第ⅩⅢ話 誇りある戦い

第一章 Life Is Dramatic


第ⅩⅢ話 誇りある戦い


 人とドラゴン、というのは一言では表せない犬猿の仲である。


 人を見下し、くだらぬ誇りプライドと無価値な侵略で人を脅かすドラゴン────


 一方でドラゴンを敵視し、己の地を守るため敵対する人間────


 どこの世界、どこの時代でも人とドラゴンは対立の存在であり、他の世界のことわざでは、奇妙な光景の喩えとして「龍人りゅうじんの戯れ」などというものも存在する。

 実際、どんな魔物使いでもドラゴンと組む者はあまりおらず、組む人間は相当な変わり者扱いを受ける。とは言え、その者はドラゴンを従える程の相当な実力者であることに間違いはないんだが……。


 それほど、人とドラゴンというのは相見える存在ではなく、仲の悪い関係にある。


 だが、今のこれはどうだろう。


 そんなものを一切匂わせず、本来忌み嫌うはずの2者が何の変哲もなく馴れ合っている。異質だろう。だが、世にとってこれが理想だ。

 両者が分かり合い、共存する世界。

 だが、そんなのは不可能である。ドラゴンは人間を嫌い、人間はドラゴンを忌む。これが解消されない限りはいつまで経っても平行線だ。


 そんな意味ではこの情景は、異質ながらも理想郷のような平和な雰囲気を放っていた。


『貴様には感謝する、人間よ。我のロゼの面倒を見てくれたようだな、話は聞いておる』


『こっちも、大体は聞いている。まさか、こんなところにねぐらがあったとはな』


 打ち解けあったとは言え、この光景は異常だ。ドラゴンと話すのは、あの初日以来だが、これは慣れない。

 それほどこれは異質で異常なのである。

 因みに、現在使う言語は龍語。相手に合わせるのもしゃくだが、こちらは何の苦もないので龍帝に従っている。


『しかし、貴様、其の語を何処で心得た?』

『そちらこそ、人語を使うとは珍しいんじゃあないか?』

『人間が使える物を、我らが龍が使えん筈も無い。数年で挑む人間から真似、会得した』

『随分と暇があったようで……』

『否定は出来んな。実質、そうであったからのぉ』


 我はずっと待っておるばかりだった、と龍帝は続ける。

 まあ、強き者を求めるドラゴンにとっては、それまでが1番の問題である。いかに猛者を見つけ出すか────。見つからなければ、とにかく暇なのである。

 特に娯楽も、味覚もないドラゴンにとっては、唯一存在する暇潰しは「勉学」くらいのものだろう。

 長生きのドラゴンなのもあって、そりゃあ言語を1つ覚える猶予くらい存分に持ち合わせているのも納得だ。


 これには、私も龍帝も苦笑いである。


 さて、閑話を休題し、私は本質的な話を持ちかける。


『ところで、何で彼女を育てたんだ?』


 ドラゴンとは本来、人間なんて種族自体には興味がない。猛者なら問答無用、森羅万象に興味を示し誇りプライドを誇示する。

 だが、何故人間の子供を……それも女性である彼女を育てることにしたのか、はなはだ疑問になった。ドラゴンからすれば、対象にもならん存在であるはずだが……。

 それに隠す必要もなく、ドラゴンは素直に答える。

『拾ったから……では、片付けられんな。人間は感が鋭い。龍が其の様な想いを持つ「心」が無き事は、貴様も存じておろうな』

『当然だ』

 人間は無駄に感が鋭いのは、これは周知の事実。

 脳だけはいっちょ前の人間の観察眼や思考能力は、かの龍帝でさえも認めているようだ。

 そしてドラゴンには「心」がないのも、これまた事実。

 己の誇りプライドの為ならば、残虐行為を止むを得ないのがドラゴンという種族である。

 まあ、そんな汚れた誇りプライドはどんなに見つくろっても誇らしいことではないが……。


 ならば何を誤魔化す必要があろうか。むしろ、隠して何の得になるのか、と言わんばかりに堂々と龍帝は言い放つ────。



『我を死なす為だ』



『成程な……』

『疑わんのか?』

『何を疑うことがあるんだ? あんたがそう言っている。それだけが事実だ』

 ドラゴンは高き誇りプライドが故に、嘘はつかない。

 例え、有り得ないような事象でも、ドラゴンは包み隠さず見たままを伝える。それは元ドラゴンであった私が人間の中で1番分かっており、それに疑う余地もない。

『それに……』

『……』


『ドラゴンの事情なら、私にも分かるからな……』


 相手からの言葉はない。龍帝がどうこれを捉えたかは分からないが、少なくとも何かを察してはいた。

『ロゼには、その真意を伝えてあるみたいだな』

『嘘をつけばいつかは露見する。我の立場上、嘘を付けんのもあるが、いずれ話す時がきたるなら、隠す必要もあるまい』

 確かに、そもそもその目的で育てなければ、むしろ逆に最後で失敗するだろう。大抵の物語はそうだ。嘘を最後に嘘と伝え、相手が逃げることなど稀ではない。まあ、物語の話だが……。

