第20.5話 幕間

魔法 ~コランダと精霊リムシー



 よく晴れた昼前。ここはオンファロス女神教会の片隅にある小さな菜園。様々な花やハーブ、野菜などが植えられている。

 コランダこと私は、オミナさんに頼まれてこの菜園の手入れをしていた。


「二人は、精霊……なんだよね?」

 私は一緒に畑で間引き作業をしている、小さな男の子と女の子に向かって話しかけた。

「うん、そーだよ」「フフフ、驚いた?」

 男の子にはアルスト、女の子にはロメリアという名前がついている。


 しかし、その正体は精霊リムシーという、魔力から生まれた不思議な生命体なのだ。

 今でこそ人間のような体を持ち、違和感なくコミュニケーションを取っているアルストとロメリア。

 二人が一体の精霊だった時は、人間の言葉を話すことはできず、個人を識別する名前も持たなかったという。


 彼らが今のような姿になったのは、私がこの世界に転生する半年ほど前。

 街の近くの森で妖魔に襲われて、瀕死の状態で倒れていたところを、偶然通りがかったオミナさんに助けられた。

 そして、体の損傷が激しく、生命力――魔力の維持が困難と判断したルベウスが、開発途中だった魔物から作った素体を利用した。

 実際のところは、本番(私)用に向けた試作扱いだったらしいけど……無事に新しい体を得て、“一体”から“二人”になって生き長らえたそうだ。


 ちなみに、今の姿と名前は、命の恩人であるオミナさんから与えられたものだ。

 小さな子供の姿をしているのは、一人分の素体を二人に分けたからで、その風変りな容姿はオミナさんの要望をルベウスが再現したものだという。

 なんでも、幼少期のルベウスとサフィーアをモチーフにしているんだそうで。……と言っても、あくまでモチーフなので、あの兄妹に似ているとは言い難い様子。



「よし、こんなもんかな」

 私は作業服に付いた土を払いながら立ち上がる。

「コランダ、少しは魔法のことわかってきた?」

「うぅん……座学だけじゃサッパリだよ」

 アルストが私の片手をとってニッコリと微笑む。しかし、私は苦笑を浮かべて答えた。

「一人で練習するより、ルー様に教えてもらった方が良いんじゃないの?」

 ロメリアもアルストと同じく片手を重ねて、不思議そうな表情で私を見上げる。

「たしかにそうだけど、ルベウスは学園に行く準備で忙しいかなぁと思って」

 当たり障りのない返事をしたものの、本当はルベウスから魔法を教わるのが嫌なだけだ。


 二人が「ふーん」と短い相槌をうつと、瞬く間にその体が光に包まれた。そして、私の手のひらで二つの髪飾りに変化した。

 ルベウス曰く、元々魔力を持たない上に、魔法を無効化する腕輪をつけた私でも、アルストとロメリアが変化したこの髪飾りを身につけると、精霊が持つ強い魔力を若干ながら拝借できるらしい。イマイチ魔法の仕組みはわかってないけど、ありがたく使わせてもらおう。



 ――先日、ルベウスが魔法学園に特別講師として、臨時の“先生”になることが決まった。

 ついでに、私もルベウスの“助手”兼、条件付きの“生徒”として、一緒に魔法学園に通うことになった。

 ……のはいいんだけど、一体何をどうすればいいんだろう。


 魔法学園は、前世でいう高校あたりの教育機関に相当する。

 この世界の基礎、初等教育すら受けていない私が、いきなり高校で授業を受けたところで、何一つ理解できないんじゃ?

 学園に通うと聞いた時は内心ウキウキだったけど、しばらくして冷静に考えてみると、異世界学園生活なんて……不安しかないな!

 とりあえず、魔法に関する本を読みこんだり、オミナさんから初級魔法について教わったりしてみたものの、思ったように魔法を使うことができない。

「ううう……」

 私は髪飾りをつけた頭を抱えて、うめき声を上げた。



 魔法には、基本となる属性がある。

 水・火・氷・風・雷・土の六つだ。


 火・氷・雷は天空から力を引き出す魔法、水・風・土は大地から力を引き出す魔法で、それぞれが相殺関係になっている。

 この世界の人々はこの六属性のうち、どれか一つを女神の祝福としてその身に宿して生まれる。


 聞いたところによると、オミナさんは風属性で、ルベウスは土属性。

 自分の魔力属性イコール得意な魔法で、同じ属性を持った魔法を使うとその効果が増幅されるらしい。    

 属性魔法の他にも、複数の属性を組み合わせた複合魔法や、召喚魔法等々……現在進行形で日々新しい魔法が生み出されている。

 女神が世界に与えた力、原始的な魔力は「魔法」。そこからさらに人間が研究して編み出されたものを「魔術」と呼び、ざっくり区別している。


 では、私の属性はというと……魔力が少なすぎて、判別不能。しいて言うなら、「無」だそうだ。

 無属性っていうとカッコいいけど、万能な属性というより、無能な属性って感じね。……って、自分で言ってて悲しくなってきた。



「とおぉぉぉ!」

 しかし、私は諦めない!たとえ微弱でも魔力があるなら、何が何でも魔法ってものを使ってみたい!!


 最近は暇さえあれば魔法の練習をしている。今は切り株の上に空き瓶を置いて、魔法でその空き瓶を浮かせる練習中だ。

 これは小さな子供でも使える程度の魔法らしいから、私にもきっとできるはず!


