第6話 女神の御使い2
なんとかお茶を飲み込んだものの、思い切り咳き込んだせいかドッと疲れが出てきた。
「驚くのも無理ないわ。――どうぞ」
私が落ち着いた頃合いを見計らって、オミナさんがパウンドケーキが乗ったお皿を持ってきた。
一緒に差し出されたフォークを使って、少しずつパウンドケーキを口へ運ぶ。これは……甘すぎなくて美味しい!
やがて、オミナさんが言葉を選ぶようにゆっくりと話し始める。
「神霊っていうのは死後も能力や記憶が維持される、特別な幽霊の一種よ。サフィーアは肉体が滅んだ後も魂――霊体のままこの世に留まっていたの」
「霊体のまま……ですか。でも、どうしてその霊体が私の中に?」
この世界では肉体がなくても、霊体で生きていけるというのかしら。そんな技術?魔法?があることが驚きだ。
先程まで朗らかに話していたオミナさんも、さすがに暗い表情になって溜息をついた。
「貴方の転生召喚はかつてない方法で、しかも秘密裏に計画されたものなの。最初の召喚の時、目覚めて間もなく貴方の体は崩壊してしまったでしょう?でも、貴方が次に目を覚ました時は何ともなかった。これはどうしてか、疑問に思わない?」
「うぅん……体から意識が離れている時、サフィーアと会ったんです。彼女が導いてくれたおかげで、私はまたこちらに戻ってこられたと思うんです」
「そう。その時、霊体であるサフィーアが溶けかけた貴方の体に憑いたおかげで、今はこうして人としての形を保っていられるのよ」
オミナさんが言うには、サフィーアの幽霊に憑りつかれたおかげで、私はドロドロ化を免れて一命を取り留めたということらしい。
「サフィーアはそこまでして転生召喚を成功させないといけなかったんですか?」
「えぇ、それが彼女の願いであり、女神の意志だもの」
「………すみません。よく、わかりません」
「すぐに理解できなくても良いわ。貴方が持つ破魔の力は、悪魔を砕く神通力。そこの世界の唯一の希望であり、貴方の転生召喚を行った理由よ。それだけは覚えておいて」
オミナさんは念を押すように語気を強めた。そして、それだけ言うと食器を片付けるために席を立った。
私は全身から力が抜けてしまって、頭も体もヘトヘトだ。
仕方なく背もたれに体重を預け、大きな溜息をついた。
全くワケが分からない。むしろ、考えれば考えるほど、矛盾と謎だらけな話だ。
転生者だけが持っているという破魔の力が欲しいのなら、もっとたくさんの転生者を召喚すれば良い。
それなのに転生召喚は秘密裏に行われ、今は私以外の転生者はいないという。たしかに、ルベウスの研究室は人目を避けているようだった。
うー!さっぱりわからん!!
これは改めてルベウスにも詳しく話を聞かないといけないかなぁ。
「はぁー……」
頭を抱えた私の大きな溜息が聞こえたのか、キッチンに立ったオミナさんが振り返る。
「ウフフ。色んな話を聞いて疲れたでしょう。コランダの部屋が用意してあるから案内するわね。今日からここを我が家だと思ってゆっくりして頂戴」
「え……あ、ありがとうございます!」
すっかり腑抜けていたところに話しかけられたので、動揺のあまり声が裏返ってしまった。恥ずかし……。
そうだよね。私はこの世界で生活していくんだって、自覚が全くなかったな。そんなこと考えられる余裕がなかったし。
他に行くあてがあるわけでもない私は、オミナさんのご厚意に甘えて部屋を貸してもらうことにした。
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教会に来てからというもの、オミナさんは私に付きっ切りだ。
部屋へ向かう際、巫女のお仕事は大丈夫なのかと聞いてみると、ウフフと笑って誤魔化されてしまった。
「オンファロス女神教会は大きな教会だから、住み込みの神官が使う部屋がいくつかあるの。でも、今は神官も減ってほとんど使われてないのよ。空き部屋でも定期的に掃除はしているから、問題なく使えるわ」
オミナさんからの口振りから、昔と比べて教会の影響力は弱まっているのだろうと推測できる。たしかに、教会の規模にしては神官らしき人が少ないかも。
肝心の参拝客はチラホラと見かける程度だけど、日によっては観光の団体客が来るのだとオミナさんが教えてくれた。
とはいえ、今の私には住める場所があるのはとてもありがたい。私が三日も寝ていたという魔研の部屋は、病室のようで落ち着けなかったし。
「お世話になりっぱなしで申し訳ないです」
「いいのよ、私は私のやるべきことをしてるだけなんだから。分からないことがあれば何でも聞いてね」
しばらくオミナさんの案内で教会の敷地内を歩いてから、目的の個室の扉の前で足を止めた。
鍵を手にしたオミナさんは、扉の錠前を外すと「部屋にあるものは自由に使ってくれていいから」と言って笑顔で去って行った。
用意された部屋は、思いの他簡素なつくりのものだった。まぁ、住み込みの神官が使う部屋なんだから、豪奢なわけないか。
備え付けのクローゼットの中には、教会で見かけた神官が着ているような簡易な礼装や、手触り良い寝衣が何着か入っていた。
「あーーー……疲れた」
久方ぶりに一人になった私はベッドに腰かけ、両手を突き上げて背伸びをした。
これから本当にこの世界で生活していくんだ。正直、悲しむ暇がないというか、不安しかないけど……それでもどうにか生き延びているんだもの。
何も知らない私にも、何ができるかわからない私にも、できることがあればいいんだけど、ね。
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