第13話 祭りの日1

 キュラシスの街で花雨祭が始まるまでの数日、私は衣食住を提供してもらっている女神教会で働いていた。


 働くといっても給与をもらっているわけではなく、日々のお礼もかねて私が望んでやっている。

 さすがに神事のことはよくわからないので、主に教会の敷地内の掃除などをしている程度だ。


 このオンファロス女神教会で働いている神官は多くはないけれど、みんな信心深くて親切な人ばかりだ。

 彼らは年齢も性別も色々で、神官になった経緯も様々。没落した元貴族とか、前科者とか……皆、あっけらかんと話してくれたけど、聞いた時はさすがに驚いた。


 そして、彼らに共通しているのは、巫女であるオミナさんを敬愛しているということ。

 突然現れて住み込み始めた私に対しても和やかに接してくれるのは、オミナさんが私のことを「身寄りがない子だ」と預かった旨を説明してくれたからだ。

 オミナさんは神官の他に近隣住民からも絶大な信頼を集めているようで、「オミナさんが連れてきた子なら」と無条件で周囲の受け入れ体勢が築かれたらしい。恐るべし、人徳。


 こうして考えてみると、読み書きは不自由なくできるし、算数程度の知識なら前世の記憶が残っている。

 この世界のアレコレは本でも学べるし、私もここで神官になってもいいんじゃない?と思いかけたりして。



 そういえば、掃除をしながら教会の敷地内をウロウロしていると、ひとけのない場所に墓地があった。

 教会というのは女神様へ祈りを捧げる場所であると同時に、死者の供養と墓地の管理をしているんだそうだ。


 この世界では、人は死ぬとその魂が女神様のもとに還る。

 そこで、女神様のところまで迷わず進めるよう道案内をするのが、女神教会の役目でもあるらしい。


 そういうことであれば、教会の利用者は意外と多いのかと思いきや、オミナさんは「信心深い人は多くない」と言っていた。たしかに、ルベウスもそんな雰囲気だったなぁ。

 その理由を尋ねたところ、魔法の発展のおかげで悪魔や妖魔の脅威が薄れ、女神様への感謝や祈りの気持ちも薄れていったからではないか、と教えてもらった。

 巫女であるオミナさんは女神様の声を聞くことができるので身近に感じられるのだろうけど、平凡に日々を生きる人々が女神様の存在を感じる場面はあまりないようだ。



 そして、肝心の“破魔の力”については、本を読んでも人に聞いてもほとんど何もわかっていない。

 最後の正式な転生者、破魔の力が顕現したのも百年以上前のことなので、情報が少ないのかもしれない。


 それにしたって、あっという間に手詰まりになった。戦火や焚書で失われたものも多いとはいえ、意図的に情報が消されているのではと疑いたくなるほどに。

 もし、そうであれば実現可能なのは王族とか大臣とかお偉いさん!?……って、陰謀説唱えても誰も信じてくれるわけないか。


 ちなみに。先代、私の前に召喚された転生者はとても優秀な人だったということだけは歴史書に載っていた。

 その破魔の力は強大だったらしく、力が発動した後の数十年は悪魔が全く生まれなかったのだとか。

 ……まぁ、私が知りたいのは、その威力じゃなくて発動方法だからね。そこについては何も書かれていなかったのでわからずじまいのままだ。


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 そうこうしているうちに、花雨祭は始まった。


 先にオミナさんに祭りに行きたいという旨を伝えておいたところ、アルストとロメリアを連れて行くことを条件に承諾してくれた。

 アルストとロメリアは基本的にオミナさんの下についているのだけど、オミナさん自身が「ルベウスの手伝いをしてほしい」と二人にお願いしているので、ルベウスのいる魔研にいることも多いみたい。



 初日、二日目と街に出てみたものの、特におかしな事件に巻き込まれることもなく楽しく過ごした。


 街はいたるところで花びらが舞い、魔法で作られた噴水が日の光をうけて虹を作り出していた。

 お祭りの屋台では不思議な魔法の玩具や、見たこともない食べ物がたくさん売っていて、足を止める度にアルストとロメリアから注意を受けた。

 いやいや、普通なら君たちみたいな小さい子は、大はしゃぎしてお祭りを全身で楽しむもんでしょ!と反論すると「僕(アタシ)たちは、普通の小さい子じゃないんで」と一刀両断されてしまった。な、なんということ……!


