第3話 目覚め3

(なにこれ、どういうこと!?)

 一瞬、心臓が止まったかと思った。

 鏡に映っていたのは私が知っている私ではなかったのだ。


 生前と体型があまり変わっていなかったがために、他の箇所には全く気付いていなかった。

 黒だと思っていた髪はくすんだ灰色に、瞳にいたってはコーラル……ピンクがかったオレンジ色になっている。驚きのあまり口は半開きだ。


 平々凡々な日本人女性だったという記憶はあるわけで、仮にその記憶すら間違いで外国人女性だったとしても、このカラーリングはおかしい。

 以前の姿を詳細に思い出すことはできないけど、これはもう別人じゃない!?


「これが、私? どうしてこんなことに……」

 かろうじで発した言葉は、まるで往年の少女漫画に出てきそうなもの。オーソドックスに自分の頬をつねってみたら、残念ながら痛かった。


「ルー様がコランダの魂の器、体になる素体を作ったんだよ!すごいでしょ?でも、生前の姿と同じには作れなかったんだよねー。だって、誰も生前の姿なんて知らないからさ」

 ルベウスに代わり、アルストが得意げに解説をしてくれる。ちょっと嬉しそうなのが気になるけど、可愛いから良いか。


「それじゃ、本人に自分の姿を作らせれば良い!って考えたの。やっとのことで素体と魂が融合して、体の再構成も成功はしたわ。でも、さっきルー様が言ったように、魂自体に損傷があったから……再現度はイマイチだったみたいね」

「は……はぁ」

 楽しそうな口調で会話に混ざってくるロメリア。二人はルベウスの助手か何かなのかな。本当に息ピッタリだね……。

 しかし、二人が話しかけてくる間も私は鏡の中の人物と見つめ合っていて、我に返るまでしばらく時間がかかった。


 名前はともかく、容姿まで異世界化してしまっただなんて。キッと手鏡を睨みつけると、鏡の中の人物もこちらを睨み返した。



「あれ? じゃあ、今の私の姿は一体どこから湧いてきたの?」

 生前の姿を再現できなかったというなら、この姿はどこから生まれたイメージなのだろう。勿論、こんな姿になりたいと自分で願った覚えはない。


 アルストとロメリアは困ったように目配せをして、ルベウスを横目で見つめた。二人の熱い視線に気づいたのか、ルベウスは顔を上げて小さく溜息をつく。

 その横顔を盗み見ると、ほんの少し憂いを含んでいるような気がした。


「推測の域を出ないが……今の君の姿は」

 ぐぎゅるるるるるぅぅぅ


 ……えっ。

 今、会話の途中ですごい音しなかった?

 驚いて周囲を見回すと、アルストとロメリア、それにルベウスまでもが私を凝視している。

 これはまさか。


「私か!?」

 自分の腹の音で、自分が一番驚いてしまった模様。うわぁ……恥ずかしい。

 実は結構な空腹だったみたい。起きてからは緊張と驚きの連続で全く気付かなかった。

 笑いながらロメリアが水の入ったグラスを差し出してくれたけど、それで腹が満たされる程度ではなかった。


「空腹感……食欲も機能しているようだ」

「アハハ、良い傾向じゃないですか」

「そういうルー様も何も食べてないでしょうし、ここらで食事に行きましょうよ!」

 笑うでもなく冷静に分析を続けるルベウスをせっつくようにアルストとロメリアが周りを元気に飛び跳ねる。


「す、すみません……」

 いたたまれなくなった私はただ謝るしかできなかった。異世界に転生しても出てしまう、悲しいやら誇らしいやら日本人の性……。


「それもそうだな。ではロメリア、支度は任せた。僕は先に出ている」

「らじゃー!です!」

 ロメリアが待ってましたとばかりに元気な返事をすると、ルベウスはゆっくりとベッドの縁から立ち上がり、部屋を去って行った。


 アルストもルベウスの後を追って出たので、部屋には私とロメリアが残された。

 あまり大きな部屋ではないものの、二人が去ると急に部屋が広くなったような感じがする。


「よっし! それじゃ、始めますか~」

 ようやく一息つけるかと思った矢先、弾けるような笑顔でロメリアがにじり寄ってきた。その手には綺麗に折りたたまれた衣服。ルベウスが言っていた支度って、着替えのことだったのね。

 やたら張り切っているロメリアの指示に従い、私はのそのそとベッドから降りたのであった。



 衣装替えを済ませた私は、ロメリアと二人で食堂へと移動している。


 私が起き掛けに着ていた服は、ロメリア曰く「寝巻かそれ以下」と言われるくらい質素なものだった。たしかに、薄手の布地だから少し寒かったかな。

 代わりにロメリアが用意してくれた服は、派手すぎない雰囲気で大きさも私にピッタリだった。

 なぜ、私の背丈に合う服をすぐに用意できたのかは、この際考えないようにしよう。うん。


 あと、着替える際に気付いたのが、銀色のバングルが左右の手首につけられているということ。

 祭壇で目を覚ました時はなかったから、ここに来た時につけられたのかもしれない。留め具もなく、私の手首にジャストフィットしているので、ちょっとやそっとでは外れそうにない。

