第16話 交差する世界1
女神教会に戻る頃には夜の帳も下り始めていた。
正門から礼拝堂へ向かうと、そこには悲痛な表情をしたアルストとロメリアが立っていた。
二人は私に気付くとべそをかきながら駆け寄って、そのまま抱きついてきた。
「コランダァ~!アタシたち、ほんとに心配してたんだよ~!!」
「僕たち、人ごみをかき分けてコランダに近づこうとしたんだけど、どうしてもそばに行けなくて……そのうち見失っちゃったんだ」
「オミナ様にもルー様にも言われてたのに……守れなくて、ごめんなさい」
しゅんと頭を垂れて小さくなる二人。そんな二人を見ていると胸が痛んだ。
「ううん、私の方こそ二人を守れなくて、ごめんなさい。二人とも小さいんだから私の方が気を付けなきゃ、簡単にはぐれてしまうことは予想できたのに……」
結局、三人とも謝罪し合って、しんみりとした空気が漂った。
そんな湿っぽい雰囲気を壊すかのように威勢のいい声が響く。
「コランダ!無事だったのね!」
「オミナさん……お騒がせしてしまい、すみません。ただいま戻りました」
「えぇ、無事なら良いのよ。でも、その服はどうしたの?」
「あ、あぁ、これは……」
改めて自分の姿を見ると、予想以上に服がボロボロに切れていた。この格好のまま街を走ってきたのだと思い返すと顔を覆いたくなるほどに。
さすがにオミナさんには事情を説明しないとね。礼拝堂の椅子に腰かけ、私はところどころかいつまみながら、今日の出来事をオミナさんに伝えた。
パレードを見ていたらはぐれてしまったこと。教会に帰る途中で宝飾店強盗の犯人を見つけてしまったこと。犯人を追ったらあえなくバレて、親切な通りがかりの人に助けてもらったこと……等々。
案の定、犯人を追いかけた点はキツめに怒られた。そして、助けてくれた親切な人について、とても気になっている様子だった。
「きっと明日の新聞に載るでしょうから、そこでわかるかしらね」とオミナさんが言っていたので、私の説明はそこでキリよく終わった。
それじゃ、次はルベウスと話そう。私は立ち上がって周囲を見渡す。人のいない静かな礼拝堂にも、祭りの賑やかな音がかすかに届いているようだ。
「あの、ルベウスとも話がしたいんですが、彼は教会にはいますか?」
「ルベウスなら来ているわよ。……行く前にこれを羽織っていきなさい」
オミナさんは着ていた上着を脱いで私の肩に乗せた。
そっか、今の私は散々な格好をしているものね。でも、自室で着替えるより先にルベウスと話をしておきたい。
「外は冷えるわ。風邪なんて引いちゃ駄目よ?」
オミナさんはそれ以上何も言わず優しく微笑んでいる。外ってことは、一体ルベウスはどこにいるんだろう?
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・
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「――ルベウス」
私は外灯に照らされながら一人立ち尽くす男性――ルベウスに声をかけた。
ここは教会の敷地内の端にある墓地。
辺りは外灯がついていても仄暗く、礼拝堂よりも祭りの喧騒が大きく聞こえる。
「やっと来たか。早く結果を報告してくれ」
ルベウスは白衣のポケットに両手を突っ込んだままこちらへ振り返る。はっきりとは見えないけど、笑っているのかもしれない。
彼が歩き始めたので後をついて行くと、墓地の隅にある東屋に来た。私とルベウスはそのベンチに腰を下す。どうやら、ここで件の報告をしろということらしい。
ちなみに、ルベウスがさっきまで立っていた場所は、彼の両親と妹が眠っているお墓の前だ。
ここに来る前にオミナさんがこっそり教えてくれたのだ。……オミナさんって、ルベウスの行動は何でもお見通しなのかしら。
よく見ると、お墓の前には花束が添えられていた。ルベウスが置いたものなのかどうか、そんなことを聞ける雰囲気ではなさそうだ。
「まぁ、報告と言っても、僕は君にどんな事が起きたのか知っているんだ」
「……はぁ」
私は何も言っていないのに、ルベウスは勝手に喋り始める。
「君のその恰好を見れば、事が起こったのは明白。だから、君は僕の質問に答えてくれるだけでいい」
向かいに座ったルベウスは両腕を組んで私を睨む。私はオミナさんから借りた上着をぎゅっと握りしめた。
やっぱりそうか、と私は思った。ルベウスは全てを知っていて、私を動かしたのだ。
それならどうしてと、私が口を開こうとするもルベウスの方が先に言葉を発する。
「たしか……君がパレードを見ていると、冒険者ギルドのユギトが現れたはずだ。君は彼と偶然にも目が合って驚いたが、いつの間にかアルストとロメリアとははぐれて一人になってしまった。
しかたなく一人で帰ろうとした時、不審な二人組の男を見かける。無謀にも君はそいつらを追いかけて行った。……違うかい?」
ルベウスはどこまで知っているんだか、眼鏡をクイと持ち上げながら喋りだす。そして、まるで答え合わせをするかのように事実確認してくるので、私はたどたどしく正解を伝える。
「そ、そうだよ。二人に聞いたの?」
もし、先に教会に戻っていたアルストとロメリアから話を聞いていたのなら、はぐれたところまでは知っていてもおかしくはない。
だけど、私が一人になってからの行動……犯人を追いかけて行ったのは、どうして知っているんだろう?
