第19話 新たな舞台へ2


 予想通り、ここは飲食店のようだ。多くのテーブル席がお客さんで埋まっている。

 そんな中で、窓際のテーブル席にこちらに向かって手を振っているふくよかな男性が見えた。

「おーい、こっちだよー!」

 あれ?この人、どっかで見たような?

 そんなことを考えながらその男性が座るテーブル席に近づいていくと、隣にいたルベウスがスッと椅子を引いた。

 どうやら、私はこの席に座れということらしい。……意外って言ったら失礼だけど、紳士的な所作が端々に見えるんだよね、ルベウスさん。


「なにも一番混み合う時間帯に来る必要もないだろうに、どうしてここを選んだんだか理解に苦しむね」

 紳士タイムは一瞬だけだったらしい。ルベウスは椅子に座るやいなや、いつも通り尊大な態度をとる。慣れているのか向かいのふくよかな男性は苦笑している。

「え~知らないの? この店ってかなり人気のお店なんだよ? 僕、一度来てみたかったんだよね」

 ルベウスから冷たい視線を浴びる男性は、逃げるように私の方へと顔を背けた。ちょっと気の弱そうな印象を受ける男性だけど、私と目が合うとパッと子供のような笑顔になった。

「初めまして。私、コランダといいます!」

 私は慌てて頭を下げて挨拶をする。


「こちらのお嬢さんが助手って言ってた例の子? ……あ、僕はミュルグ・モントン。王立魔法学園で働いているんだ。彼――ルベウスとは学園の同級生でね」

 あー、思い出した!以前、学園の近くでルベウスと話しているのを見かけた人だ!

 隣に座ったルベウスは、近くを通りがかった店員さんからメニューを受け取り、それをテーブルに広げて眺めていた。

「あぁ、そうだ。魔法の才は一切ないが、古語は完璧に習得している。彼女を僕の助手兼学園の生徒として受け入れることを条件に、僕も特別講師の任を預かろう」

 ……学園の生徒?特別講師? ルベウスは一体何を言っているんだろう。


 不意にルベウスからズイとメニューをよこされたので、私はメニューを受け取って注文する料理を決める。

 そういえば、昼ご飯食べてないからなー……今はガッツリ食べたい気分!


「わかってるよ。貴族でもない、魔力も少ないお嬢さんを学園に入れるなんて、特例中の特例なんだけどね。そもそも、あの失踪癖のある人が教師をしていることが特例みたいなもんだし」

「あの人は昔からそうだったよなぁ。それでまさか、教え子だった僕に白羽の矢が立つとはね」

「……正直、ルベウスが引き受けてくれるとは思ってなかったから、僕だっていまだに驚いてるよ。代役とはいえ誰だって良いわけじゃないから、ホントに助かった」

「一応、魔研と兼業にはなるがね。魔研は退屈な奴と頭の固い奴ばかりだし、学園の講師の方が良い勉強になるだろうよ」

 同級生同士、二人の会話を邪魔しないように私は黙って頷いていた。ここはルベウスにお任せしよう。



 先に注文を済ませていたらしいミュルグさんの料理がテーブルに運ばれてくる。良い匂いがしてきてとても美味しそうなんだけど、揚げ物が多めでカロリー高そう……。

 遅れてルベウスと私が注文した料理が運ばれてきた。ルベウスが注文したのは、サーモンのムニエルかな?バターの良い匂いがする。

 さて、私が注文したのは……


「コランダさんって案外、ガッツリご飯食べるんだね」

「君、食事代が自分持ちじゃないからって、それを選んだんじゃないか?」


 私の前に置かれた料理を見た二人は散々なことを言ってくる。

 私はただ、美味しそうなビーフステーキを頼んだだけなのにそこまで言う!?お金の件は、ルベウスの読み通りだから反論できないけど。

「あはは……ステーキっていう字を見たら、他のものを注文する気になれなくて」

 私は一応申し訳なさそうな表情をしながらも、ナイフとフォークを使ってステーキを切っていく。こうなるとライスも欲しかったなー。パンは見かけたけど、この世界にもお米ってあるのかな。


「うんうん、僕もその気持ちわかるな~! 我慢のしすぎはよくないし!」

 私の言葉を聞いたミュルグさんは何度も深く頷いている。

「……ミュルグ、君は食事に関する我慢なんぞ一度もしたことがないような体型に見えるぞ。今日は君のたっての願いでこの店に来たんだからねぇ、ここでの支払いは全額、ミュルグに頼むよ?」

