第一幕 転生編
第1話 目覚め1
第一幕 転生編 ~異世界と魂の
――冷たい。
一番最初に思ったのは、何かが自分の体に当たっていて、それが冷たいということ。
そして、今の私は仰向けの状態で、空気を吸って吐いて……呼吸していることに気付く。
目を開いたところでようやく意識がはっきりしてきた。
あれ?私、生きてるの?
たしか、真っ暗な空間で一人で歩き続けて、それから……不思議な光に包まれたような。
「目立った損傷はない。召喚は無事に成功した」
私の思考を吹き飛ばすような、低く通った声がした。
ハッとして目を見開く。この声は……光が現れた時に聞こえた声だ。暗闇にいた時よりも鮮明に聞こえる。
声の主は男性。音が反響する具合からしてここは広い室内、高い天井と装飾を見るにそれなりに立派な施設だと予想できる。
驚きを通り越してどこか冷静に現状分析をしていると、コツコツと固い床を蹴るような靴音が近づいてきたので、私はゆっくりと慎重に上体を起こす。
現状分析の結果、これはよくできた夢なんじゃないかと結論づけていたので、早く自分を取り巻く状況を確かめたかった。
起き上がった拍子に被せられていた薄い布が滑り落ちる。すると四方から人の声……どよめきが上がった。あぁ、久しぶりに他人の声を聞いたな。
足元を見ると、自分の横たわっていた所が何かをようやく理解できた。
ベッドにしては
私はうろんな眼差しで辺りを見渡す。荘厳な雰囲気の柱や扉は西洋の教会に似ている。
やや離れた所でこちらを見つめる人々も見えた。見慣れない服装をしている彼らは、不安そうな表情で私を観察している。彼らの髪や瞳は、日本ではありえないような発色ばかりだ。……やっぱり、これはまだ夢なのかな。
頭を左右に振っていると、すっかり近くまで来ていたらしい靴音が止まり、低く囁くような声がした。
「お目覚めかな、
頭を抱えたまま恐る恐る視線を向けた先には一人の若い男性。
精悍な容貌ながら切れ長な目はキツめな印象で、そこはかとなく陰気な雰囲気を纏っている。彼は眼鏡ごしに怪しげな笑みを私に向ける。
念願の声の主とご対面、と言っても感動はない。むしろ逆だった。 なんというか……悪寒がする。
やはりこの男性も周囲の人々と同じように見慣れない服を着ている。端的に表現すると、ファンタジーっぽい格好。
彼は祭壇の前でかしずくように膝を折り、上目遣いでこちらの様子を窺う。
その長く艶やかな黒髪は後ろで緩く束ねられ、燃えるような深紅の瞳は気迫に満ちていた。
私は身を強張らせてたじろいだ。どうやら言葉は理解できるけど、彼の言っている内容は理解できない。
「こっ、ここはどこですか?私は……」
頭では冷静に振る舞おうとしても体の動揺を隠せるはずもなく、わずかな気力を振り絞って声を出す。彼はほんの少し表情を和らげて立ち上がり私の方へ手を差し出す。
「どうぞこちらへ」
柔らかな物腰とは裏腹に有無を言わせない強い意志。私はおとなしく従って差し出された手を取り、それを支えにベッド……もとい、石の祭壇から降りる。
ぺたりと床についた素足からまたもや冷気が伝わってきて小さく身震いする。
(なにがなんだかわからないし、夢だとしてももっと楽しい夢がよかったな)
私は内心で毒づきながら、片手を引かれて力無く歩き出す。すぐ前を歩く彼はスラッと背が高く、足は冷たいけど彼に握られた手だけはほんのり暖かい。
夢でもそうでなくても、あの暗闇からは脱出できたのだ。そう考えると彼は私の命の恩人のはず。一応、お礼くらい言っておいた方がいいかな?