 私がバングルをいじくっていると、急に真顔になったロメリアから「それ、外したら大変なことになるから」と言われて、内心震えあがった。

 ……まぁ、外したくても外せそうにないし、あまり気にしないでおこう。


 着替えをしている間、ロメリアからはこの世界について基本的なことも教わった。

 ここはルサジーオ王国の首都キュラシス。にある、王立魔法研究所だそうだ。

 召喚だの魂だの言われていた時点で気付くべきだったけど、この世界には本当に”魔法”が存在しているみたい。

 特にルサジーオ王国は魔法研究が盛んな国で、著名な魔術師を多数輩出している……らしい。

 ロメリアが言うには、ルベウスも相当な力を持つ魔術師で、「鬼才!」とまで褒め称えていたけど、今のところ私には「変わった人」程度にしか見えない。


 この「魔法」というものは、人々の生活を豊かにするだけでなく、「妖魔」というモンスターを倒すためにも使われるという。

 街の中には警備体勢や防衛措置がとられていて安全らしいけど、街の外れや人の手が入っていないような場所には「妖魔」が現れて、様々な害をなすという。


 そして私が今いる王立魔法研究所、通称「魔研」は国の庇護の下、日夜 魔法について研究、開発をしている施設。ルベウスは研究員としてここで働いているらしい。

 かなり規模の大きい建物らしく、ロメリアの案内が無ければすぐに道に迷ってしまいそう。



 目的地である食堂へ向かって二人で歩いている道中、何人かの通行人とすれ違った。

 相変わらず彼らの容姿や格好はファンタジー感満載で、ここが異世界だということを再認識させられる。

 しかし、異世界というわりにどこか見覚えがあるのは、前世でフィクション――漫画やアニメ、ゲームでよく見かけた「剣と魔法のファンタジー」世界に近いからだと、しばらくしてから気付いた。


 それにしても、鏡で自分の姿を見た時は相当驚いたのに、こうしてこちらの世界の住人と見比べてみると、私は至って平凡な容姿な気がしてきた。むしろ、没個性的な方なんじゃ……?



 ――やがて、どこからか賑やかな物音が聞こえてきた。

 長い廊下の突き当りに大きな部屋が見える。どうやらここが目的地の食堂のようだ。

 研究員以外も利用できるということもあって、剣や杖といった武器を持った旅人のような人や、大きな鞄を背負った商人のような人等々……様々な人が出入りしている。


「着いたよ。ルー様とアルストは先に座ってるってさ~」

 まるで食堂に入る前から二人の行動を把握しているようにロメリアは言った。

「よくわかるね。ロメリアはどうやって二人と連絡を取り合ったの?」

 呪文を唱えたり特殊な機械を触っている素振りもなかったし、見えない念でも送り合っているのだろうか。


「私とアルストは同一体だから、お互いの考えてることとか居場所とか、離れててもわかるの」

「同一体? 双子とは違うんだ」

「うん、元々は一つだったんだけど体を二つに分けたんだよ」

 人はそれを双子と呼ぶのでは? ロメリアの話を聞いただけだと、どう解釈すれば良いかわからない。

 もしかしてアルストとロメリアは人間ではなくて、分裂して増える種族とか?異世界ではそういうこともあり得るの??



「おーい! 二人共、こっちこっち」

 食堂に足を踏み入れるや否や、喧噪を物ともせずアルストの声が飛んできた。

 ロメリアの言う通り、既にルベウスとアルストは食堂の隅にあるテーブルを一脚占領していた。

 しかも、ご丁寧に四人分の食事までセットされている。気になる内容は……パンとサラダとスープだ!

 スープから湯気が上がっているということは、私たちが食堂に着く頃合いを見計らって注文したのだろう。ありがたい!


「さぁさぁ、冷めないうちに食べましょー!」

 私とルベウス、アルストとロメリアが向かい合う形で、この世界では初めての食事をいただく。


「いただきます」と小さく呟いてからスープを飲み始めると、自然と目頭が熱くなっていく。見た目は質素な料理ながら、素朴で安心する味だ。

「うーん、おいしいっ!」

 どんなに悲しくてもツラくても、この世界にまだ理解が追い付いていなくても、どうしようもなくお腹は空くものだ。

 おいしい食べ物には苦しみを吹き飛ばしてくれる力があるのだと、今まさに実感している。

 ありがとう食べ物、ありがとうご飯を作ってくれた人、ありがとう私を生き返らせてくれた人ー!……と、高らかに叫びたいテンションで食事をしていたけど、

 私を生き返らせてくれた人――ルベウスはいつの間にかテーブルに突っ伏していた。そういえば、食事中も一人だけ静かだった。


 私より先に食事を終えたルベウスは、私がまだ食事をしている間に舟をこぎはじめて、先程 ゴンと鈍い音を立ててテーブルに頭を打ち、そのまま眠りに落ちてしまったようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る