「君は不審な男たちを追いかけて路地に入った。そして、運よく彼らを追いつめた。ところが、君は不審な男たちの強力な魔法によって窮地に陥ちってしまう」
「………」
私はポカンと口を開けてしまった。
うっそぉ!どこかに隠しカメラでもあったの? というか、そこまで知ってたのなら忠告とか警告とか……いや、行かせるなよ!?
「危ない!っと、そこで颯爽と助けが入る。ここで、ニビル様のお出ましだ。彼はあっという間に不審な男たちを打ちのめした後、怯える君をなだめるように頭をそっと撫でる。優雅で紳士的な仕草、それはまさに王子様そのものだ。……しかし、間もなく君は彼の魔法によって路地の入口に飛ばされてしまったわけだ」
演技がかった喋り方と大げさな身振りで、ルベウスは私の行動を言い当てていく。
あの時、混乱していた私は“ニビル”という人物が、何者なのか思い出せなった。
容姿は知らずとも、国民ならその名前くらいは知っているだろう。
現ルサジーオ王のご子息、ニビル・ルサ・メソテース……魔研にまでファンクラブができるという噂の王子様だ。
「まぁ、色々と言いたいことはあるだろうね。けど、その前に今の僕の説明の中に間違っていた点はあるかな?それだけ教えてくれよ」
言いたいことを全て言い終えたらしいルベウスは、ドヤ顔で私に返事を促してくる。なんかちょっと腹立つ。
「……ほとんど正解。ただ、ちょっとだけ違うところがあった」
ふんぞり返った態度のルベウスの鼻をあかしてやろうと、私は意地悪く笑みを浮かべて言った。
すると、ルベウスは思い切り前につんのめってショックを受けていた。わっかりやすい反応だな~。
「ピンチに陥った私を助けてくれたのは、王子様じゃなくてイヴっていう女の子だったの。王子様はイヴの後から来たんだ。……頭は撫でてくれたけどね?」
私の言葉を聞いたルベウスは固まってしまい、しばらく動かなかった。
おおーい、大丈夫ですかー?
心配になった私がルベウスの顔を覗き込むと、ルベウスは静かに笑っていた。
「ククッ………フ、ハハハ………アーッハッハ!!」
静かに笑っていたのは最初だけで、最終的には見事な三段笑いになっていた。すごく悪役っぽくて似合ってるけど、怖い。
「これは嬉しい誤算だ!自ら顔見せに出向いてくるとは。……ククッ、笑いが止まらないねぇ!」
悪役っぽいというか、今のルベウスは誰がどう見ても悪役、いや、邪悪な人だー!
「どういうこと?何か企んでるの!?」
「やだなぁ、何か企んでいるのはイヴリン嬢の方さ。僕は彼女の企みを暴きたいだけで、君にはその手伝いをしてもらいたいんだ」
「えぇっ!?」
まさかの展開だ。悪役はイヴ――イヴリンの方だというの? それに、なんでルベウスは彼女の素性まで知ってるの?
「僕が君の行動を知っていたのも、イヴリン嬢の予知によるものなんだ。彼女は未来の出来事を知っていて、それを本にしたためているのさ。僕はその本の中身をちょーっと見させてもらったことがあってね」
「よ、予知能力!?」
混乱のあまりさっきから叫びっぱなしだ。うむむ……あの時はそんな悪い子には見えなかったし、予知能力を持っているだなんて全く気付かなかった。
前世でも占いとか予知夢とか、そんなオカルトチックな話は聞いたことがあったからね。イヴはそういう能力や魔法に長けているのかしら。
「ククッ……ようやく僕にも運が向いてきたな。では、さっそく次の計画に移ろうか」
「ちょ、ちょっと!私は手伝うなんて一言も」
「前にも言ったはずだ。これは君の今後にも影響する話なんだよ。破魔の力に関する情報が得られないまま、無益な日々を過ごしている君に、他の選択肢はない」
「う……」
私が反論する隙もなく、完膚なきまでに言い負かされてしまった。ルベウスはそこまで状況を把握していたのね。相変わらず、恐ろしい奴だ!
それにしても、そこまでイヴに執着している理由もよくわからない。
ルベウスは面識があるような口振りだし……一体、二人はどういう関係なんだろう。
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