 中庭から離れ人通りの少ない廊下まで来たところで、私は頭を抱えて地団駄を踏んだ。


 とても面倒くさそうな輩に目を付けられた挙句、体に勝手に動き出したとかね!?

 前者はともかく、奇妙な現象の方は早いとこルベウスに話をしておかないと怖すぎる! もも、もしかして、知らず知らずのうちに夢遊病のように動いていたりして……!?


「っはあぁぁぁっ」

 うめくようなため息をつくと、近くを通りがかった生徒から不審な目で見られてしまった。ゴホンと咳払いをして気を取り直す。それから、ルベウスの活動拠点――準備室のある棟へ向かって歩き出した。

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