「えっ!?……う、ん」

 それまで軽快に食事をしていたミュルグさんの動きが固まる。ルベウスの切り返しを受けた後、わかりやすいぐらいにテンションが下がり、食事のペースも下がってしまった。

 まさか、私のステーキがきっかけにこんなことになってしまうとは……申し訳ない。

「ま、そんなに高い額でもないだろ。なんなら僕が貸してやってもいいし」

 割り勘ではなく、あくまで貸しなあたり、友人に対しても無慈悲なルベウス。ミュルグさんはヤケになったように揚げ物をもぐもぐと頬張っていた。



 その後もルベウスとミュルグさんの二人は食事をしながら様々な言葉を交わしていた。

 私は黙々とステーキを食べながら、二人の会話を頭の中で整理していた。


 魔法学園で働いているというミュルグさん。彼は教師ではなく、事務員として働いているそうだ。

 どうやら、魔法学園の教師の一人が突然失踪してしまったらしく、教職員総出で代役を探していたんだとか。

 その教師のおかげで新学期からのカリキュラムが成り立たず、藁にもすがる思いでルベウスに声をかけたらしい。


 聞けば、ルベウスとミュルグさんの二人は学生時代にその教師の授業を受けたことがあるそう。

 昔からフラっと姿をくらませてはフラッと学園に戻ってきて、何事もなかったかのように教鞭を振るっている教師なのだという。

 素行はどうあれ実力と知識を兼ね備えたすんごい教師なんだそうで、その代役探しも一苦労なんだとミュルグさんが愚痴っていた。


 いつぞや、王様の選定にも魔力が関係していると聞いたし、この世界……特にこの国がそうなのかもしれないけど、実力主義ならぬ、魔力主義が蔓延っている気がするなぁ。


 そして、ミュルグさんがあちこちに声をかけた中で、唯一承諾してくれたのがルベウスなんだそうだ。人格に難はあるが魔力はズバ抜けているので、失踪教師の代役“特別講師”としてスピード就任した。

 とはいえ、ルベウスが何の見返りもないことに労力を割くはずはなく、特別講師に就任するにあたって取引条件をつけた。

 それが、私の学園への入学。その上、私はルベウスの助手も兼ねているという謎の待遇だ。


 ミュルグさんが言うには、忙しい魔法学園の教師には雑務処理や身の回りの世話をする、補佐役を同伴しても良いという規約があるらしい。

 普通なら使用人や秘書を連れてくるんだろうけど、ルベウスの場合は私をそのポジションに置いたのだ。おかげで、無関係だった私でも学園に出入りができるようになるみたい。


 しかも、ルベウスが提示した条件はそれだけではなかった。

 なんと、魔法とは無縁だった私が学園の講義を受けられる権利までもぎ取ったようだ。

 つまり、私はルベウスの助手でありながら、学園の生徒になるわけね。


 といっても、私の魔力では入学条件を満たせていないので、正規の生徒ではない。

 あくまで、授業に参加してもOKという聴講生のような扱いだ。それだけでも異例で、破格の待遇らしいんだけどね。



 なぜ魔力主義なこの国で、魔力を持たない私が、半ば強引に魔法学園に入ることになるのか。やはりそれは、ルベウスの計画――先日出会ったイヴリン嬢に近づくためだろう。

 きっと、イヴリン嬢は魔法学園に通っているんだ。一定以上の魔力がある者は学園に通わされるので、彼女の強力な魔法を見れば間違いない。

 そもそも、代役とはいえ教師になるんだから、ルベウス自身がイヴリン嬢に会いに行けばいいのに。どうにもルベウスは自分ではなく、私をイヴリン嬢に近づけようとしているみたい。


 すっかりルベウスの駒として動かされている気もするけど、かといって現状のままでは女神教会の下働きぐらいしかできないのだから仕方ない。破魔の力に関する情報や糸口を見つけるためにも、学園に通うのはアリかもしれない。

 ……実のところ、私自身、魔法学園っていうものに興味がある。ふと、前世でも剣と魔法のファンタジーが好きだったのを思い出した。

 ルベウスの思惑について色々と思うことはあるものの、魔法学園に通うのは楽しみー!



「――ごちそうさまでした。……お会計は僕がするから、二人は店の前で待っていてくれるかな?」

 私が食事を終えると、見計らったようにミュルグさんが席を立つ。若干、その声のトーンが低いのが心苦しい。


 その後は三人で教会へ向かい、教会の正門前でミュルグさんから封筒を渡された。

「はい、これがコランダさんに書いてもらう書類。ルベウスに渡してくれたら学園に提出してくれるそうだから。それじゃ、次は学園の入学式で会おうね」

 書類を受け取った私は、ルベウスとミュルグさんの二人の背中を見送ってから教会へ戻った。

 まずはオミナさんに報告しておこうっと。ふふふ、オミナさん、私が学園へ通うだなんて聞いたら驚くだろうなぁ。

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