第12話 秘匿3


「それから言語を覚えさせたわけだが、これだけは魂が定着してみるまで成功したかどうかわからない。しかし、こうやって会話して本も読めるあたり、無事に成功したようだな」


 ひとしきり、奇妙な魔物――“シェイプシフター”について語り終えたルベウスは、ふぅと息をついてから私へと視線を向けた。


「ずっと不思議だったんだよね。どうして、私が異世界の言葉や文字が理解できるのか」

 その過程は想像もつかないけど、魂が宿る前に素体そのものに言語を学習させていたのか。どうりで得体の知れない文字でも読めるわけだ。


 でも、そのおかげで感覚や思考は“私”が主導していても、体が“私”の範疇を超えているというか……なんとも不気味な状態なんだよね。


「君の素体ができる前に実験は成功していたから、失敗するはずないとは思っていたよ。アルストとロメリア……あいつらも君と同じ素体を使っているんだ」

「えっ、あの双子が?」

「あいつらは双子ではなく、同一体だ。元は一体の精霊リムシーだったが、妖魔に襲われて死にかけていたところをオミナが助けたんだ」


 ルべウスが言う精霊リムシーというのは、世界に満ちた魔力から自然発生する、意志を持った魔力そのもののような存在なのだそうだ。

 人間や魔法生物に危害を加えるようなこともなく、それぞれ平和的で友好的な関係を築いている。

 とはいえ、それなりの魔力を持つ者でなければその姿を見ることもできない。そんな精霊が襲われたとなると、犯人は妖魔の中でも高位のものだろうとルベウスは推測しているらしい。


 まぁ、アルストとロメリアに関しては人間じゃないだろうと思ってたけど、私と同じように作られた体だったなんてね。



「しかし、次元を越えて呼び出された魂は、並の人間ではありえないような強大な力を放出していた。僕の傑作とも言える素体を、いとも簡単に溶かしてしまうほどに、ね」

「溶かしてって……あの時のこと?」

 通称ドロドロ事件、と私は勝手にそう心の中で呼んでいる。それはこの世界で覚醒した直後、意識がありながらも体がドロドロに溶けた、アレのことだ。


「魂の召喚と融合は僕が作った素体のおかげで成功した。しかし、僕にできたのはそこまでだ。――その後、魂の定着と擬人化はサフィの力なしでは不可能だった。

僕は魔物から素体を造って、そこに転生者の魂を召喚して封じた。そして、サフィの神霊を用いて素体に人間の皮を被せた……っていう具合だな」

 ルベウスはニヤリと底意地の悪そうな笑みを浮かべて私の手首を指差した。


「君につけられた二つのバングル、それは神霊を素体に繋ぎとめている特殊な魔具でね。脆く繊細な霊体を保護するために、内外部からの魔力を遮断する特注品さ。

そのバングルを外せば再び素体が崩壊するか、魂が剥離して魔物に堕ちるか……どうなるか僕にもわからないねぇ、ククッ」

「……はぁ?」

 何やら色々と説明されたけれども、内容がショッキングすぎて、理解が追い付いていない。


 私としては自分は人間だと思っていたけど、体の方は生身の人間的要素が一切ないらしい。所謂、人造人間みたいなもの? 私は思わず肩を抱いて身震いした。


 とりあえず、このバングルを外すと大変なことになるのはわかった。またドロドロになるのは何としても回避したい。



「僕としては、妹の希望とはいえ神霊なんて眉唾物を頼りたくはなかったんだがね。世界平和だのなんだの言って、結局は女神様とやらに良いように使われているだけな気もするしな」

 冷めたような態度というか、どこか自嘲を含んだ口振りでルベウスは話す。


 ルベウスはそれ以上込み入った説明をしなかったけど、サフィーアは転生召喚のために自ら幽霊となることを選んで、挙句に私の体の一部になったらしい。


 サフィーアのおかげで私は生き、私のせいでサフィーアは死んでも生かされて私の中にいる。

 この奇妙な共生関係、首謀者かつ兄であるルベウスはどんな気持ちでいるのか。……彼の苦々しい表情を見れば、ある程度は察しがつく。


 しかし、呼ぶだけ呼んでおいてやっぱり気に入らないからサヨナラ、なんてことにはならないはず。

 むしろ、そこまで犠牲を払って転生召喚を実現させたんだもの。何としてもやり遂げたいことがあるのだろう。


 オミナさんは「破魔の力で悪魔を討つことが転生者の目的」と言っていた。

 でも、ルベウスは女神様に対して懐疑的なようだし、違う考えを持っているみたいだ。



「それで、私は何をするためにこの世界に呼ばれたの? 外に出て妖魔を討てばいいの?」

 私の言葉を聞いたルベウスはフフンと鼻で笑った。そして、私の向かいの椅子に座り、尊大な態度で腕と足を組んだ。

 

