第5話 女神の御使い1
映画のセットのような街並みや、見たこともない商品を売っている出店に気を取られたりもしたけど、私たち三人は無事に教会にたどりつくことができた。
「ここがオンファロス女神教会。ルサジーオ国内では一番大きな教会ね。他国でもここまでの規模のものはないかも。オミナ様はここの
大きな門をくぐると荘厳な教会が目に入った。思わず私が足を止めると、隣でロメリアがさりげなく説明をしてくれた。
聞き慣れない単語、“巫女”については、本人に尋ねた方が早いとのことで、二人に質問しても詳しく答えてはもらえなかった。
賑やかな大通りを歩いてきたせいか、ここはとても閑静な場所に感じられる。
落ち着いた雰囲気で、不思議と懐かしい気がする。
「そういえばさ。ルベウスの研究室で、写真を見たんだ。オミナ様っていうのは、もしかしてルベウスの妹さんなの?」
「え!いつの間に?……あぁ、えっと……ルー様の妹様は…………うぁ!?」
魔研から教会に着くまで、ずっと気になっていたことをアルストに尋ねていた私は、教会の方からもの凄い勢いで駆け寄ってくる人物に全く気が付いていなかった。
歯切れの悪い返事をしていたアルストが、いきなり私の隣から飛び退いたかと思えば、次の瞬間に私は何者かの拘束――熱すぎる抱擁を受けていた。
え、なんなのこの状況。
「まぁまぁまぁ!!貴方が
「ぐうっ……!?」
「すごいわぁ!本当に成功したのね! 聖女様、思ってたよりもずーっと可愛らしい娘じゃないの」
「……ぐ、ぐるじぃ……」
「こんな時にルベウスが寝てるって本当?全く、あの子は何考えてるんだか……」
「……ぅ……」
「あのー、オミナ様?そろそろ離してもらわないと、聖女様――コランダが窒息死してしまいます」
「あ、あぁ!ごめんなさいね!私ったらつい興奮しちゃって」
アルストから声をかけられたところでようやく私は自由の身になった。
……うぅ、絞め殺されるかと思った。
肝心の犯人、ブロンドの髪が美しい女性はアルストとロメリアの二人にたしなめられている。子供二人に大人が叱られている光景は、中々に気まずい。
「コランダ。本当は普通に教会の中で顔を合わせて話す予定だったんだけど、もうここで紹介しちゃうね。この御方が転生召喚の協力者、オミナ様だよ」
「……オホン、さきほどは失礼しました。私はオミナ・デルフォー。このオンファロス教会に身を置く
「初めまして。私はコランダ……と名乗っています。以前の名前が思い出せないので、こちらの世界の名前をいただきました」
「コランダ……そう、貴方が。――ウフフ、貴方にピッタリな名前ね!」
うん?なんだろう。妙に含みのある言い方だったような。でも、今の状況じゃ追及してもまともに答えてはくれなさそうだ。
「それアタシも同じこと思ったのー!」
ロメリアが嬉しそうに飛び跳ねて会話に混ざってくる。その隣でアルストも頷いて同意している。
「きっと聞きたいことが山ほどあるわよね。それじゃ、私の部屋でお茶を飲みながらお話しましょうか」
私たちを見遣り、上品に微笑むオミナ様。つい先程、私めがけてダッシュ&ホールドを仕掛けてきた人だとは思えない。
その容姿から察するに、お歳は中年か……いや、年齢不詳だ。前世で言う、美魔女さんかもしれない。
何事もなければオミナ様の部屋へ直に案内されていただろうに、まさか張本人が出張ってくるなんて。アルストとロメリアも彼女の行動は予想してなかったみたい。
ルベウスも相当変わった人だったけど、オミナ様も意外と大胆不敵な人物なのかも。
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教会の正面入口から真っ直ぐ進んだところにある大きな礼拝堂……には向かわず、脇の通路へ回ってオミナ様の個室に来た。
オミナ様にとってこの教会は職場兼自宅だそうで、清潔感のある個室にはキッチンが備えられている。窓からは穏やかな昼下がりの日差しが差し込む。
私はこの部屋でオミナ様に言われたとおり椅子に座り、淹れたてのお茶をいただいている。
可愛らしい花柄のティーカップに注がれたお茶は湯気が立ち上っていて、草花のような柔らかな香りが漂ってくる。
「わぁ、良い香りですね」
「気に入ってくれたみたいでなにより。私がブレンドしたハーブティーよ」
「オミナ様が自ら、ですか」
「やだわ。コランダまで“様”なんて付けなくて良いのよ。あの二人――アルストとロメリアは私に恩を感じてるみたいで、勝手にオミナ様って呼んでいるのよね」
ちなみに、アルストとロメリアの二人は「日光浴をしてくる」と言って外に出て行った。光合成でもするんだろうか。
「オミナさん。さっそくお話を聞かせてもらってもよろしいですか。私の転生召喚について……」
オミナさんは向かいの席に座り、私に出されたものと同じ柄のティーカップを優雅に持ち上げてお茶を飲んだ。
「えぇ、わかったわ。まず、ルベウスからはどこまで聞いてる?」
「えーと。アルストとロメリアに研究所とこの国について聞いたくらいですね」
「はぁ……そんなことだろうと思った!まったく、あの子ったら!」
眉間にしわを寄せたオミナさんは、盛大に溜息をついて不快感を露わにした。
そういえば、オミナさんはさっきもルベウスのことをあの子と呼んでいたね。オミナさんはルベウスの母親なのかしら。でも姓が違っていたような?
