第18話 新たな舞台へ1


「コランダー! お届け物よー!」

「はーい、今行きまーす!」

 よく晴れたある日の朝。女神教会の廊下を掃除していた私に、オミナさんが声をかけてきた。オミナさんは新聞と小さな包みを持ってにこにこと笑っている。


 新聞といえば、先日の強盗犯についての記事。それなりに大きな見出して逮捕を報じていたのに、肝心の犯人逮捕の”協力者”については何も触れられていなかったのだ。

 これは一体どういうことなのかしら。オミナさんも私も首を傾げるばかりだった。



 それにしても、私宛の荷物が届くだなんて。街で買い物した覚えもないのにどうしたんだろう。

 私は掃除道具を片付けてオミナさんから荷物を受け取った。

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます。これ、爆発物とかじゃないですよね?」

「そんなわけないでしょ! なんなら、ここで開けてみて?」

 オミナさんは中身が何なのか知っているのかな。私は頷いて荷物の包装を剥がした。出てきたのは紙の箱だった。その箱を開けると真新しい洋服が入っていた。

「ほうほう、なるほどね……そういう感じなのね」

 オミナさんはしげしげと洋服を眺めては何か呟いている。

「いや、私は全然状況が理解できてないですよ。どういうことなんですか?」

 言われるがままに開封してしまったけれど、一度開けてしまったものは返品できなかったりするかな。

 クーリングオフ!この世界にクーリングオフ制度はないの!?

 

「ウフフ、そうよね。この服は、ルベウスからよ。正確には服を選んだのはアルストとロメリアで、お金を出したのがルベウスっていうことなんだけどね」

「えぇ! ルベウスが!? これ、後からお金請求されたりしないですよね?」

「そんなことしないでしょ~……たぶん。この前の花雨祭の時、貴方服をボロボロにして帰ってきたでしょう? あの時の弁償ってことらしいわ」

 オミナさんは口元に手を当てて、嬉しそうに目を細めていた。いやいや、いくら弁償とはいえ、ルベウスがプレゼント!?


 たしかに、思い返せばルベウスが「パレードを見に行け」だなんて命令をした結果、私の服がボロボロになったわけだから、弁償してもらっても悪い気はしない。

 洋服を体に当ててみると、そのサイズは私に合っているように見える。前にロメリアが服を用意してくれた時も同じことを思ったけど、なんで私の体のサイズを把握してるのかな……?


 一人で悶々と考え込んでいると、箱の中からはらりと一枚の紙が落ちた。

「あれ?この紙、何か書いてある」

 小さな紙を拾い上げてみると、それはメッセージカードのようだった。さっそく読んでみると、

『明日 昼 教会に向かう』

 とだけ、整った文字で記されていた。うわ……これ、何かの暗号?

 私がメッセージカードを持ったまま固まっているので、不審に思ったオミナさんが背後から覗き込んできた。

「ルベウス……それじゃまるで怪文じゃないの」

 呆れた様子でオミナさんが補足説明をしてくれる。

「私も詳しくは聞いてないんだけどね。明日の昼にルベウスが迎えに来るから、コランダに出てきてほしいんだって。なんでも、会わせたい人がいるんだって?」

「あ、あぁ~……」

 そうか、あの計画のことか。手筈が整ったら連絡するとは言っていたけど、こんな形でお知らせしてくるとはね。私は険しい表情をしながら、メッセージカードを箱の中にしまった。

 

「二人きりのデートじゃなくて残念ね、ウフフ」

「……オミナさん。仮に冗談であっても、ルベウスがそんなことをする人間だとお思いなのですか?」

 私がうろんな眼差しでオミナさんの反応をうかがうと、笑顔のままそっぽを向かれてしまった。

 うん、そうだよねぇ。もし、ルベウスが特定の誰かをデートに誘うなんてことがあれば、それはデートという名の処刑執行のような何かに違いない。

 つまり、それぐらい何をしでかすのか、行動が予測できない人ということだ。くわばらくわばら。



 自室で真新しい洋服を身に着けた私は、姿見鏡の前でくるりと回ってから笑顔を作ってみた。

「ちょっと緊張してるかも」

 アルストとロメリアが選んでくれたという服は、私が普段から着ている神官服よりも幾分か可愛らしいものだった。飾り気はあまりないけど、良い生地を使っているのがわかる。全体的にシックなデザインだ。