「……あのー」
私が足を止めるとすぐに気づいた彼が振り返る。その射抜くような眼差しを向けられると、喋りたくとも言葉が口から出てこない。
頭で思っても体がいうことをきいてくれない。私は決まりが悪くて顔を背けてしまう。すると、急に足首の力が抜けて上体が大きく揺れ動いた。
「ぬぁ!?」
何が起きたかわからずに情けない声を上げる私。両手をバタつかせ床に手を突こうとするも、慌てふためいているせいで間に合いそうにない。
コケたくらいで怪我はしないだろうけど、衝撃に備えて目をつむる。
……が、想像していたような衝撃はなかった。
それもそのはず、目を開いたら私は腕の中に抱きかかえられていた。勿論、私の手を引いていた彼に、だ。
しかし、まだ足に力が入らない。おそるおそる顔を上げ、彼を見上げる。そこでまた私の心臓は跳ね上がる。
(あら~……よく見るとこの人、綺麗な顔立ちしてるなぁ。しかもサラサラで綺麗な黒髪。だけど毛先にいくにつれて赤に変わっていくんだ。
……いや、そんなことより、今の状況はかなり近い。こんなに近いと眼福っていうより、緊張して息がしづらい!)
彼が険しい顔つきで口をパクパクと動かしているけど、なぜか私の頭には音が入ってこない。
ふと、彼の大きな手が私の髪を撫でた。なんだか頭がぼーっとしてきて溶けてしまいそう…………っていうか。
「――溶けてる!?」
私は本当に溶けていた。瞬時に意識が覚醒し、悲鳴にも似た大声を上げる。
見ればよろけた足先が床の上にスライムのように貼り付いている。血が出ていないとはいえ、中々にホラーな光景だ。
頼みの綱であった彼は無情にも腕を離し、溶ける私から素早く後退していく。 助けてくれるわけじゃないのね!?
そのまま徐々に全身から力が抜けていき、結局私は床に倒れた。いつの間にか近くに人が集めってきてざわついている。
何なのこの状況!こんな死に方ってあるー!?
「なに、想定の内だ。まずは素体の融合機能を停止させる。では手筈通り、詠唱を」
周囲を押さえつけるような冷静な声が聞こえた。その指示に従って何人かが倒れたままの私を取り囲む。
彼らが一斉に呪文らしきものを唱えたかと思うと、私の体はわずかに宙に浮かび上がり、そして石のように固まった。
自分自身、何をされたかすぐにはわからなかった。声は出せないし瞬きすらできないのに、思考だけは働いているらしい。
「切断後、すぐに封印を施せ」
しかし、その言葉が聞いたが最後、私の視界はぷつりと途切れて一緒に意識も失ってしまった……。
・
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ふと、私の意識が戻った。
辺りは黒で塗りつぶされていて、見覚えがある場所だった。
(ここは……? )
時が過ぎることもなく、静寂と暗闇と孤独が支配する牢獄。一度は抜け出せたと思ったのに、それすら夢だったのかしら。
私はドロドロに溶けて……その後どうなったのだろう。ここでは自分自身の姿を確認することもできない。
ただ一つ、目には見えなくとも以前とは決定的に違うことが起きている。
(誰か、いるの!?)
ここは誰もいない空間のはずなのに、いつの間にか何かが私の手を握っているのだ。小さな人間の手のような触感で、ほのかに温かさが伝わってくる。
その感覚があるということは私の体は完全に溶けたわけではないのかも。
恐る恐る手の先へと視線を移すと、そこには愛らしい洋服に身を包んだ少女が、私の手をぎゅっと握りしめて立っていた。
暗闇の中にいても不思議と少女の姿だけはハッキリとしている。歳は小学生くらいだろうか、深い海のような青い瞳は真っすぐ私を見上げている。
特徴的なのは少女の髪色。癖のない長く切り揃えられた黒髪は、毛先にかけて黒から青へと色を変えていく。この少女は一体……?
私が少女をじっと見つめていると、少女は笑みを浮かべて一点を指差した。少女が指差した場所には白い光が満ちている。
つい最近、同じようなものを見たことがある。あの時と同じであれば、きっと白い光はこの暗闇からの出口だ。
(私を連れて行ってくれるの?)
少女は嬉しそうに頷いて私の手を引っ張った。どうやら一緒に行こうということらしい。
私は少女の案内に従って、手を引かれて光へと近づいた。そして促されるままに光へと手をかざすと光は一層強まり、みるみる私と少女を包みこんでいく。
(……!!)
光に包まれて次第に意識が薄れゆく中で、私は繋いでいた少女の手を強く握りしめた。
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