第7話 王都キュラシス1
むかーしむかしの、その昔。
この世界は二柱の神様――地母神こと女神ゲーアと、天父神こと男神ウルースによって創られました。
神様は世界に住まう様々な生物を生み出して、最後に私たち人間が生まれました。人間は神様の姿を模して創られました。
慈愛に満ちたゲーアは人間たちを愛しましたが、姿こそ似れど人間は神様に比べて寿命も短くひ弱だったので、ウルースは人間を疎んじるようになりました。
やがて、ひ弱な人間を滅ぼすために、ウルースは「悪魔」を世界に放ちました。
対して、ゲーアは悪魔から身を守れるように、魔法の源である「魔力」を世界に与えました。
その後、ゲーアは神様の住まう処――神域を、人間が住む世界から遠い場所へ切り離してしまいました。
いつしか、女神ゲーアは「善神」、男神ウルースは「悪神」として、人々に畏れられるようになりました。
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私は自分の部屋でオミナさんが持ってきてくれた絵本を読んでいた。
異世界のなりたち、創世神話について子供でもわかるように、優しい語り口調で説明されている。
この部屋にある本棚にも、世界の仕組みついての解説本、国の歴史書、転生者についての小難しい考察が書かれた専門書等が何冊も置いてあった。
私がここで生活すると見こしてのラインナップだろう。いわば、私に向けた異世界の手引きのようなものかな。
しかし、そのうちのいくつかには「持出禁止」だの「禁書指定」だの、物騒な判子が押されていた。なぜそんな本がここにあるのか、今は深く考えないようにしよう。
ふと、本棚を眺めていた時に気付いたことがある。
それは、私はこの世界の文字も普通に読めるということ。
異世界で言葉が通じるのも不思議だったけど、頭の中に言語の知識が既に入っているみたいだ。
生まれ変わったとはいえ自分の体のことなのに、よくわからない現象が多いんだよねぇ。
この部屋でいくつかの本に目を通したところで、ようやくこの世界の輪郭が見えてきた。
まず、先ほどの絵本に書かれていた神話について。
この世界には男神が放った「悪魔」という人間の敵、モンスターの元みたいなものが存在しているらしい。
「悪魔」というのは一定の形をもたず、弱った生物やその死骸に憑りついて人間に害をなすようだ。
そして、その悪魔に対抗すべく女神が「魔法」を与えたおかげで、個人差はあるもののこの世界の人々は魔法が使える。
ただし、この万能かと思われた「魔法」では悪魔が憑りついた“入れ物”を倒すことはできても、悪魔そのものを消滅させることはできない。
そして、完全に消滅させなければ悪魔は分裂して増え続ける。
魔法は人間の生活を豊かにして、悪魔に立ち向かう力にはなったけれど、実は根本的な解決はできないというビックリ欠陥構造らしい。
一説によると、人間が使う魔法はあくまで人間の力で、神の力――「神通力」で作られた悪魔には太刀打ちできないとのこと。なんじゃそりゃ?
それじゃあ、いずれ人間は悪魔に沙汰される運命なのかというと……意外とそういうわけでもない。
「神通力」への唯一の対抗手段。それもまた「神通力」だ。
魔法が世界に満ちた力を行使するのに対して、「神通力」は神が振るう力、あるいは神が特定の人間に与えた天賦の能力のことを指す。
女神の神通力は「破魔」、男神の神通力は「業魔」と呼ばれて、同じ神通力でも区別されている。
その名前からわかるように、私が保持しているらしい「破魔の力」というのが、まさに「神通力」だったのだ。
人間が使う魔法では悪魔を討つことができない。
そこで女神がとった解決策というのが、この世界のルールに縛られない無垢な魂――つまり、異世界からの「転生者」に破魔の力を与えることだった。
召喚された側からすれば傍迷惑この上ないけど、こちらの世界に満ちた魔法を使えば、異世界からの魂を召喚することは、そこまで難しいことではなかったみたい。
転生人は男性であれば「
私のことを聖女だの何だのと言っていたのはそのせいね。
うーん……そもそも。そもそもだよ?
悪魔は神通力でしか倒せないのなら、どこの馬の骨とも知れぬ転生者に力を与えるよりも、女神自身がその神通力で悪魔を討ち払ってくれたら良かったんじゃ?と思ったのだけど。
ここらへんの解釈は本によって様々な解釈、論戦が繰り広げられているようで、これ以上読み続けていると頭がこんがらがりそう!
――私が持っていた本を棚へ戻すと、扉をノックする音と少女の声が聞こえた。
「コランダー? そろそろ街に行ってみようよー」
「はーい」
返事をして扉を開けると、予想通りアルストとロメリアがちょこんと立っていた。
アルストがオミナさんから貰った予算をポシェットに入れて、首からぶら下げているのが可愛らしい。
今日は二人と一緒にオミナさんのおつかいのついでに、王都キュラシスの街を観光する。
この前は駆け足で街中を通り過ぎちゃったから、今日こそゆっくり見るぞー!
「オミナ様からは修理に出してた祭事用の杖を引き取ってきてほしいって頼まれたんだ」
「それならいつもの宝飾店よね。杖や貴金属を扱っているお店だったかしら」
二人が言っている杖とは、歩行の補助道具ではなく、魔法を使うための杖だ。
杖を使わなくても魔法を発動させることはできるけど、杖を介して魔法を使った方が精度が上がる……と、さっき読んだ本に書いてあった。
「んじゃ、宝飾店に行く前に色々見て回ろうか。ここから一番近いのは……冒険者ギルドかな?」
「おぉっ!冒険者ギルドって本当にあるんだ!」
なんてファンタジーな響きなんだろう。魔研でもそれらしき人たちの姿を見たから、もしやとは思っていた。やっぱりあるんだ!冒険者ギルド!
私が目を輝かせて興奮気味に話すと、ロメリアが驚いたように私を見上げた。
「へぇ、コランダの世界にも冒険者ギルドってあったの?」
「あ、えぇと……ないけど、あったっていうか。作り話の中でならよく見かけたんだ」
「ふぅーん、そうなんだ。この世界の冒険者ギルドっていうのは、どの国にも所属しない傭兵みたいな人たちの集まりね。実力には幅があるけど、王立騎士団の手が回らない仕事や市井の人々のお悩み解決とか、色んな案件を彼らがこなしているわ」
街へと歩きながらロメリアが簡単に説明してくれたけど、聞けば聞くほど私の思い描く「冒険者ギルド」そのもの。
そんなの、前世ならアニメかゲームの中の存在だったのになぁ。
やっぱり本を読んだだけじゃわからないや、この世界。
そうして、私たちは他愛ない会話をしながら、賑やかな街の中に足を踏み入れた。
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