第10話 秘匿1
私が口を開こうとした瞬間、どこかでキィンと耳障りな甲高い音が鳴った。
驚いて辺りを見渡す。
いつの間にか店内の中央に、羽の生えた野球ボールほどの球体が浮かんでいる。
こんなもの、さっきまでなかったはず。なんだろう……嫌な予感しかしない。
球体がもう一度同じ音を発すると、一瞬にして店内は目を開けていられないほどの真っ白な閃光に包まれた。
――咄嗟に片手で顔を覆ったのが幸いしたのだろう。しばらくして私は何度か瞬きをして、視界が開けたことを確認できた。
と、同時にガラスが割れる音がして、次いで落ちたガラスを踏み荒らす音が店内に響き渡る。驚いた私はその場にしゃがみ込んだ。
(ももも、もしやこれは、強盗!?)
私は息を殺して、近くで倒れていた老人の容態を確認する。……大丈夫、息はある。
しかし、あの強烈な光をまともに受けたのなら、しばらく立ち上がれないだろう。
そうこうしている間にも、犯人らしき人物のせわしない足音が近づいてくる。
もし、私に目くらましが効いていなかったとバレたら、彼らは別の方法で危害を加えてくるかもしれない。
私はぶるりと体を震わせて、素早く床に寝そべった。
こんな状況では助けを呼びに店の外に出ることもできそうにない。それに、下手に動いて状況を悪化させるのだけは避けたい。
「……!……!!」
くぐもっていてよく聞き取れないけど、近くで犯人らしき人物の声が聞こえる。
足音の多さや声の調子から、犯人は二人の男性だろうと推測できる。
……ていうか、目くらましを食らわなかったんだから、このまま薄っすら目を開ければ犯人の格好がわかるんじゃない!?
私はじりじりと首を動かして、できる限りの細目で犯人を見上げた。しかしこれ、中々難しいな。
うーん……一人は仮面をしていて表情は見えない。髪色は明るい茶色といったところかな。
もう一人はやや小柄で、バンダナを口の周りに巻いている。瞳も髪も青……? 細目では細部まではわかりそうにない。
犯人二人組は次々と袋にショーケースの中身を入れていく。
やがて、目ぼしいものは入れ終えたのだろう。撤退の合図らしき声がした後は、何も聞こえなくなった。
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「――どうしよう」
犯人が去った後、私は一人で店内で立ちすくんでいた。
カウンターの近くにいたアルストとロメリアの様子も確かめたところ、目くらましのせいで伸びてはいるけど怪我はないみたい。よかった……。
二人がかりで梱包された長杖らしきものにしがみついていたので、きっとこれがオミナさんの杖なんだろう。
同じく店主や職人らしき老人も命に別状はない様子で、とりあえずは一安心。
私はというと、目くらましこそ回避したものの一向に緊張が解けず、しばらく店内をオロオロしていたら、いつの間にか店内に駆け付けた兵士さんに怒鳴られた。
……いや、兵士さんは怒鳴ったわけじゃないんだけど、大きな声だったもので反射的に怒られたのかと思ったんだよね。
どうやら、騒ぎに気付いた近隣住民が街の自警団の兵士を呼んできてくれたみたい。ありがとうございます。
その後は救護の魔法使いさんに治癒魔法を施してもらって、みんなの体調はすっかり回復した。
それぞれが手当を受けている間、役に立てそうにない私は乱れた襟を直そうと左手を上げ……その手のひらに大きめのガラスが突き刺さっていたことに気付いた。
床に倒れた時に刺さったのかな?痛みを感じないからサッパリ気付かなかった。
「……だっ!」
自分で引き抜いてみると、結構な痛みが走った。刺さっている時はわからなかったのに、なんで引っこ抜くと痛いのー!?
