第15話 祭りの日3

「――まるで迷路ね、これは」

 大通りでの喧噪が嘘のように思えるこの路地は、建物と建物の隙間を縫うように複雑に分岐していた。


 街灯らしきものは見当たらないけど、日の光は差し込むことがあるのか、頭上には洗濯物が干されていたりする。

 見たところ、近隣住人用の通路といった感じなので、誰かに話を聞ければ脱出はできそう。


 でも、今はパレード中だからか人っ子一人いない。

 反射的に突撃したまでは良かったものの……この後、どうしよう?

 悠長に散歩してる場合じゃないし、早く犯人を追いつめて……追いつめて、どうしよう?


 今更ながら私は頭を抱えた。

 無謀すぎる。せめて、アルストとロメリアがいれば事態は違ったかもしれないのに。


 ……と、とにかく。反省は後にしてまずは移動しよう。

 ここまで来たんだもの。追いつめるとまではいかなくとも、犯人の足取りとかアジトとか動かぬ証拠とか、運よく見つけられるかもしれない。


 私は気を取り直して早足で歩き出す。

 こういう迷路では右手を壁について……うん?左手だったかな?どちらか片手をついて歩くと出口に出られる……はず?



「あっ!?」

 私が勘と運頼みで迷路のような路地を抜けて、また別の路地に入ると視界の先に人影を捉えた。


「嘘でしょ……?」

 なんと!こちらに向かって駆けてくるのは、犯人二人組だった。

 運が良いんだか悪いんだか、追いかけていたはずの私が先回りしてしまっていたらしい。


 どういうわけか、犯人二人組は時折後ろを振り返っているので、別の誰かが追いかけているのかもしれない。

 咄嗟に私は犯人二人組がこれ以上先に進めないように路地の真ん中で両腕を大きく広げて立った。

 やがて、進路上に障害物が立っていることに気付いた仮面の男性が足を止めた。そして、わざとらしい笑みを浮かべて話しかけてくる。


「やぁ、嬢ちゃん……ってさっきぶつかってきた奴じゃねぇか。こんなところまで追いかけて、因縁つけようってのかい?」

「ち、違います!強盗犯を捕まえるために、追ってきたんですっ!」

 私は両手を広げたまま声を張り上げた。

 それなりに声量は出たけど、震えていた上に裏返っていた。ついでに膝も若干震えている。


 我ながら大それたこと言ったものだ。しかし、私の言葉を聞いた犯人二人組は、明らかに動揺していた。

「チッ……いつかバレるとは思っていたが、こんなに早いとはな。さてはお嬢さん、自警団の回し者か?痛い目に合いたくないならそこをどきな」

 私は首をふるふると左右に振った。

 もうこうなってしまった以上、一歩も退くことはできない。


 仮面の男性はゆっくりと懐から短杖を取り出す。もう一方の小柄な青髪の男性はしきりに後方を気にしている。

 対して、剣はおろか一切の魔法が使えない私。

 とりあえず、ファイティングポーズをとって牽制すると、腕についた水風船が空気を読まずにボヨンと跳ねた。


「フッ、杖すらいらねぇ相手ってことかい……なら、望み通りに切り刻んてやるよ!」

 あぁーっと!牽制じゃなくて挑発になってしまったー!?

 仮面の男性が私に向かって杖を突きだすと、ビュウと低く唸るような音がして細い路地に突風が吹き荒れる。

「ヒィーーー!?」

 私は吹き飛ばされないように両脚に力を入れ、胸の前で構えていた両腕を交差させて顔を覆った。



 たしか、ルベウスが言っていた。

 私につけられた腕輪は内外部の魔力を遮断する、と。

 きっとこの腕輪のおかげで宝飾店での目くらましも私だけは防ぐことができたのだ。


 そういうわけで、私に使える武器はこの腕輪しかない。

 武器と言っても防御しかできないし、前回は一瞬の魔力だったから防げたのであって、今この状況……強風に曝され続けてどこまでもつのか。


「痛っ!」

 腕輪のおかげか向かい風の中でも立っていることはできる。しかし、問題はその風で生み出されたかまいたちの方だ。なす術もなく、服や腕など体中に細かな切り傷が刻まれていく。


 体の都合上、痛みはあっても血は出ないけど……腕につけていた水風船が大きな破裂音を立てて無残に散った。中に入っていた水と一緒にキラキラと光が舞い飛ぶ。


 このままでは押し負けてしまうだろう。しかし、少しでもここで時間を稼げれば……!



