第4話 目覚め4

「ご飯食べた後って眠くなるもんね~」

 全く動じていないどころか微笑ましい光景を見るような調子でアルストが言う。

 

「無理もないよ。召喚が行われてからはまともに寝てないみたいだし」

 そう言ってロメリアはテキパキと食べ終わった食器を片付けている。いつまでも世話をされっぱなしなのも悪いので、私も邪魔にならない程度に手伝おう。

 

 周囲の様々な声や音に混ざって、近くから寝息が聞こえる。

 どうりでルベウスの目の下にクマがあったわけだ。私の召喚のせいで働き詰めだったのね。さすがに申し訳ない気がしてきた。



 食器を片付け終わると、アルストから声をかけられた。

「コランダ、悪いけどルー様を運ぶの手伝ってくれない?」

 私はコクコクと頷いて返事をする。

「もちろん良いよ。でも運ぶって、私がルベウスを背負って……?」

「アハハ、背負うのはさすがツラいよ。ここに来る途中、変わったソファが置いてあるのを見なかった?アレを使うと研究所の中を一瞬で移動できるんだよ」

「へぇ~……」

 剣と魔法の世界っていうと移動手段は馬か徒歩しかなさそうなイメージだったから意外。魔法が当たり前のように日々の生活に活用されてるんだ。


「ソファに座ると別のソファまで移動できる、すごく便利な魔法道具なんだ。魔研が開発したもので、試験運用中だからまだ外には出回ってないんだよね。魔研で動いてるプロジェクトの中では、今一番力が入ってる部門なんじゃないかな」


 この魔法研究所は広い。敷地が広い分だけ多くの部署があるらしく、様々な方面から魔法というものを研究しているのだそうだ。

 ルベウスが私を転生召喚したのも、沢山あるプロジェクトの一つなのだろうか。そこらへんの意図とか、色々と聞きたいことがあったのにな。

 “唯一無二の力”を持ってるだなんて言われたわりには意外と待遇は普通だし。まぁ、突然VIP待遇なんてされても気後れするだけだから、普通が一番丁度良いか。



「ほら、ルー様行きますよ。よっこいせ!」

 人目もはばからず、私たち三人がかりで成人男性を運び出すことに辛くも成功した。

 怪我か病気かと心配してくれる人から声を掛けられても、アルストとロメリアが笑顔で受け流していたので、これも珍しい出来事ではないのだろう。

 中でも研究員らしき格好をした人は、ルベウスを見るとひそひそと小声で喋り合ったりして、あからさまに嫌悪感を示していた。

 この反応を見るに、ルベウスは悪い意味で有名人のようだ。本人は気にしてなさそうだけど、他の研究員から距離を置かれているのは間違いないなぁ。


 やっとのことでルベウスを引きずって、魔法のソファらしきもの前にたどり着いた。

「これが……魔法のソファ?」

 怪訝そうな表情をしている私をよそに、アルストとロメリアがテキパキと動き出す。そんな二人の指示に従って、私はルベウスを抱えたままソファに座る。

 ややあって、二人もソファに腰かけた。ソファの真ん中に座ったロメリアが、手に持った羽根ペンを宙で動かす。輝く軌跡がペン先を追いかけていく様子は、さながら魔法のステッキのようだ。

 私は間近で見る魔法にあんぐりと口を開けていて……その間に転送は終わっていたらしい。

 早い。想像以上に早かったよ。


「良かった!今回はうまくいったね!」

「この前は座標がズレて廊下に放り出されたもんね」

「それでルー様がブチ切れちゃって、しばらく転送ソファは使ってなかったんだよね」

 アルストとロメリアは上機嫌にソファから飛び降りた。

 私も二人に支えられながら、項垂れたルベウスと一緒にソファから立ち上がる。

「……だから食堂まで徒歩で移動してたのね」

 まだ試運転中だと言っていたし、上手くいかない場合もあるみたい。もし今回も転送失敗していたらどんなことになっていたのか。……怖すぎる。


 私たちは魔法のソファを後にして、再びルベウスを担いで廊下を歩き始める。目指すはルベウスの研究室だ。



「――でもまぁ、ルー様の執念の不具合報告が活かされたんじゃない?」

「フフ、そうかもね。原因と対策までご丁寧に報告してたから」

 先程からアルストとロメリアの二人は和やかに喋りながら歩いているけど、私の心は晴れない。

 ここは施設の端なのか、魔法のソファで転送されてから人の気配がなくなったような。三人の声と足音だけが廊下に響くので少し怖い。迷ってるわけじゃないよね。

「ねぇ、ルベウスの研究室って本当に……」

「そうだ。コランダ、そこの壁に手をついてみて。きっと驚くわよ」

 こんなところにあるのか、と言いかけたところでロメリアに遮られてしまった。彼女が指差す先には何もなく、何の変哲もない壁があるだけだ。


「この辺り?――わっ!?」

 私が訝しげに壁に片手をついてみると、壁から魔法円がぼんやりと浮かんできたと思ったら、あっという間にその壁が透けて消えてしまった。代わりに姿を現したのは立派な扉だ。

 人を担いだ状態でこの扉を開けるのは大変そうだ、なんて思っていたら私たちが近づいただけで勝手に開いてしまった。魔法式自動ドアか。


「じゃーん! ここがルー様の研究室! 個人で研究室を持ってるなんて、すごいことなんだよ」

「おぉー……」

 想像していたよりも広い室内を見回す。

 ハッキリ言って不気味な部屋――ルベウスの研究室は、得体の知れないもので埋め尽くされていた。瓶詰めのスライム、人間のような顔がついた人参、床に描かれた大きな魔法円。

