第ⅩIV話 我は死に場所を求めていた

第一章 Life Is Dramatic


第ⅩIV話 我は死に場所を求めていた


 我は死に場所を求めていた────。


 龍たる者、老死などと云った物は「死」として軽い。ましてや我は「龍帝」と呼ばれし者────死ねども残る「誇り」とやらを保つ為にも、我は死に場所を求めなければぬ。


 龍における、最上級の誇り高き「死」────それは「戦死」で在る。


 龍たる者、誇りは命よりも重い。我とて、誇りか命かを問いかければ、当然「誇り」を選び、死を遂げる道を歩む。

 其れに対し、我は心残りなど感じる筈も毛頭ない。死をも恐れぬ。何故なら我は龍で在るが故。其れ以外、我の死ぬる理由など、死を恐れぬ理由など在る筈も無いからだ。


 しかし、我に挑む者はいずれも貧弱であった。対立する人間の研ぎ澄まされし剣術にも、魔王とやらが生み出ししまがい物の魔導にも、我を前にしては取るに足らんもので在った。

 瀕死でさえ生ぬるい。死なすことが出来ぬのなら、いずれの手を使い、どのような争いを繰り広げようが関係無い。結果、我を倒せなかったのが事実である。


 例え千の槍で身体を貫かれようが、魔の業火で焼き尽くされようが、我は生きてきた。

 例え煮えたぎる溶岩に落ちようが、地の狭間を彷徨さまよおうが、我は死ななかった。


 誰も、我を死なす事は出来なかった……。


 我が周りよりも特別なのは、我自身が誰よりも自覚している。瀕死級のいかづちを落とされようが、残るのは我のみ。人間の国に宣戦布告した時も、気付けば我一体になって居た……。


 我は他よりも長く生きた。600年そこらで死んで逝く仲間に対して、我は1000を超えても未だ死なぬ。もう、我が若い時の同士など存在し無い、過去の者となっている。

 本来の寿命を超えても、我は現役だった。衰えなかった。次々と現れる者共を相手取り、勝利し、与えられた称号は「龍帝」────此れ以上によろこばしい物は無く、我も我とて満足であった。