「どうしました?お怪我があったのなら私が……」
「だ、大丈夫です、はい」
突然大きめの悲鳴を上げた私を気遣ってくれる優しい治癒魔法使いさん。奥にいた兵士さんは思い切り不審な眼差しを私に向けてくる。
店の外の通行人ですら眩しさのあまり何人か倒れたというのに、私だけは平気な顔をして立っていたのだから不審に思われても仕方ない。
でも、そのおかげで犯人の姿を確認することができたのだから、もっと感謝されても良いのでは……と思ってしまう。
先ほど、私が犯人の容姿について伝えた時は、元々険しめな顔つきの兵士さんが更に表情を険しくさせていた。
兵士さん曰く、先日別の店でも同じ手口で強盗被害があったらしい。
人を傷つけることはないけど、高価なものだけを盗んでは脱兎のごとく姿をくらますので、街の自警団だけでは手に負えないと嘆いていた。
……うーん、私の目撃情報が少しでも犯人逮捕の役に立ってくれるといいんだけど。
私はガラスを引き抜いた傷口を確認しようと視線を落とした。
きっと血が出てるな……消毒薬とかあるのかな……なんてのんきなことを考えていたら、想像を上回る光景が目に入った。
サッと体から血の気が引いていく。本当に驚くと声も出ないんだね。
痛みはあるのに血は全く出ていない。
手のひらの傷口は……傷口らしき箇所は、ドロドロと崩れて陥没していた。
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強盗被害にあった宝飾店は、これから本格的な捜査が始まるとのことで、簡単な事情聴取をされた後は外に追い出されてしまった。
帰り道、手のひらの傷についてアルストとロメリアに伝えると、神妙な表情で「オミナ様に相談しましょう」と言われただけで、それ以上は何も起こらなかった。
以前ドロドロ化した時は、足からあっという間に崩れていったけれど、今回は今すぐ傷口が悪化するようには見えないので、私は少しだけ落ち着きを取り戻していた。
とはいえ、今後どうなるかわからない。治癒魔法使いさんからもらった包帯で手をぐるぐる巻きにして、足早に教会に向かって歩く。
空はすっかり夕焼け模様で、街や人々は柔らかなオレンジ色に包まれていた。
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「ただいま戻りました~!」
教会の礼拝堂ではオミナさんと数人の神官が掃除をしていた。間もなく教会の正門も閉まる頃合いなので参拝客は見当たらない。
アルストとロメリアはオミナさんに駆け寄り、持っていた長杖を手渡した。
「おかえりなさい。三人とも、ありがとうね。本当なら私が受け取りに行きたかったんだけど、急に立て込んでしまって……。それで、街の観光は楽しかった?」
オミナさんは微笑んで長杖を受け取ってその包装を解いた。長杖の先端には月と星を模した煌びやかな装飾がついていて、祭服姿のオミナさんによく似合っている。
一方、おつかいの感想を尋ねられた二人は表情を曇らせ、少し間を置いてから話し始める。
「それが……宝飾店に行ったときに泥棒が入ってきたの!店の人もお客さんも無事だったけど、高そうなアクセサリーがたくさん盗られたんだよ!」
「まぁ!本当!? でも、誰も怪我がないのは不幸中の幸いかしらね……」
たしかに誰も大した怪我はしていない。しかし、私の体には一つだけ普通ではないことが起きている。
アルストとロメリアは困ったように顔を見合わせていたので、この先については私自身が話すことにした。
「オミナさん……これを見てください」
包帯を解いた左手をオミナさんに見えるようにそっと差し出す。
なんとなく他の人には知られてはいけない気がして、自然と小声になった。
「……そう。折を見て話そうとは思っていたんだけど、事態は早急に動いているのね」
オミナさんは傷口を一瞥すると怪訝な表情になった。
やれやれとこめかみを押さえて溜息をつくその様子からは、疲れの色がうかがえる。
「この件に関しては私よりも適任者がいるわ。しばらく戻ってこないから寝てるかもしれないわね……叩き起こして話を聞いて頂戴」
叩き起こす、とオミナさんが乱暴な言い方をする相手は一人しか思い浮かばない。
「ルベウス……ですか」
結局のところ、彼とはまた話をしなければならないということなんだろう。
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