「魔法も何も使えない君に、妖魔なぞ倒せるわけがない。そんなことより、手始めに一つ確かめてほしいことがある」

「確かめてほしいこと?」

 私はルベウスの台詞を反芻して首を傾げる。


 思い切り「そんなこと」と切り捨ててしまうあたり、ルべウスは世界平和とか悪魔がどうとかは興味ない人なのかしら。オミナさんの言い分とは全然違うなぁ。

 それに、この世界では当たり前の「魔法も使えない」なんて言われてしまうと、私にできることなんてほとんどないんじゃないかな……うぅ。



「近々、この街で花雨祭という催しが開かれる。君にその祭りを見に行ってもらいたい」

 花雨祭って……今日、街を歩いていた時に聞いた、あのお祭りのこと?

 ぜひとも行ってみたいと思ってたからとても嬉しいけど……確かめてほしいことってそれだけ?


「お祭りのことなら街で聞いたよ。でも、お祭りを見に行って、そこで何を確かめてくればいいの?」

 特に断る理由も思いつかなかったので、私はコクコクと頷いて話の続きを促した。


「それは……まず、行ってみてくれとしか言えない。そこで何が起きるのか、起こらないのか、君に体験してきてほしいんだ」

 ルベウスはやや間を開けてから、歯切れの悪い調子で話し出す。


「お祭りには行ってみたいと思ってたから良いとして。でも、それは私が行かないと駄目なの?ルベウスじゃなくて?」

 花雨祭について確かめたいことがあるのなら、実際にルベウス自身が見に行けばいいのに。わざわざ、私に行ってこいというあたり、何か引っかかるんだよね。

 祭りの裏で何か不穏な計画が企てられていて、それを代わりにお前が偵察してこい!なんて、危ない展開じゃないよね?


「僕が行っても意味がない、絶対に君でなければ。……いきなり妙なことを言いだしたと思ってるだろうが、これは君の今後にも影響する話なんだ」

 片手で眼鏡をクイッと持ち上げてルベウスは私を睨む。その様子からは並々ならぬ圧を感じる。これは私へのお願いっていうより、命令って感じだ。


「わ、わかった。お祭りに行けばいいのね」

 この状況で肯定以外の返答をしたら何されるかわからない。それに、まだルベウスへの恐怖や警戒心が薄れたわけじゃない。


「祭りは三日間行われる。君はその最終日のパレードを見に行くんだ。他の日では可能性が低い。一応、アルストとロメリアもついて行かせるとするかね。護衛くらいにはなるだろう」

 良かった。一人だけで行けっていうわけじゃないのね。あの二人がいれば少しは安心だ。……というか、護衛が必要になる展開が待ってたりするの?


 

 ルベウスは何が起きるか知っていて、その上で私に行かせようとしているとしか思えない。

 そんな気持ちが顔に出ていたのか、ルベウスは口角だけを上げて妖しく笑う。

「なに、心配する必要はないよ。僕の読み通り、この世界がルールに従って動いているのなら、君は無事に帰ってこれるさ」

 私が引きつった笑みを浮かべているとルベウスがゆっくり立ち上がる。


「当日、僕は魔研にいるが、パレードが終わり次第ここに……女神教会へ向かおう。君はその時、結果を報告してくれ。――ということで、僕からの話は以上。それじゃ、よろしく」

 ひとしきり話すだけ話してから、ランプを片手に一人で地下禁書庫を去ろうとするルベウス。


 私が慌てて声をかける前にこちらに振り返って一言、

「あ、そうだ。オミナからもらった護符の最後の一枚。アレがないとこの通路から出られないから」とだけ言い残してさっさと出て行ってしまった。


 忠告はありがたいんだけど、それなら一緒に帰るっていうことはしないんですかね。私は一人、溜息をつくしかなかった。



 どこまでも我が道を行くルベウスと、この先うまくやっていけるのか……あまり自信はない。

 でも、少しずつでもいいから、私のすべきこと、できることを見つけていきたい。


 私の中にいるという、サフィーアの意志を無駄にしないためにも、何か行動を起こさないと。

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