 そういう点では、このドラゴンは得策を取ったと言えるだろう。


 龍帝の理由を聞き終えたところで、話を変える。

『で、猶予はどのくらいだ?』

 ドラゴンが人間に何かを求めるのは珍しい。直接、殺してくれなどと言うなど、相当な理由があると見える。何かを急ぐような、そんな雰囲気だ。

 そして私の予見は、どうやら図星だったようだ。

『あと5ヶ月か、其の程度だ』

 強者は「死」を悟る。

 己を鍛え過ぎたが果てに、己の死相が見えてしまうのだ。

 ドラゴンとて同じこと。


 彼は既に、自分を知っていた。


『で、見つかったのか?』

『未だ見つからず、だな……』

 ドラゴンは誇りプライドが命だ。己が誇りプライドけがされるくらいなら、「死」を選ぶ────そんな種だ。

 そして、そんなドラゴンの至上の「死」────それは「戦死」。


 そしてドラゴンは、どいつもこいつも「戦死」を求める。


 己が誇りプライドの為に戦い、誇りプライドの為に散る。

 ドラゴンにとって、これ以上の名誉はない。


 どうやら、このドラゴンは……龍帝は死ねなかったようだ。

 己が龍帝が為に、強過ぎたが為に誰も彼を殺せなかった……。

 だから龍帝は死なせる相手を求めた。求め、辿り着いた結果が今の彼女……ロゼである。

 龍帝が自らを死せる為に育てた人間。……そりゃあ強いわけだ。

 ……たが、どうやらそれでも間に合いそうにないようである。

 まだ、彼女は未熟なようだ。龍帝を殺すには、名誉として名を刻むには早すぎる。足りない。


 そして、恐らく無理であろう。力量的にではなく。


『後生の頼みだ、……貴様には其れが出来るか?』


 そして、龍帝は最後の望みを私に求めてきたようだ。


『愚問だな。力量なら、かの龍帝が測れんはずがなかろうに……』

 龍帝、かの龍帝は数知らずの戦闘を繰り返している。相手さえ見れば、その実力は手に取るように分かるはずだ。そうである私のように、争う相手の見極めくらい容易いはずなのだ。

 我らの会話の内容もいざ知らず、向こうでベルと戯れるロゼを見て、龍帝が目を緩ませる。


 ドラゴンが微笑むとは、やはりこいつは変わり者も変わり者だな。


『ならば、もう一度言おう』


 龍帝が私に問いかける。

 無論、今度は言い方を変えて。誇り高き龍が人間の下に周り、本来口に出さぬべき言葉を使う。

 初めて使うであろう龍帝も、言い方に手間取ったようだが、ようやくそれ口にする。


 その言葉は至極単純で、彼の持たぬはずの想いの全てが込められていた────。




 其の時は、ロゼを、頼んだぞ────




『了解した』


 そして私の腰の刃が、音を立てて光を反射した。


■■■


 ドラゴンの双眸がギロリと私を睨みつける。

 洪大で、冷酷なその眼光は、巨人でさえ萎縮させる。

 鼻息が荒くなる。偉大な髭が大きくなびく。


 グオォォォォ!!


