第8話 王都キュラシス2
「わぁ……ここが!」
冒険者ギルド!意外と教会から近い場所にあった。ということは、街の中心から少し外れた所にあるんだね。
外観は予想以上に立派な建物だ。そして、様々な格好をした人たちが出入りしている。
あぁ、あのローブを着た人は魔法使いかな……あっちの人は騎士かしら!すごいなー本当に存在してるなんて!
私はお上りさん丸出しで、入り口前で挙動不審になっていた。すれ違った人に笑われたような気がするけど、気にしない。
「はいっ!冒険者ギルドに着きましたー!さっそく中に入ってみよ?」
「えっ、私も入ってもいいの?」
「勿論だよ!一般の人もここでギルドへの依頼を出したりできるし」
物怖じもせず、アルストとロメリアが私の腕を引っ張ってギルドの中に入っていく。
ギルドのロビーは広く開放的で、壁にはたくさんの依頼書が張り付けられていた。
私は他の冒険者の邪魔にならないように少し引いたところで依頼書を眺めていく。
ゲーム的な言い方をすれば、これらは「クエスト」だね。
「すっごい……。妖魔討伐からペットの捜索まで、色んな依頼があるんだ」
どの依頼書も受諾できる条件がこと細かに記されている。たぶん、冒険者ランクのことを指しているんだろうなぁ。
ロメリアも「実力には幅がある」って言ってたし、いつかは一攫千金!なんて夢見る冒険者も多いのかな。
依頼書でよく目にする「妖魔」というのは、所謂モンスターのことだ。
女神が与えた魔法は世界に与えられたものなので、人間以外でも魔法を使いこなす多様な生物――魔法生物……通称、魔物が多く存在しているんだとか。
そういった強い魔力や知能を持った生物に悪魔が憑くと「妖魔」と呼ばれて、晴れて冒険者ギルドの討伐対象になる。恐るべき人間の宿敵だ。
どうやら、ここ数年でじわじわと妖魔は増えてきているらしい。とはいえ、街の中は警備もしっかりしているので妖魔の脅威もないはず。
依頼に出される妖魔討伐は、交通量の多い街道や辺境地域などが主な場所。討伐には命の危険が伴うけれど、その分報酬や戦利品がおいしいので人気の依頼だ。
……と、近くで冒険者同士が話しているのを聞いた!
「よぉ、嬢ちゃん!見ない顔だが依頼でもあるのかい?」
不意にどこからか声を掛けられて、驚いて一瞬体が固まってしまった。
もしかして、私に向けられたものじゃない可能性もあるけれど……首だけを動かしてロビーを見渡すと、受付のカウンターにどっしりと居座る男性と目が合った。
がっしりとした筋肉質の体型の男性は、私に向けて片手をひらひらと振った。
か、彼は……このギルドの受付嬢かな!?……うん、嬢ではないね、わかってる。ちょっと動揺して頭が正常に動かなかった。
私がおそるおそるカウンターに近寄っていくと、いつの間にかアルストとロメリアが両隣にピッタリとくっついていた。
二人も受付の人を怖がっているのかしら。たしかに、その豪傑っぽい風貌は「昔は冒険者だったけど、膝に矢を受けて引退して云々」といったもの。
「いや、依頼があるわけではないんですが……」
さすがに無視もできないので曖昧な返事をしておく。特に用事があって来たわけじゃないし。
受付の男性はカウンターから上半身を乗り出して、ルーペのようなモノクルを片目に当てて私の方を凝視した。さらに見た目が怖くなった!
「ほぅ、そうかい。じゃあ冒険者志望か?……しっかし、嬢ちゃんは驚異的に魔力が少ないなぁ!ここまで少ない奴ぁ俺は初めて見たよ!まぁ、魔法が使えなくても冒険者にはなれるがよ……呪いを受けているってわけでもなさそうだな」
驚きを隠しもしない男性の口振りからすると、あのモノクルは魔力か何かを測る道具のようだ。
隣に立つアルストとロメリアが、私の腕をぎゅっと強く抱え込んで受付の男性を警戒している。もしかして、二人の嫌いなタイプなの?
「あの、冒険者志望でもないです。ただの見学なんです!」
私は首をブンブン左右に振って否認する。ただ興味本位で入っただけで、強いて言うなら見学しにきただけなんですっ!
「見学ねぇ……。あぁ!もしかして、うちの“銀の貴公子”様を見に来たのかい?アイツはファンが多いからなぁ……」
誰ー!?“銀の貴公子”って誰ー!?見学ってそういう意味じゃないよー!?純粋に冒険者ギルドが見たかったんだよー!?