 街でも似たような服を着た女性を見かけたし、よそ行きの服というよりも普段着として使えるものを選んでくれたのかな。下手に目立ちたくない私にとってはピッタリの服だ。


「さてと、こんなもんかな。……それじゃ、よろしくね?」

 櫛で灰色の髪をとかしてから、花の髪飾りを二つ左右に着ける。

 この濃い紫色をした花の髪飾りは、何を隠そう、あのアルストとロメリアなのだ。



 ――昨日、洋服を受け取って自室に戻ると、アルストとロメリアが訪ねてきてこう言ってきた。

「僕(アタシ)たち、ルー様のおかげでもっとお手軽で効率的に、コランダのそばにいられるようにしてもらったんだ!」

 ……と、聞いたところでクエスチョンマークしか出てこないので、詳しい説明を求めたところ二人はいきなり私の両手を掴んだ。

 驚く私をよそに二人の姿はみるみる白い光に包まれていき、その光はやがて私の手のひらに収まっていた。

 そして、私の両手には花の髪飾りが二つ。それを見た私は声にならない悲鳴を上げて、オミナさんの部屋へ駆け込んだ。


「オミナさーん!? ああ、アルストとロメリアが、はなっ!花に!?」

 ノックもせずに突入してきた錯乱状態の私をオミナさんは優しくなだめてくれた。

「ちょ、おちついて、コランダ! まずは深呼吸をしましょう。はい、吸って……吐いて……」

 オミナさんはよしよしと私の背中を撫でる。そして、私が落ち着きを取り戻したのを確認してから語り始める。

「アルストとロメリアが人間の子供ではないってことは、ルベウスから聞いてるわよね。あの姿をしているのは、生活しやすいからってだけで、本当は人型である必要すらないのよ」

「そ、そうなんですか? たしか、この髪飾りになる前、二人はルー様のおかげだとか言ってましたけど……」

 私はうなだれていた頭を持ち上げ、二つの髪飾りを見つめる。

 あぁ、どうしよう。生きているとはいえ、二人がずっとこの姿のままじゃ、もう二度とお喋りできないんじゃ?


「きっとルベウスが二人の素体に手を加えたのね。彼らの意志で形態を行き来できるようにしたのよ。……アルスト、ロメリア、人型に戻ってもらえる?」

 オミナさんはふむふむと観察してから、髪飾りに向かって話しかける。すると、オミナさんの読み通り、髪飾りは光を放ちながら二人の子供の姿に変わっていった。

「どう? すごいでしょ?……って、あれ?」

「ここ、オミナ様の部屋じゃない? 僕たちコランダの部屋にいたと思ったんだけど」

 二人はいつもの軽快な調子で話し出す。どうやら、髪飾りになっている時の記憶はないらしい。


「なるほど、ルベウスもうまいこと考えたものね。二人を護衛兼魔力源としてコランダに身につけさせるつもりなのね」

「……へ?」

 オミナさんは感心しているのか何度も頷いて、アルストとロメリアはなぜか誇らしげな顔をしている。

 どうやら、事態が飲み込めてないのは私だけのようだった。



 ――不意に私の部屋のドアをノックする音がした。

「はいはい、準備できてるよ」

 私は慌ただしく部屋を出た。


「うむ、上出来だ」

 ノックをしたのはルベウスだ。長い黒髪をポニーテールにしていて、今日は白衣を羽織っていない。ルベウスは満足げな表情でひとしきり私を眺めると、くるりと背を向けて教会の正門に向かって一人で歩き出してしまった。

 今、彼が褒めたのは花の髪飾りについて。およそ、アルストとロメリアの素体の具合を確認していたんだろう。一応、プレゼントしたことになっている私の服については一切触れられていない。予想通りの反応だから良いんだけどさ。……うん。


「ルベウス。この花の髪飾りについてだけど、オミナさんが護衛兼魔力源って言っていたの。それってどういうこと?」

 私はルベウスの後ろを追うように走りながら話しかける。

「ククッ……そのままの意味だ。この前のように危機が迫った時には護衛として働き、身に着けていればそこから魔力が得られる。と言っても、君の場合は腕輪の力と相殺されるから効果は人並以下だろうがね」

 ルベウスは見下るような眼差しを隣を歩く私に向けてきた。でも、私は前向きな部分だけ受け止めるぞ!

「魔力? 私も魔法が使えるの!?」

「あぁ、そうだ。そうでなければ困るんだ」

 それを聞いた私は思わず小躍りして喜んだ。ルベウスには鼻で笑われたけど気にしない。

 はわー!ねんがんの魔法を使えるの!? 人並以下と言われても、前世では存在すらしなかったものだからね。そりゃテンションも上がるわ~。杖とか買った方がいいのかな? どんな杖にしようかな?うわー……ホウキに乗って空を飛んじゃったりして?えっへへへ……。



「うわっぷ!」

 前を歩いていたルベウスが急に足を止める。ニヤついた顔に浮ついた足取りの私はその背中に危うくぶつかりそうになった。私の奇声に気づいたルベウスからは思い切り嫌そうな顔をされた。

「なにしてるんだ? 着いたぞ」

 意外と目的地は近かったようだ。というか、そもそもどこで誰と会うかすら知らされてないのよね。


 着いたのは飲食店らしき建物の前。食欲をそそる、良い匂いが漂ってくる。

「アイツがこの店を指定したんだよなぁ。席を予約してあると言ってたはずだから入ってみるか」

 ルベウスを先頭に私たちは店の中に足を踏み入れた。

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