第14話 祭りの日2

「コランダ~!」

 オミナさんと二人で礼拝堂の掃除をしていると、どこからともなく私を呼ぶ声が聞こえた。

「あら、二人ともおはよう」

 アルストとロメリアが駆け寄ってくる。二人は元気よく私とオミナさんに挨拶をした。


「今日でお祭りも終わりだね。ルー様には今日のパレードの時は特に気をつけろって言われたけど、どういう意味なのかなぁ」

「うーん……一番人が多い時だから、迷子にならないように気をつけろってことかしら?」

 私以外の三人は首をかしげているので、ルベウスの思惑については何も知らないのかしら。


 あの時のルベウスの言葉が本当なら、パレードの時に何かが起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。

 ……うん。そんなこと言われたって、結局私にはどうすることもできないからね!とりあえず、普通にパレードを楽しもう!


 アルストとロメリアをお供に引き連れて、オミナさんに別れを告げた私は、意気揚々と街へ繰り出すのであった。



 アルストとロメリアにがっちりガードされながらやってきた大通り。

 祭りの最終日、目玉であるパレードが行われるということで、初日と二日目よりも格段に人が多い。


「はぐれちゃダメだよ~」

 左右の二人とは手を繋いでいるので横並びで歩くのは大変だ。それに、二人とも背が小さいので大人たちに混ざると見えない時がある。


 私を守ってくれているのはわかるけど、どっちかというと私が気にかけてやらないと、小さな二人はあっという間に人の波に流されてしまいそうだ。


 実際のところ、初日と二日目は出店や街の飾り付けを見て回る程度だった。しかし、今日だけは違う。

 教会を出る際にオミナさんにお小遣いをもらったので、このお金を使ってアレとかコレとかを買うのだ!


 まずは、出店で売られていた見たこともない果物を買って食べる。

 カットした上に魔法で冷凍されているのでシャリシャリ触感!うーん、冷凍パイナップルみたい。

 アルストとロメリアの分も一緒に買ってあげたら喜んで食べていた。精霊だった時は食事の必要がなかったので、人間の体を得たことで色んなものが食べられて嬉しい、と果物を頬張りながら二人が話してくれた。

 まぁ、正確には人間の体じゃなくて、人間の形をした魔物の体なんだけどね。その点は二人とも全く気にしていないみたいだった。



 お腹も満たされたところで、上機嫌で出店を見て回っていると、雑貨を売っている出店で見知ったものが売られていた。


「あれ?これって水風船?」

 水風船、水ヨーヨーだ。特別面白い玩具でもないのに、小さい頃はこれをよく欲しがっていた気がする。

 今は時期的に夏祭りでもないけど、普通に売られてるものなのかしら。私は水風船に結びつけられた輪ゴム部分を持ち上げ、物珍しそうに眺めた。


「わぁ、模様が動いてる」

 風船には花柄の模様が描かれており、中に入った水が揺れると同時に模様もふわふわと動いた。

 私が感嘆の溜息をついていると、近くにいた店主が笑いながら説明をしてくれる。


「綺麗な模様だろう?そいつはね、魔法を含ませた水で絵具を溶いていて、それで描いた絵は中の水に反応して動くんだ」

「はぁ~」

 魔法の原理はわからないけど、魔法の応用力がすごいことはわかった。私はその水風船を一つ買った。ちなみに、アルストとロメリアは水風船にはあまり興味を示さなかった。君たち、食べ物以外に興味ないの?