「あ、私はルベウスの母親じゃあないわよ? 母親代わり、だと私は思ってるんだけどね」
頭の中に浮かんだ疑問にオミナさんが飄々と答える。って、私は何も言ってないんだけど……思っていたことが顔に出てしまっていたのかな。
美味しいハーブティーのおかげか、ちょっと気を抜きすぎてるのかも。いかんいかん。思わず私がバツの悪そうな表情をしていると、オミナさんが「気にしないで」と笑った。
「ルベウスの母親も、父親も既に亡くなっているわ。母親は流行り病で、父親は事故でね。妹も幼い頃に病で……」
「えっ!?」
妹も亡くなっているって……私が見たのは一体誰だったの?
「あの、すみません。妹が亡くなっていると言いましたよね? 私、妹さんに会ってるはずなんです!」
私は身を乗り出して訴える。オミナさんは少し驚いたように瞬きをしてから話し出した。
「ルベウスの妹――サフィーアは、貴方とも深い関りがあるわね。でも、彼女の話をする前に、巫女の力について話をしても良いかしら」
私は頷きながら椅子に座り直した。
「あの子、サフィーアっていうんですね。それで、その巫女の力って……破魔の力とは違うんですか?」
魔研で目を覚ました時、私は“破魔の力”を持ってるのだとルベウスに言われたっけ。巫女の力はそれと似たようなものなのだろうか。
「破魔の力とは全くの別物よ。破魔の力は転生者、つまり貴方にしか宿らない特別な力よ」
「うーん、ルベウスからも似たようなことを言われました。では、巫女の力はこの世界ではありふれたものなんですか?」
「巫女の力はこの教会では私しか保持していないわ。巫女というだけあって女性に宿ることが多くて、かつてはルベウスとサフィーアの母親……メノーアも巫女の力を使って、女神の声を聞いていたのよ」
「女神の声を聞く……それが巫女の力なんですね」
オミナさんは誇らしげに頷いた。限られた女性のみが持つ不思議な力、かぁ。やはり名誉なことなのかな。
「この世界をお創りになった地母神ゲーアの御声を聞くことで、人々に安寧をもたらす。それが巫女の役目。……あぁ、異世界から来た貴方は、この世界の成り立ちも知らないわよね。そうだわ、後で絵本を貸してあげる」
オミナさんは笑みを絶やさない。内容はともかく、会話そのものを楽しんでいる様子だ。私も釣られて笑みを浮かべてしまう。
しかし、わざわざ本ではなく絵本というあたり、微妙に子供扱いされてるような。
「メノーアは私よりも強い巫女の力を持っていたわ。そして、娘のサフィーアも幼くして巫女の力が開花したの。ある時、サフィーアは妖魔が増え続ける人間世界を憂いた女神の声を聞いたそうよ。それ以来、転生召喚――破魔の力の必要性を強く感じていたのよ」
私はサフィーアの深い海のような青い瞳を思い出す。あどけなさの残る少女……その手を握った時の穏やかな感覚を私の体はまだ覚えている。
「でも、サフィーアは病で亡くなったんですよね。私が見たサフィーアは幽霊か幻覚なんでしょうか……」
私がサフィーアを見たのは、この世ともあの世ともわからない空虚な暗闇の中だった。
ルベウスによると、あの時の私は魂だけの存在だったらしいので、そこに現れたサフィーアが幽霊だったとしてもおかしくはない。
「うーん、そうねぇ。たしかに、平たく言えば幽霊ね」
「えっ!?」
即座の肯定に、またもや盛大に驚いてしまった。
そんな私を見てオミナさんはウフフと小さく笑い、ティーポットから私のカップにお茶を注いでくれた。
「死の直後、サフィーアは自らの意志で霊体――まぁ、幽霊ね。女神の力を借りて特別な霊体である、神霊になったの。そして、神霊になった彼女は……コランダ、貴方の中にいるのよ」
「……ゲホ!ゴホッ!」
お茶を飲みながら話を聞いていた私は、笑顔に反して内容がショッキングなオミナさんの台詞を聞いてむせってしまった。
会いたいと願っていた相手が幽霊で……しかも、私の中にいるって、どういうこと?
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