第17話 交差する世界2


 頭を抱える私の様子を見て、ルベウスは呆れたように深い溜息をつく。

「君はイヴリン嬢の行動を見ていて、何も気付かなかったのか? いや、それ以前に街を歩いて見て、少しでも違和感はなかったのか?」

「違和感? 街の中におかしいところでもあったの?」

「ふむ、違和感という言い方が悪かったか。既視感、ならわかるかい?この世界のものをどこかで見たことがあるような気がしたりね」

「……あ、あぁ~!!」

 てっきり、そういうものなのだろうと思い込んでいたけど、異世界のはずがどこか見たことがある……という、既視感は何度か体験しているはず。


 剣と魔法のファンタジー、冒険者ギルド、水風船。

 そのどれもが前世、日本で馴染みのあるものだった。日本で馴染みがあるという既視感が、この世界での違和感ってことなのかな。


「……んん?……ま、まさか」

 そして、ようやく思い出した。イヴの奇妙な台詞の数々。

「たしか、イヴはニビルに向かって“イベント”って言ってたっけ。それと、”スチル”がどうこうって呟いていて……」

「ほう……僕にはさっぱり意味がわからんが、君にはわかるのかい?」

 このタイミングで重大な真相に気付くだなんて。仮にイヴの妄想だったとしても、私には意味がわかりすぎている。


「私はずっと、異世界に転生したんだと思っていた。だけど、本当は違ったのかも。私は……“ゲームの世界”に転生した?」

 アニメや漫画の世界ってことも考えられるけど、「イベント」や「スチル」と言うと、ビデオゲームっぽいんだよね。けれども、それがどんな内容のゲームなのか、私にはわからない。


 私の推測では、イヴはそのゲームの知識を持っている。それがこの世界では予知という解釈に繋がっているのだろう。

 なんとも突飛な話とはいえ、その実あまり驚いていない。

 前世のフィクション、“異世界転生”モノでは、ゲーム世界に転生してしまう物語も何度か目にしたことがあるからだ。

 自分に関する情報……未だに名前すら思い出せないものの、前世での日常の記憶はある程度残っているから不思議なんだよね。


 でも、そういう物語って、ゲーム知識やステータスを引き継いで転生するものなんじゃないの?

 私は全く知らないゲーム世界に転生した上に、体は魔物になってるわ、容姿も別人になってるわ、おまけに魔法の才能もなしときたわけか。……色々と酷すぎない?

 チラリとルベウスへ視線を向けると、相変わらずニヤニヤと笑っている。この人、私がどう答えるかわかってて質問してるんじゃないかな。


「どうやら、君にはイヴリン嬢のおかしな言動が理解できるらしいね。……これは僕の推測なんだが、彼女は君と同郷の人物なんじゃないか?」

 私が「ここはゲームの世界だ!」なんておかしなことを言い出したのに、全く動揺や混乱する素振りもなくルベウスは質問を投げかけてくる。もしかして、彼はイヴリンから同じ話を既に聞いていた……?何一つ真相はわからないけれど、そう思えるほどに冷静な態度だ。

「うーん、もしそうだとしても、転生者は私以外にいないって言ってなかった?容姿はよく見えなかったけれど、イヴはこちらの世界の人のような恰好をしていたよ」

 仮にイヴリンが私と同じ転生者だったとしても、どうやってこちらの世界に来たというのか。

 どこかでルベウスすら知らない転生召喚が行われていた、という可能性もあるのかしら。私は首を傾げて唸った。

「僕を差し置いて転生召喚を行える奴がいたら、是非とも教えてほしいものだね」

 フンと鼻息荒くふんぞり返るルベウス。しかし彼もこれ以上の情報はないようで、私に同意を求めるように顔を覗き込んでくる。


「そういうわけだからね。何もかも、おかしいだろう?気になるだろう?君も協力せざるを得ないだろう?」

「……は、はい」

 こうやってルベウスから近くで見つめられていると、まるで心を見透かされているような気がして心臓に悪い。あと、普通に恥ずかしいから止めてほしい。

 私は苦笑いを浮かべたまま後ずさった。


 それにしても、おかしな話になって来たなぁ。

 私としては異世界に転生したのかと思っていたのに、実はゲームの世界に転生していたのだ。

 ルベウスの言う通り、ここまで知ってしまった以上は無視して過ごすことはできない。本当にイヴリンが私と同じ転生者だとしたら、山ほど聞きたいことがある。



 ――どこからかバンと乾いた音が聞こえてきたと思うと、続いて大きな爆発音が辺りに響いた。爆発音は振動となって全身に伝わってくる。


「あ、花火」

 花雨祭の終了を告げる花火が城の向こうで上がったようだ。私とルベウスは墓地の東屋で二人、夜空を見上げる。

「そういえば、私が以前過ごしていた世界でも、夏になると花火大会っていう催しがあってね」

「……」

 ルベウスは黙って打ち上げ花火を見上げている。

 なぜだか急に神妙な顔つきになってしまったので、その後は私も話しかけなかった。


 花火が上がるたび、色とりどりの光がルベウスの整った横顔を照らし出す。しかし、その表情からは何の感情も読みとれない。

 案外、感情は表に出るタイプだと思ったけど、結局は腹の内がわからない人だ。

 大小様々な花火が打ち上がる中、花火を見ている時間よりもルベウスの横顔を見ている時間の方が長かったかもしれない。


 やがて、大きな打ち上げ花火が一発だけ夜空で光る。

 その光の尾が名残惜しそうにゆっくりと落下していくと、もう次の花火は上がらなかった。

「終わったか」

 祭りの余韻と辺りの静寂を打ち破るようにルベウスが短く呟いた。

 花火って見ている間はとても楽しいのに、終わってしまうと楽しかった反動なのか、妙に寂しくなってしまうよね。

「次の計画ではとある人物と君を引き合わせる。そこでのやり取りがうまくいけば、君とイヴリン嬢はさらに接近できるだろう。……それじゃ、僕は魔研に戻る。手筈が整い次第、連絡するよ」

 私が黙って頷くと、ルベウスは白衣を翻して東屋から立ち去っていった。



 ルベウスは間違いなく変人の部類に入る人間だ。

 けれど、考えなしにはちゃめちゃな言動をしているわけではないし、むしろ引くくらい綿密に計算して事を進めているようだ。

 そんな彼が打ち立てた、謎だらけの計画。内心、ルベウスのことは信用しきれてないけど……背に腹は代えられない。

 たしかに、イヴリンの存在は気になるけど、目下この世界での私の役目が破魔の力にあることは変わりない。結局、その破魔の力についての調査が手詰まりだから、藁にもすがる思いでルベウスの計画に協力するしかないんだよね。


 夜風に当たっていたせいで体が冷えてきた。私は身震いをして教会の自室へと歩き始める。

「……これって、いいようにルベウスに利用されているだけなんじゃ?」

 悩みながら歩いていると、思わず心の中の呟きが声になってしまった。


 はてさて、私の第二の人生は一体どこに向かっているんだろう……?

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