「――そこにいたのね! 男二人がかりで女の子をいじめるだなんて……恥を知りなさいっ!!」


 凛とした女性の声が路地に響き渡る。

 両腕で顔を覆っていた私にはよく見えないけど、「兄貴!」という小柄な男性の声がすると暴風も止まった。

 

 おそるおそる、腕輪の防御を解く。声がした方を見れば、驚きのあまり固まっている犯人二人組の頭上に、大きな水の塊――球体が浮かんでいた。

 やがて、水の球体はぐにゃりと形を歪め、真下にいる二人に向かって轟音を立てて滝のように流れ落ちた。

 このまま路地も水浸しになるかと思いきや、流れ出た水は私の下へ届く前に消え去っていった。


 滝のような水が消えると、その場にはずぶ濡れになった犯人二人組が倒れていた。……たぶん、気絶してるだけで死んではいないと思う。


「……フン!逃げ足しか取り柄のない奴らね!」

 犯人を挟み撃つ形で私と向かい合う、一人の女の子。片方の手で短杖を掲げ、もう片方の手を腰に当てて仁王立ちで犯人を見下ろしている。

 

 私は、彼女の登場を待っていた。……というのは半分くらい嘘で、本当のところは兵士さんが追いかけていると思っていたので、予想外の人物の登場に内心驚いている。


「貴方、大丈夫?怪我は?」

 声色から女の子と判断したものの、ローブについたフードを目深に被っていて本当の姿はよくわからない。私よりも少し身長が高く、歳は十代の半ばか後半くらいだろうか。

 女の子は私の元へ駆け寄って心配そうに見つめてきた。

 

「大丈夫です!ピンピンしてます!」

 私は近づいてくる女の子からバッと身を引いた。うっかり傷口を見られたり、血が出ていないことに気付かれてはいけないからだ。



「――イヴー? どこ行ったのー?」

 私があたふたしていると、女の子がやってきた方角から男性の声がした。

 

「ニビル!?んもぅ、遅すぎるわ!これは貴方の“イベント”なのよ!?」

 女の子は声の主を知っているのか、地団太を踏みながら路地に現れた男の子を睨んだ。


 落ち着いた口調だったので年上かと思いきや、よく見ると二人とも同じくらいの年恰好のようだ。

 そして、やはり男の子もフードを被っている。でも、二人とも思い切り名前で呼び合っているあたり、本気で隠し通す気はないんじゃないかな。


「イベントって……何言ってるんだい? 僕は君が勝手にどこかに行ったって、メイドから聞いたんだ。ユギトも探し回ってたよ?……全く、もっと淑女としての自覚を持って行動してくれないと」

「あーあー!お説教なんて聞きたくないわ! 私は人助けをしていたのよ?……ほら、そこの可愛らしい上に勇敢で賢明な女の子を見て頂戴っ!」


 突如、二人の視線が一斉に私に向けられる。それまでぼんやりと二人のやり取りを眺めていた私は驚いてビクッと体を震わせた。

 えっと……色々と気になるワードが飛び交ってたけど、それって私のことだったの? もう、何がどうなってるんだか……!



 どことなく優雅な歩き方で、“ニビル”と呼ばれた男の子が私に近づいてくる。途中、水浸しで地面に伸びている犯人二人組を見つけると、口をへの字にしていた。

 

「怖かったでしょう。でも、もう大丈夫です。見ての通り、暴漢はイヴがやっつけてくれたみたいですからね」

 品の良さそうな男の子はスラリと背が高く、フードの下から癖のある金色の髪と、澄んだ青空のような瞳が覗く。そして、私の緊張を解くかのように穏やかな口調で、ふんわりと私の頭を優しく撫でた。


 思わずぼーっとしていると、やや離れた場所でイヴと呼ばれた女の子がこちらをうっとり……いや、ねっとりと眺めていた。

「ドゥフフ……すっごい、スチルと同じだわ……カメラ持ってくればよかった!」

 ニヤニヤ笑いながらブツブツ呟いている様子は、傍から見るとかなり不気味だ。

 というか、さっきまで堂々としててカッコ良かったのに、どうして第三者視点になってるの!?しかも、呟いている内容が丸聞こえだし……変わった子だなぁ。



「――さて、こいつらの後始末は僕らでするとしよう。君は早く傷の手当をするといい」

 マントの裾を翻して、ニビルと呼ばれた男の子がくるりと私に背を向けた。

 彼は片手に持った短杖を頭上に上げ、小さな声で呪文を唱え始める。


 ニビル、かぁ……最近どこかで名前を聞いたような気がしなくもないんだけど………あっ!


「あ、あの!貴方はもしかして」

 私が話しかけようとした瞬間、目の前が光に包まれた。



 閉じていた目を開けると、私は先ほどの路地ではない別の場所に立っていた。

 おそるおそる周囲を見渡してみたところ、どうやらここは路地に入る前に歩いていた通りのようだ。


「今のは……転移魔法?」

 私は教会に向かって歩き出しながら独り言ちる。


 以前使用した魔研の魔法のソファは、いくつかの地点に瞬間移動できるものだった。

 しかし、先ほど男の子が発動させた術は、あらかじめ指定した地点に瞬間移動できる高位魔法だ。

 大方、路地に入る前に着地点を指定しておいたんだろう。

 自分には関係ないだろうと真面目に読んでなかった高位魔法の本の情報がこんな風に役に立つとは……。何事も勉強しておくものだね。


 それにしても、いとも簡単に高位魔法を使いこなすなんて、あの男の子は只者ではない。そして、おそらく、あの女の子も。


 どうやら、ルベウスの言っていた「何かが起きる」は、本当に起きてしまったようだ。

 それが良いことなのか、悪いことなのか。早いところルベウスにも報告しなくては。


 私はところどころが破れた服のまま、駆け足で教会へと向かった。

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