「あがれぇぇぇ!」

 子供向けの入門書や、オミナさんのアドバイスを思い出しながら、切り株に向かって両手を突き出した。

 ……空き瓶はびくともしない。というか、この流れをかれこれ何十回も繰り返している。


「……はぁ、何がいけないんだろう」

 魔力はなくても、気合はあるんだけどなぁ。杖があれば少しは違うのかしら。

 そうは言っても杖は持っていないので、代わりに近くに落ちていた棒切れを拾い上げる。そして、空き瓶を乗せた切り株の前に立って構えた。

 杖だけじゃなくて、三角帽とローブも装備すれば完璧なのにな。……はい、見た目から入るタイプの人間です。


 あ、もしかして、呪文が良くないのかも? 呪文がなくても魔法は使えるけど、イメージを口に出した方が魔力を具現化しやすいんだとか。

「――風の精霊よ、我に力を貸したまえ。 風の回旋曲(シルフィロンド)!」

 ……辺りはシンと静まり返った。

 渾身の自作呪文を叫んだ結果、虚しさと気恥ずかしさだけが残った。

 あぁぁ~周りに誰もいなくてよかった~!



「君、さっきから一人で叫んで何をしているんだい?」

「ってぁぁぁ!?」

 険しい表情で空き瓶を睨みつけていると、どこからか声が聞こえてきた。

 ビクリと肩を震わせて後方へ振り返る。そこには、今一番この状況を見られたくない人物――ルベウスが立っていた。


「な、なんでここにいるの?準備で忙しいんじゃ?」

 私は持っていた棒切れを後ろにブン投げてからルベウスに話しかける。

「ククッ、学園に関する準備ならあらかた終わってるよ。僕の研究室に転移魔具を置いたから、後は学園側に設置するだけ。報告のために教会に来たら、オミナにここに行けと言われたんだ」

 ルベウスが言う転移魔具というのは、以前魔研で使用した魔法のソファのような、ワープ装置のことだ。

 つまり、魔研の研究室と学園の準備室を瞬時に行き来できるようにする、という作戦らしい。……学園にそんなもの設置しても怒られないのかな。


 どうやら、魔法のことで悩んでいる私を見かねたオミナさんが、ルベウスをここに誘導したようだ。

 気遣いはありがたいんだけど……ルベウスがまともに魔法の指導をしてくれると思えなくて、わざと声をかけなかったんだよね。



「そうなんだ。私はここで魔法の練習してたんだけど……アハハ、難しいね」

 私はぎこちなく笑って、正直に魔法の練習をしていることを明かした。

 見られてしまったのなら仕方ない。いつものようにあざ笑うなり見下すなり、勝手にすればいいよもう……。


 私がガックリと肩を落としていると、ルベウスは予想外な言葉を口にした。

「ふむ……そういうことなら、この僕が教えようじゃないか。――さしずめ、君は僕の生徒、第一号だ!」

 ルベウスはニヤリと笑い、切り株に向かって片手をかざす。すると、音もなく空き瓶が宙に浮き上がった。

「お、おぉ……?」

 私が驚きと感嘆の声を上げると、ルベウスはククッと低く笑った。

 どうやら、杖や呪文がなくとも、できる人にはできるらしい。



「魔法がどんなものかは、学習したんだろう? 問題はその魔法を使用する“感覚”を知らないことだな」

 ルベウスが片手を下げると、その動きと同じように浮いていた空き瓶も元に戻った。


 まさか、ルベウスが普通に物事を順序立てて教えてくれるとは。もしかして、彼も“先生”の練習をしているのかも?


「まず、最初にイメージがある。頭の中の記憶や、空想。杖や呪文はその具現化の道具にすぎないのさ」

 そう話しながら、ルベウスが地面に向かって片手をかざすと、その地面にボコッとくぼみができた。

「ふむむむ」

 説明と一緒に実演も見せてくれたってことなんだろうけど……なるほど、わからん。

 私が首をかしげると、ルベウスが真顔のまま舌打ちをした。おおおい!?

「あのね、本当の生徒の前で舌打ちなんてしちゃ駄目だからね、先生?」

 若干イラッとしつつも控えめに注意を促す、大人な私。

 私に魔力がないのが問題なんだろうけど、これはルベウスの方もそれなりの矯正が必要みたいだ……。



 ――私とルベウスはその後も根気強く練習を続け、なんとか空き瓶を浮かせることに成功した。


 中々戻ってこない私たちを心配したオミナさんが現れるまで、ルベウスは私に魔法の使い方について、私はルベウスにまともな社会人としての立ち振舞いについて教え合った。


 私の魔法はどう頑張っても貧弱なままだったけど、ルベウスは飲み込みが早く、私の説明もすぐに理解してくれた。

 ……理解をしてくれただけで、はたしてそれを実践してくれるかはわからないけどね。

 それでも、無駄に尊大な態度を叩き直してやれば、ルベウスの教え方はわかりやすいし、意外と先生に向いているのかもしれない。


 何はともあれ、私も少し自信がついてきた! これなら学園でもなんとかやっていける……はず。

 よっし!異世界学園生活、頑張るぞ~!




第二幕 学園編 ~魔法と乙女の秘事(ゲーム)~ に続く。

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