第11話 秘匿2


 私はオミナさんの指示に従って、一人で教会の地下へと続く階段を下っていた。


「道、間違ってないよね?」

 間違うも何も一本道なんだけどね。オミナさんから借りた魔力式ランプのおかげで明かりがあるとはいえ、真っ暗なのでうっかりコケたりしないか心配になってくる。


 目指すは地下禁書庫。

 とにかく厳重に封印されている場所らしく、オミナさんからは魔法式ランプと一緒に三枚のお札のようなものをもらった。


 ランプは道中の明かり、複雑な紋様が描かれた三枚の紙の札は全て鍵として使われる。ちなみに、既に一枚の札は使ってしまった。

 教会には空き部屋が多いと言われていたけど、その中の一部屋に地下へと続く階段が隠されていたのだ。

 階段は魔法で視認できないようになっていて、部屋の床に札を近づけると魔法が解除されて現れる、という手の込んだ仕組みだった。



「……ここかな」

 ひんやりとした壁を伝って歩いていくと突き当りに扉が見えた。

 その扉に二枚目の札を押し付けるとたちまち扉は消えて、代わりにたくさんの本棚が視界に飛び込んできた。


 ここが地下禁書庫だろう。暗くて寒い通路とは打って変わって、暖かな明かりが灯る地下禁書庫は、意外と落ち着ける場所のようだ。

 地下で厳重に保管されるくらいだから、ここには古い文献や重要な書類が置いてあったりするのかな?



「ははぁ、オミナさんが言ってた通りね」

 あまり広くはない部屋なので、目的の人物を見つけ出すのは容易だった。


 テーブルに本を積み上げて、その前で椅子に座り……眠っている、ルベウスだ。

 見れば、開いた本を顔に乗せて器用に眠っている。近づくとかすかに寝息が聞こえてくる。たしか、日中は学園の近くで見かけたけれど、その後は教会に来ていたのかしら。



 オミナさんには「叩き起こして」なんて言われたものの、こうして寝ている姿を見ているとさすがに気が引ける。

 うーん、なるべく穏便に起こしたいな。とりあえず、アイマスク代わりにしてる本を取ってしまおうか?

 私はルベウスの顔に乗った本を掴もうと手を伸ばしたけれど、手が届く前に本はドサリと床に落ちてしまった。


「なっ……!」

 突然、ルベウスが起き上がったと思ったら、そのまま伸ばした私の手首が掴まれてしまったのだ。

 ……いやいや、私は何もしてないでしょ!?


「――捕まえた。なぜ、僕から逃げる?」

 ルベウスの赤い瞳が近づいて、私を射抜くように睨んだ。低く、どこか悩ましげな声は、私の足をすくませる。


 はっひィー!?無駄に艶っぽい声と綺麗な顔で凄まれると恐怖も倍増だー!というか、眼鏡は?眼鏡はどこ行ったー!?

 ……と、悲鳴を上げそうになるのをグッと堪える。

 正直、このまま取って喰われるんじゃないかってくらい怖い。だけど、これはたぶん寝ぼけてるんじゃ? 視点が定まっていないし、言動も意味不明だし。


 私はルベウスからの圧力に負けじと精一杯の虚勢を張って睨み返す。

「に、逃げるわけないでしょう?いい加減、目を覚ましなさい!」

 本当は貴方のせいで逃げ出したい気持ちで一杯ですけど。こういう時は視線をそらした方が負けだからね!


 私はルベウスの頭の上に乗っかっていた眼鏡を、自由がきく片方の手でストンと目元に落としてやる。すると、ハッとルベウスが両目を見開いた。

 と、同時に掴まれていた手首が解放される。私は膝から力が抜けてしまって、へろへろと近くにあった椅子に座った。眼鏡あるあるか~!?


「んー……なんだ、君か?どうしてここにいる」

 おいィ!?人の手を掴み上げておいて、その腑抜けた第一声が「なんだ」とはないでしょう!?

 自分が何をしたのかわかってないのかな。もしかして、オミナさんが叩き起こすと言っていたのは、ルベウスの寝起きが悪いから?

 あー……やっぱりオミナさんの言う通りにしておけばよかった……!



 私はわざとらしく咳払いをして片手の包帯を解いた。

 まだ少し顔が赤いかもしれないけど、そんなことルベウスは気にしないだろう。


「オミナさんにここにいるって聞いて来たの。私の体について、知ってること教えて」

 ムスッとした態度で手のひらを突き付ける。ルベウスが眼鏡の位置を正しながらそれを見つめて笑い声を上げた。


「クククッ……その程度じゃ死にはしないから安心するんだな。しばらく放っておけばじきに治るだろう」

 え、今、何か面白いことあった? 私が聞きたいのはどうしてこんな事態になっているのかってことなんですけどー!?