……と、叫びたいのをぐっと堪える。落ち着こう、ここでお上りさんが騒いでも話がこじれるだけだ。
見学者が現れるほどの人物……ということは、きっとギルド内で有名な冒険者か何かなんだろう。
そういえば、ギルドの入口付近でうら若い女性たちが花束やお菓子を持ってソワソワして立っていた。
あれは誰か――“銀の貴公子”の出待ちだったんじゃないか。そう考えると納得がいく。
……いや、納得はしたけど、私の目的ではないんだよね。私は再度首をブンブン左右に振った。
「おや、“銀の貴公子”目当てでもなかったのか?……ってことは本当にギルドの見学か!? いやはや、呼び止めて悪かったね」
受付の男性はまたもや驚いて目を丸くしていた。やがて、モノクルを外しながらガハハと笑った。
口では悪かったと言っているものの、笑っている時点で軽くあしらわれているだけなんだろう。
うぅん……向こうに悪気はないだけに、こっちが疲れる会話だった。
私は受付の男性に会釈をしてから、そそくさと冒険者ギルドを出た。
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「っはぁぁ……」
私は大通りを歩きながら、盛大に溜息をついた。
冒険者ギルドではピッタリと横についていた双子とはいつもの距離感に戻っている。
私には魔力がない――魔法が使えないことは、既に知っていた。
魔力が全くないからこそ、転生人は破魔の力を得ることができるのだから。
だけども、この世界の人々から見れば魔力ゼロ人間というのは、まずありえない存在らしい。
逆に言うと、魔力がない=転生人ということになるのだけど、転生召喚はここ百年以上どの国でも行われていない、ということになっているそうだ。
もちろん、ルベウスによる転生召喚は極秘の計画だったので、カウントされていない。
今日、街に出る際にオミナさんからは「自分が破魔聖女であると明かしてはいけない」と釘を刺された。
過去に「自分こそが破魔聖人・聖女だ」とホラを吹いて詐欺を働く輩がいたので、下手すると虚偽罪に問われる可能性があるからだ。
虚偽罪って……転生人の扱い酷くない!? 世界を救う力って言うわりに、そんなぞんざいな扱いでいいの!?
……まぁ、証明できる方法も持ち合わせていないからそれは大丈夫だと思う。
「普通は魔力がない人がいるなんて思わないだろうからねぇ」
「でも、ああいう風に魔力を鑑定されると厄介だわぁ」
冒険者ギルドで受付の男性から勝手に魔力を測られた時、その評価が最低最悪の「魔力ゼロ」ではなく、「驚異的に少ない」と言われたのは、アルストとロメリアが左右からピッタリと引っ付いていたからだと二人が教えてくれた。
曰く、魔力っていうのは熱みたいに伝導して相乗作用を生み……って、詳しいことはよくわからないけど、要は先ほどの双子の対応はファインプレーだったということだ。
「ルベウスとオミナさんを疑うわけじゃないけど、私って本当に破魔聖女なのかな?」
破魔の力も使えない、自分が破魔聖女だとも公言できない。だとしたら、私は一般人……いや、魔力もないんだからそれ以下じゃないか。
「コランダ……」
アルストとロメリアが不安そうに私を見上げる。
あぁ、いけない。二人を心配させたかったわけじゃないのに。色々考えてしまって、つい愚痴をこぼしてしまった。
「ごめんごめん、考えすぎは良くないよね! さぁ、次はお城に行くんだよね?」
「う、うん……」
私は深呼吸をして笑みを作る。……どう見てもカラ元気です。
二人は何か言いたそうな顔をしていたけれど、私が一人でズンズン進み始めると追いかけるように隣を歩き出した。
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さて、次にやって来たのは城の前。この国の王族が住まう、ルサジーオ城だ。
「ほぉー……立派なお城だね」
空に向かってそびえたつ城を見上げた私の第一声は、極々当たり前なものだった。というか、それ以外の感想が思いつかない。
冒険者ギルドの時とは違って、挙動不審な行動してると近くの衛兵にしょっぴかれそう。ここではなるべくじっとしていよう。
ルサジーオ国の現王は十年前に即位した女王様だ。
女傑王と呼ばれ、魔法の腕前は他の王族の追随を許さない程なんだとか。
魔法王国と呼ばれるだけあって、王位の選出には魔力の強さも関係しているらしい。
「ベルフィア・ルサ・メソテース様っていう女王様でね。王に準ずる一族には“ルサ”っていうミドルネームが付くんだよ!」
アルストが得意げに説明してくれる。ちょっと背伸びしてるみたいで可愛いらしいんだけど、実はその話は既に本で学習済みなんだ。
「女王様の息子の一人にコランダくらいの年頃の王子様がいてね。とっても見目麗しい御仁なんだって、魔研の女子研究員が騒いでたよ!ファンクラブもあるんだって!」
今度はロメリアが胸を張って話しかけてくる。おぉ、そんなしょうもな……大衆的な情報はさすがに本には載ってなかったね!
しかし、ロメリアのおかげで一つ重大なことに気付いてしまった。
なんと、私は自分の年齢がわからない。
前世での年齢というか、享年も思い出せないんだよなぁこれが。
異世界に来てからの年数を数えたとしても数日だから……私って、0歳!?いや、そんなわけないか。でも……私と言う人間は一度死んで……この世界の姿では……。
私がぶつぶつと呟きながらお城を眺めていると、アルストとロメリアに服の裾を引っ張られた。
二人の視線の先には険しい表情でこちらを見つめる衛兵。
……いや、私は何も変なことはしていませんから。ただ、お城を見ていただけですよ!?
まるで逃げるように立ち去るのはなんとなく悔しいので、不審者ではないよアピール、渾身のアルカイックスマイルをお見舞いしてからお城から離れた。
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