「あ、ほら!パレード始まってるよ!」

 輪ゴムを指にかけて、ボヨンボヨンと水風船を叩いていると、不意にロメリアがどこかを指差して声をあげた。

 あ、そうか。今日はパレードを見に来たんだった。本来の目的を忘れかけそうになったところで、出店が集まった一画から離れた。



 魔法駆動パレードでは、その名の通り魔法で動いている台車や、腕に覚えのある魔法使いが華やかな魔法を振りまいて行進をする。

 花雨祭の趣旨に合わせて、季節の花や水を使った魔法が多いけれど、観客に危険が及ぶようなものでなければ、特に魔法の種類に決まりはないみたい。


 このパーレドは国内外に魔法技術をアピールする狙いもあるので、最新鋭の魔法技術が使われていることが多いんだとか。

 ちなみに、どれが最新なのか見分けのつかない私は、どの魔法を見てもワーワーとは歓声を上げていた。魔法ってすごいなー。



「キャ~ッ!ユギト様~ッ!!」

 様々な団体がパレードに参加している中、ひと際大きな歓声を浴びている団体があった。――冒険者ギルドだ。

 どうやら、冒険者ギルドのパレード集団の中に、“銀の貴公子”が現れたらしいのだ。


「ほぉー……あの人が例の貴公子さんね」

 周囲の観客、というか女性陣から甲高い声が飛び出した時、すぐに事態を把握した。

 銀の貴公子は「ユギト」様というお名前らしい。魔法使いの行列……その後方に護衛のように後をついて歩く、彼がそうなのだろう。


 銀の貴公子という異名に恥じない凛とした佇まい。月光を思わせるような艶やかな銀色の髪。輝く黄色の目は切れ長で、見る者に冷たい印象を与える。

 もちろん、予想通り容姿端麗。それに、さすが冒険者ギルド所属というか、意外と体つきもしっかりしている。


 任務中であろうユギト様は腰に細身の剣を下げていて、警戒しているのか誰かを探しているのか、きょろきょろと周りを見渡している。

 私が大勢の女性ファンたちの間から顔を覗かせて、ユギト様を芸術品を鑑賞するかのように見つめていると、不意にユギト様と目が合ってしまった。

「!!」

 思わず息をのんで瞬きをしていると、ユギト様はすぐに反対側へ顔を背けて歩いて行った。


 ……うわー!偶然とはいえドキドキしてしまった!私、変な顔してなかったかな!?

 まぁ、近くにいたユギト様ファンらしき女性も「今、私のこと見た!?」と興奮していたので、願望からくる勘違いという可能性もあるけど。


 冒険者ギルドのパレードに関しては、もはや魔法がうんぬんというより、ユギト様人気で観客を釣っていると言っても過言ではない。



 ユギト様を追うように観客が移動していくと私はその場でほっと一息つく。

「いやぁ、噂通りカッコよかったね………って、あれ? 二人ともどこ行った!?」

 いつの間にか、左右にいたはずのアルストとロメリアが消えていた。


 私は慌てて周囲を見回すが、それらしき二人はいない。せめて、どちらか一人でもいてくれたなら、お互いの位置がわかったかもしれないのに。


 そもそも、手を繋ぐようにしていたはずなのに、途中からその感覚も無くなっていたような?

 たぶん、パレードを見ている時……ユギト様ファンに揉まれて押し出されてしまったのかも。


 元は精霊だといっても体はお子様なんだから、やっぱり私がおんぶや肩車をしていた方がよかったのかな。でも、さすがに二人同時となると無理だしなぁ。

 ふと、自分の片手を見てみると水風船だけはしっかりと手首に固定されていた。ああもう、なんでコレだけは無事なのー!?



「……目的は達成したわけだし、おとなしく教会に戻ろう」

 万が一はぐれてしまった時は、各自で女神教会へ戻るようにと事前に話し合っていた。

 三日連続で街をぶらついているので、教会までの道のりは頭に入っている。大きな通りを歩いていけば迷うことはないはず。


 パレードはまだ続いているけれど、空が明るいうちに帰路についておきたいな。

 暗くなると街の装飾に光が灯って綺麗だし、最終日の今夜は城の近くで打ち上げ花火が上がる。

 でも、それらを街中で見ていたら観光客の帰宅渋滞に巻き込まれそうで怖い。


 よし!そうと決まれば、即行動!早くアルストとロメリアの無事も確かめたいしね。



 私は観客の波を抜けて教会へ向かって歩き出す。……つもりだった。

「うあっ!ごめんなさい!」

 小さな子供を見かけたので思わず目で追っていたら、前方から歩いて来た男性にぶつかってしまった。


 私は謝りながら素早く身を引いて男性の進路を開ける。こんなところで面倒ごとに発展したら厄介だ。ここは先手必勝、渾身の謝罪だ!


「チッ……気ィつけな!」

 相手の男性は私の流れるような謝罪に面食らったのか、バタバタと早足で通り過ぎて行ってしまった。

 

 すれ違いざま、男性の後ろにもう一人小柄な男性がいたことがわかった。

 男性二人組は大通りのパレードには目もくれず、肩から斜め掛けした鞄をしっかりと抱えていた。


 ――明らかに怪しい。というか、私は去り行く男性二人組に見覚えがあった。

 始めこそ気のせいだと思いたかったものの、一人の男性の後ろ姿……その頭には奇妙な仮面がつけられていた。

 

 あんな仮面は祭りの出店ではどこも売っていなかった。しかし、私は同じ仮面をつけた男性を覚えている。

 宝飾店での強盗事件。彼らはあの時の犯人に間違いない。



 思案しながらも足が勝手に教会とは反対方向へ、男性二人組を追いかけるように動き出す。


 ダメダメ!追いかけたところでどうするの?向こうが魔法を使ってきたら敵わないよ?ここは警備の兵士さんに事情を説明して……でも、パレード中だから忙しいし……あぁ、早くしないと!

 様々な戸惑いの言葉が頭の中で浮かんでは消えた。しかし、どんな言葉も動き出した私の足を止めることはできない。


 私は何かに突き動かされるように走り始める。危険だということは頭では理解しているのに、それをねじ伏せるような強い意志が芽生えているのだ。

「何かが起きるかもしれない」というルベウスの言葉が警告音のように頭の中でこだまする。



 先を走る犯人二人組は、周囲を警戒しながら細い路地に入って行く。

 あの路地は入り組んでいるから、迂闊に入ると迷子になるって言われたっけ。アルストとロメリアからの注意を思い出しても、今は守る気にはなれない。


 私は犯人二人組に気付かれない程度の間隔をあけて路地へ足を踏み入れた。

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