 言いたいことが多すぎて口をパクパクさせている私を見て、ルベウスがまた笑う。


「君だって薄々感づいているんじゃないか? 君のその体は人間のものじゃあない。もちろん、死体を繋ぎ合わせたような低級素体でもない。――君の素体は、魔法生物から作り上げた特別な素体だ」

 ……うん?魔法生物って魔物のこと? ルベウスの言う通り、ドロドロになった時点で人間ではない可能性は感じていたけれど、まさか……。

 ルベウスに掴まれた手首をさすりながら、ぼーっとしそうになる頭を左右に振る。



「君が前にいた世界は知らんが、こっちじゃ人間に化ける魔物がいるんだ。そいつを使って魂の器――素体を作ったってわけ。

なんせ正規の転生召喚はできないご時世でねぇ。術式を組んで一から体を作るのは時間がかかるし、バレたら何言われるかわからないからさ。そういうことだから、魔物の力を拝借したんだよ」

「……はっ?えっ? ……それじゃ、私は、魔物ってこと!?」

 絞りだした声は情けないほどに震えていて、自分でも驚いてしまう。


 人間そっくりに見えても、魔物だったなんて……もし、これが街の人なんかに知られたら!?

 ……あれ。でも、今日普通に街に出て、普通に人と会話できてたな。みんな意外と気付かないものなのかしら。


「まぁ、体は魔物だな。だが、魂は人間だろう? 要は気の持ちようだ!」

 いや、その理屈はおかしい。人の気も知らないルベウスはケラケラと笑って、足元に落ちた本を拾いながら話す。

「君が魔物だと気づかれて狩られることはあり得ない。なぜなら、サフィの霊体――神霊が憑いているからな」


 ――ルベウスの妹、サフィーア。彼女の名前を聞くのは何度目だろう。

 神霊としてこの世界に留まり続け、私を死の淵から呼び戻し、私の中にいるという不思議な少女。彼女のおかげで私はこの世界に存在できるのだ。



 私が俯いて黙っていると、ルベウスは立ち上がってテーブルに積まれた本を片付け始めた。


 サフィーアの話……ルベウスは何ともないように見えるけど、本当はどう思っているんだろう。

 なんだか聞きづらくなって、その先を促すことができずに、私は座ったままルベウスの動きを目で追いかけていた。


 再びテーブルの近くに戻って来たルベウスは、分厚い本を私に差し出した。

「どうかした?」

「こいつだ。こいつが君の素体の元になった魔物だ」

 差し出された本は魔物の図鑑だった。開かれたページには「シェイプシフター」という見出しに絵や写真が添えられていた。


 図鑑では美女から老人まで、バリエーション豊かに人間を真似る様子が描かれている。その他にも、元々の姿であろうスライムのようなドロドロとした不定形物体の写真があった。

 正直、こんなもの見せられてもあまり良い気分にはならないけど、自分に関する情報ならちゃんと目を通しておかないとね……。



「当然、この魔物をそのまま使ったわけじゃない。こいつを培養、増殖させたんだ。攻撃性を取り除き、特性だけを生かしてね。

 そうそう、実験途中で何匹が駄目にして、無駄に費用がかさんだんだよなぁ。中々高かったんだぞ?君の体は。

 代わりに謎多き魔物の体の構造が解き明かされたわけで、その結果を魔研の妖魔対策班に言い値で売れたから良かったものの……」


 さっきまで寝ぼけていたくせに、眼鏡をキラリと輝かせてルベウスは自身の研究結果について滔々と語り始める。

 元はといえば私が聞いたからだけど、いきなり引くレベルで喋り出したなー。そんな魔物が私の体になってると思うと余計に引くなー。


 それにしても、研究結果を売買って……仮にも王立なのに大丈夫なの、魔研って。



「冒険者は手こずる相手らしいが、案外こいつ自体は単純な作りなんだよ。人間でいう心臓部にあたる核があって、そいつをうまいこと狙えば一発さ。

 ただ、人型に化けるとその核が見つけにくいから立ち回りも厄介だな。一般的な対策としては変身される前に倒すか、変身を解く必要があって……」


 何かのスイッチが入ってしまったらしいルベウスが身振り手振りを交えて解説してくれる。

 うーん、よくわからないけど、とりあえず相槌だけうっておこう。

 


 おそらく、魔研では複数人での研究が基本なのに、たった一人で結果を出してしまうルベウスが他より特出しているんだ。

 加えてこの性格だもの、そりゃあ周りからも妬まれたり疎まれたりするよね……。

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