 よくよく聞いてみると、ルベウスとオミナの両方から「コランダのことをちゃんと守れ」と仰せつかっているらしい。

 私、そんなに危なっかしいように見えるのかしら。まぁ、実際強盗事件に巻き込まれたりしてるし、人の多いお祭りでも何が起こるかわからないものね。



 そして、ついにXデー……最終日の朝がやってきた。


 いつもより早く目覚めた私は、身支度をしてから礼拝堂の掃除に向かう。

 この時間帯は参拝者もいないだろうし、オミナさんに挨拶しておこうっと。そう思って礼拝堂に入ると、二つの人影が見えた。


 こんな朝早くから参拝だなんて信心深い人だなぁ、と静かに礼拝堂の端で様子をうかがっていると、祭服を着たオミナさんが奥から静々と現れた。

 二人の参拝者は祭壇の前で恭しく頭を下げた。オミナさんはその二人に向かって長杖を掲げ、低い声で呪文のようなものを唱えている。

 耳をそばだてると、それは悪魔除けの呪文だった。たしか、私の部屋の本棚にあった古めかしい高位魔法の本に呪文が書いてあった、はず。


 やがて二人の参拝者は祭壇から離れ、礼拝堂の出入り口に向かって歩き始める。

 よく見ると、二人は私と同じくらいの年恰好――16か17歳くらいだった。……私は実質0歳なんだけど、それは気にしないことにして。


 桃色の髪を左右二つに結んだ女の子は、暗く沈んだ表情で歩いている。女の子を支えるように並び歩く男の子は、水色の髪を後ろに一つに束ねていて、こちらもツラそうな表情をしている。

 目に涙を溜めた女の子が片手で口元を覆うと、その手の甲にはツタが絡みついたような黒い模様が浮かんでいた。


 それを見た瞬間、私は胸がチクリと痛んだ。なんだかわからないけど、とても嫌な感じがする。

 二人は私に気付くこともなく礼拝堂を去って行った。



「――おはよう、コランダ」

 私はハッとして声がした方を向く。しっかり眠ったはずなのに、二人を見送っていたらなんだかボーっとしてしまっていた。

「おはようございます、オミナさん」

 オミナさんは今日もお綺麗だなぁ……って、あれ?祭服を着ていたはずがいつもの服に、長杖を持っていたはずがホウキを持っている……?


 オミナさんが着替えている間中、私はずっとここで突っ立っていたのだろう。私は苦笑いしながら挨拶をする。

 

「あの、覗き見するつもりはなかったんです。ほんとにたまたまで」

「ウフフ、わかってるわよ。あの子たちには人目を避けてほしいとは言われたけど、本来ここは誰でも出入りできる場所だから」

 ふぅと小さく溜息をつくオミナさん。やっぱり、高位の魔法を使うと疲れるものなのかな?


「それにしても、悪魔除けですか。……女の子の手、あの黒い模様が悪魔と関係あるんですか?」

 ホウキで床を掃きながら私はいつもの調子でオミナさんに質問をした。わからないことは何でも聞いてみないと。

 だけど、その返事はすぐには返ってこなかった。不思議に思って振り返ってみると、驚いているのかオミナさんは固まっていた。

 

「悪魔除けの魔法がわかるなんて、ルベウスは貴方に古語まで覚えさせていたのね。それに、貴方にもあの黒い模様が見えていたの?」

「え?えぇ……女の子が礼拝堂を出る時に、少しだけ」

「なるほど。そうなの……」

 そう言ってオミナさんは俯いて考え込んでしまった。

 

 オミナさんの呪文は聞けば普通に意味が理解できたから、それが古語だったなんて全く気が付かなかった。

 こと言語に関しては、ルベウスの“仕込み”によるものなので、自分自身でも把握していないことが多いのだ。


「あの悪魔除けの魔法は、悪魔を遠ざけるだけじゃなくて、彼女についていた黒い模様――悪魔の呪いを隠す効果もあったのよ」

 オミナさんは言葉を選ぶようにゆっくりと話す。どうやら私には魔法で隠したはずの呪いが見えていたようだ。

 あれが悪魔の呪いだと言われれば、胸に嫌な痛みが走ったのもなんとなく理解できる。

 

「以前は奇病だと言われていたんだけどね。ここ数年で被害が相次いで、悪魔の呪いだということがわかったのよ。 呪いにかかった人間や魔法生物は保持している魔力が激減してしまうの。その上、解呪や治癒魔法も効果が見られないからお手上げ。 それにあの黒い模様……人目に触れるのを嫌がって引きこもってしまう人も多いそうよ」

 妖魔はその依り代だけとはいえ、魔法で倒すことができる。でも、呪いは受けたら最後、回復する見込みはない。

 呪いは妖魔以上に恐ろしいものなのだと、オミナさんは悔しそうに顔をしかめながら私に教えてくれた。


 オミナさんの話を聞いて、私は冒険者ギルドでの出来事を思い出した。

 受付のおじさんが私を見て言った「呪いを受けているわけではない」というのは、そういう意味だったのね。……ホント、失礼なおじさんだよ。



 そもそもが魔力ゼロの私にはピンとこない話だけど、この世界の人たちにとって魔力がなくなるのは死活問題のようだ。

 そして、呪いが悪魔の仕業となると私も無関係ではいられない。

 これ以上被害を広げないためにも、破魔の力を早く見つけ出さないと……!

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