 他の部屋はもっと小ぎれいで洗練された印象があったのにこの場所は真逆だ。まさに、おどろおどろしい魔法使いの住処って感じ。

 とりあえず、部屋の主であるルベウスを寝せるような場所がないか探してみよう。


「ルー様なら床でも寝られるから、そこらに置いといて大丈夫だよ」

 私が落ち着きなく動いているのを見て、笑顔でアルストが言い放つ。

「うーん、それはさすがにルベウスが可哀そうだからやめようね」

 あと、床で寝ると起きた時に関節がバキバキになってるから、実際は大丈夫ではないと思うよ。


 しばらくして部屋の奥からアルストとロメリアの二人がかりで一人掛けのソファを持って来たので、そこにルベウスを座らせてから、近くにあった本を積み上げて足置き台を作ってみた。うん、上出来だ。

 ルベウスは安らかに眠っている。いや、ちゃんと生きてるんだけど、そう表現したくなるような綺麗な顔立ちなのだ。ふむ、眼鏡もどこも壊れてないみたいで良かった。

 しかし時折、苦しげに寝言のようなものを呟くので、そっと額に手を添えてみると少し表情が和らいだよう見えた。……悪い夢でも見てるのかしら。



「ふぅ、やっと一息つけるね。それにしても、ここはちょっと落ち着かないなー」

 書類やペンが散らばっている大きな机に寄りかかって私は深呼吸をした。

「もう気付いたら寝ちゃってるからって、この部屋の窓はルー様の魔法で隠されちゃったの。本当は庭が見える明るい部屋なんだよ」

「そうなんだ……」

 どうりで地下でもないのに不自然に窓が見当たらないわけだ。

 窓だけじゃなく部屋への入口も隠されていたみたいだし、この部屋は計画的かつ徹底的に人目を避けた設計のようだ。

 そんな場所で行われる研究……私の転生召喚は、他の人には知られてはいけないってこと?うーん、そんな不穏なこと考えても答えが出るわけじゃないし、余計な詮索はやめておこう。


 嫌な妄想を振り払うように頭を左右に振って机に視線を落とすと、倒れた写真立てを見つけた。

 ……下衆な好奇心が全くないわけではないけど、これは倒れているのを直すだけだから。他意はないから。うん。

 私が写真立てに手を伸ばすと、手首についたバングルがかすかに震えた。


「この写真は……ルベウスの家族、かな」

 大きな屋敷の玄関前で撮られた家族写真だ。堂々とした男性と美しい女性が並び立っており、二人の前にはすました表情の男の子と幼い女の子が手を繋いで写っている。彼らの着ている洋服からして、とても品の良い家族に見える。


 ――きっと、この男の子がルベウスね。黒から赤へ変色していく風変りな髪色をしているもの。しかし、その隣の女の子にも私はなぜか見覚えがあった。

「あれ? この子ってルベウスの妹さん?」

 写真の中で穏やかに微笑む少女。片手はルベウス少年の手を握り、片手で人形を抱え込んでいる。

 どうしてすぐ気づかなかったのか。色合いこそ違ったけれど彼女だってルベウスのような髪色をしていた。黒から青へ変わる髪色に、海のような青い瞳。この写真ではさらに幼く見えるけど、間違いない。暗闇の世界に逆戻りした時に私を助けてくれた、あの女の子だ!


「ねぇ、コランダ。一緒に街に出てみない? 会わせたい……いや、会いたがってる人がいるんだ」

「コランダだって色々と知りたいでしょ? ルー様はこんな感じだし、他に状況を説明できるのはオミナ様しかいないわ」

「……え!? あ、うん、ぜひとも街に出てみたいな!」

 不意に名前を呼ばれて私はハッと顔を上げた。平静を装いながらいそいそと写真立てを元通り机の上に戻しておく。

 写真の少女についてはとても気になる。名前とか、どこにいるのかとか、どうして私を助けたのかとか……それはまた後で二人に聞くとしよう。


 眠っているルベウスの近くで、アルストとロメリアは羊皮紙の巻物のようなものを広げていた。

 聞けばこの巻物も魔法道具の一つで、「共鳴書シンパシースクロール」というそうだ。

 遠く離れた相手とも文字のやり取りができる巻物で、共鳴させた巻物同士が同期して記入した文字が浮かび上がるという優れモノ。

 前世でいうとEメールかSNSか、そんなところだろうか。いやー魔法の力ってすごいな。


 他にもこの研究室で書類や本を見た時に気付いたことがある。それは、私はこの世界の文字も普通に読めるということ。

 異世界で言葉が通じるのも不思議だったけど、頭の中に言語の知識が既に入っているみたいだ。

 生まれ変わったとはいえ自分の体のことなのに、よくわからない現象が多いんだよねぇ。


「それじゃ、城下町を通って教会へ行こう!」

 ルベウスを一人残し、私たち三人は研究所を出て外の街へと繰り出すことになった。

 アルストとロメリアが言っていた会わせたい人……オミナ様って、さっきの写真の女の子かな?

 研究所を出る際にオミナ様について聞いてみると「転生召喚の協力者」とだけ説明されて、あとは会えばわかるとしか言われなかった。うーん、早く話が聞きたい。


 目が覚めた時は、思わずうめくほど体の節々が痛んでいたのに、今ではそれが嘘のように私の足取りは軽い。きっとご飯を食べたおかげで力が湧いてきたのね。

 さぁ、初めての異世界街歩きだ!一体どんな街が広がっているんだろう?


 まだまだわからないことだらけなのに、なぜか私の心は弾んでいくのであった。

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