 ────して、生きるのにも、もう飽きた。


 物を喰うのに飽きた。

 他と争うのに飽きた。

 誇りを守るのに飽きた。

 戦う事に飽きた。

 傷つく事に飽きた。


 思い残す事はもう無く、我には生き甲斐と云うものは到底無い物へと変わり果てていた。

 満たされた自己顕示欲。もう此れ以上に膨らむ事は無い。

 我が最後に望むのは「誇りある死」だ。此れさえ叶えば、我に残された物は無い。


 だが、一向に「死」は訪れなかった。


 老いぼれとて、我は「龍帝」。

 龍を統べる者にして、全てをおののかせる者成り。


 我は強過ぎたのだ。



 して我は、やはり死に場所を求めていた────。



■■■


 数百年より、我がねぐらとせんとしていたところには多くの猛者が押し寄せた。

 魔王の使い、騎士、指折りの冒険者────。

 人間や魔物の界隈では「強者」と呼ばれし者達。無論、そこらの雑魚に比べれば、上に立つものであろう。

 だが、どの猛者も我の前では弱者に過ぎない。故に我に挑む者は全て背を向けるか死肉への道を辿った。

 気付けば、「人間狩り」とも下の里では呼ばれとるらしい。


 して何時しか、何者も寄り付かぬ場所へと変貌した。


 しかし、我は其れでも「誇りある死」を求めた。

 其れが我の最後の見出した生き甲斐であり、我のすべてである。


 ────


 時は刻一刻と迫っていた。

「龍帝」と呼ばれ、一時は不死身とさえ持てはやされた我にもどうやら「老い」と云う物が在るらしい。

 我にも「死」が近づいているのは自明の理であった。

 しかし、我に挑む者はもう存在しない。恐れを覚え、遂に諦めを学んだ愚かな者達は、我を相手取ることを放棄したのだ。


 最早、相手を選んでおる暇も無い。

 他者に負ければ其れで良いとさえあわよくば思った。

 強者が弱者に負けるのは、世の常。いずれ負けるのなら、我はそこらの雑種にも命を授けようとさえ考えていた。


 だが、我の元に珍客が顔を見せた。


 1人の人間────それも雌の「獣人ワービースト」とか云う種らしい。我にとっては、相手が獣人だろうが、人間と同じようにしか見えぬのだが……。

 少女は記憶を失っていた。

 有りとあらゆる物事を忘れ、我への恐れすら覚えていなかった。


「お主、我におののかぬのか?」


 我が問うと、人間は雌はこう答えた。


「何を恐れる必要があるの?」


 其の時、我は思うた。




「この雌を、我がかたきにしよう」────と。




 我は問うた。

「雌の獣人よ。我は貴様を育て上げる。親も追憶も無き貴様に『生』を教えてやろう。だから貴様は我に『死』を教えよ」

 人間の雌からは返事が返ってこない。我は其れを受諾と見なし、事無きを得た。


 して我は此の時を以て、初めて人間に夢を覚えた。


■■■


 人間が龍を穿うがと云う前例は、何度も耳にした事が在る。

 事実、我が知る同士も数体、人間に殺られておる。

 だが、我は違った。人間など、当時までは眼中にも無かった。

 騎士で在ろうが、魔道士で在ろうが、我にかかればどんな者も地に伏す存在へと成り果てる。


 だが、今回は都合が良かった。

 記憶が無く、身寄りも無い人間の雌。雌は力が劣るようだが、我からすれば其れは微々たる物。誤差に過ぎん。


 我は死に場所を求める。だが、其れの願いを叶えんとする者は、幾ら待てども現れる気配を見せない。

 して、我はこう考えたのだ。


 ────ならば、我が創れば良い。


 此の日を以て、我の我を穿うがつ教育が幕を開けた。


 先ずは己が能力の平均以上への強化。幾多なる人間の猛者と対峙してきた我にはそんな強さは論外だが、先ずはそこまで底上げる。

 記憶の無い物への入れ込みは容易かった。

 瞬く間に常人と云われし段階まで技術を吸収、成長。我を信用しきっているのか、やたらと物分かりが良かった。

 鍛錬の内容は単純な筋力トレーニングとやら。人間の身体がどうなっとるか、我も余り知らぬが、適当にやらせる。

 だが、重要なのはそこではない。問題は質である。

 我を死なす程度にならなければ、意味が無い。


 我は人間の可能性とやらに少しばかり賭けてみることにしたのだ。


■■■


 他の者の成長を見届けるのは中々に興味深い物が在る。

 早々1年が経過し、我の雌は類まれなる成長を遂げた。


 しかし、何であろうか、此の感情は。

 至極ほのぼのしい。まさか我が此れ程まで癒された事は他に無い。其れは傷では無く……此れが……心と言うのか?

 心無き者とさえ呼ばれた冷酷な我が、此奴に親心でも芽生えたのだと言うのか? 其れも人間の雌にか?

 我にも心と云う物が存在していた事に、我は驚きを隠せなかった。


 して、どうやら我の死期も、そう遠くは無いようだ。


 いて何とでもなる問題ではなかろうが、我は此の雌の育成を早める事にした。


■■■


 遂に此奴が人の郷へと降りた。


 どうやら、此奴は己の名を己で決めたようだ。

 其の名を「ロゼリア」────我も此れを機に、そう呼ばんとしようと決めた。


 人の郷へと降りて、どうやらギルドとやらに勧誘を受けたようだ。

「ギルド」────確か我が聞いた話では、人間達が作りし魔物狩りの部隊で在ると聞く。

 此れは都合が良かった。

 当時のロゼは、我が思うたよりも早く力を極めていた。我が鍛えるにも限度が在る。此れを利用し、我は人間達にロゼの成長を託そうと考えた。此れでよりロゼは我を死なす鍛錬が増す。


 ────だが、我は感じていた。

 初めは、ただ我を死なす為の道具と同等に見ていた者に、愛着を覚えていたのだ。


 実に情けない話だ。

 他者に死を求めるなど、今思えば、我は相当、急いていたようだ。此れが「誇りある死」として見られるかは知らないが……。

 だが、此れが終わる日もそう永くは無い。

 我の死期も、徐々に鮮明としつつあった。


 しかし、我は気になった。

 ────今後、ロゼはどう生きていくのか?

 我は気になってしまったのだ。


 愛着が湧いてしまったとは、「龍帝」の名折れである。


 我はどうすればいいのか、此処から途方に暮れる事になるが、ロゼは知る由も無いだろう。



 我の死期まで、残り半年を切った────。



 ────



 して、時は今に至る。

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