 周囲数キロにも轟くであろうその咆哮は、不穏な気配を漂わせると同時に戦の合図を報せる。

 当然、その声がベルとロゼの耳に入らぬはずもなく、こちらに目を向ける。


 一触即発の空気─────どちらが先か、手を出せばそこから始まる。


 先に動いたのは龍帝であった。

 剣を片手にした私に、ドラゴンは大きく振りかぶった爪を容赦なく下ろす。

 砂埃が大袈裟に巻き起こり、遂に戦闘の火蓋が切って下ろされた。

 一方で避けた私は体制を整え、猪突猛進に突っ込む。

 振り下ろした腕でできた懐に猛スピードで、突く。────だが。

「!?」

 龍帝は老いても龍帝であった。

 戦闘を重ね、戦闘の上に立った、言わば絶対的勝者。これに対応できないはずもなく、もう片方の腕をぶん回す。

 速い。速度強化魔法をかけていない私にはとても対応できるものではなく、剣で受身をとるのがやっとであった。

 そのまま、横に吹き飛ぶ。


「───ぐっ!!」


 久々の背の痛みに少し声が漏れる。

 地面に背から叩きつけられた身体は、常人なら耐え難いものだろう。鍛えている私には、まだ我慢出来ないものではないが。


 流石にこの一撃で今の自分には歯が立たぬ相手だと悟った私は、マナを活性化させる。

 脳内で呪文を唱えた途端、私の周りに青白い光が纏わり、力がみなぎるる。

速度強化魔法ドーピング」を使った私は、一瞬でドラゴンまで距離を詰めた。


 ドラゴンの目は追いついていない。だが、相手は龍帝。感覚のみで反射的に腕が動く。

 だが、遅い────。先程では、避けるのもやっとだった相手の攻撃が目劣りする程に、私の攻撃には間に合わない。


 そして、剣に力を込め、懇親の一撃を振るう。


 キンッ


 しかし、その切っ先は弾かれた。

 龍の鱗────鋼の如きその身を包む皮膚は、まさに鎧。

 幾ら、強度のある剣とは言え、他の魔物とはわけの違う身体には傷一つつかなかった。

 それを確認すると、一旦身を引く。

 一方で龍帝も、身体をひるがえし、私を振り落とす。


 私と龍帝は、再び向かい合う形へと戻った。


 私の存在を見た龍帝は、大きく息を吸い込む。

 そして、灼熱の火焔を私へと吐き出した。

 その範囲は広く、「速度強化魔法」をかけていなければ、一瞬で丸焦げであっただろう。若干熱さを感じつつ避けたが、その行動に龍帝が反応する。

 火焔の方向をこちらへと変え、灼熱が私を追う。

 ちょこまかと動く私。だが、それに龍帝は着いてきていた。どうやら、暫く眠っていた戦闘の感覚が蘇ってきたようだ。


 一方でちらりと2人の方を見やる。状況の大きさを察したのか、その場から離れ、どうやら2人には被害が及んでいないようだった。

 だが、その一瞬で龍帝の火炎が私の背に追いつく。

「────くっ!!」

 間一髪でそれを避けるが、少し髪の毛が焦げたのを感じた。


 着地した私は戦況を変える為に魔法を唱える。

 瞬間的に唱えられた言霊は、具現化し、現象として形を変化させる。

氷属性第1級魔法アル・マトーレ」────。

 瞬時に冷却された空気は、氷結の壁を作り出し、灼熱の火を遮断する。

 溶岩の温度にまで達する、ドラゴンの炎。

 一方で極地の極寒までに及ぶ、魔法の氷。

 溶ける一方で次々と新たに氷が形成され、どちらも引けを取らなかった。


 防戦一方の争いに、龍帝が動きに出る。

 吐く炎を止め、巨大な爪をこちらへと振るったのだ。

 鉱石の如く、龍の鱗と並び、傷のつかない恒久なる氷。だが、そんな魔法で編み出された氷に龍帝はひびを入れる。

 なんという馬鹿力。幾ら死にかけといい、闘争心とその絶大な力は普通のドラゴンを上回っている。


 だが、私の氷は、そんな相手を貫いた・・・


 グッ、グオォォォォ!!


 龍の鱗と並び、鉱石の硬さを誇る、第1級の魔法の氷。

 マナの反応を敏感に感じ取り、それを未然に防ごうと対処した龍帝であったが、少しばかり遅かった。

 横から突き出した巨大な氷の刃が、ドラゴンの脇腹を掠めた。

 剥がれる表皮。飛ぶ鱗と血液。

 だが、それに屈することも無く、龍帝は次の行動へと身体を使う。


 大きな風と共にドラゴンが飛び上がる。

 一回り大きなドラゴンの羽ばたきは、まるで災害。竜巻が起こるほどの強風に体制が崩れそうだ。


 私の上を通り越し、氷の壁の裏側へと回り込むと、龍帝が魔法を唱え始めた。

 口の前で魔法陣が形成され、少しずつ、マナが具現化する。

 赤く、黄色く、白い光────。



 次の瞬間、それが放たれ、放った数キロに及び、その地面が溶ける・・・



 そして、真紅の焔が地表から姿を見せた。



 数メートルにも及ぶその炎は、もはや天災。規格外。巻き起こる轟音は爆発の威力の数十倍。これが、龍帝と呼ばれし者の力であった。人知では到底及ばない星すら脅かす魔法。

火属性煉獄龍魔法ドラゴ・ヘルム

 ドラゴンの上位にしか扱えない魔法を容易く唱えた彼は、やはりその名を冠すのに相応しい存在であることを、今一度知らしめる。

 私の創り出した氷はあっという間に姿を消し、なくなる。

 これが、かの龍帝の『本気』。遂に龍帝が本性を現した。

 そして、地面にゆっくりと身体を乗せた。堂々と。その姿、王の如く。


 するとその時────。



 ドスン



 あの龍帝が────あの天災を放った張本龍が、音を立てて崩れ落ちたのだ。

 無論、何事かと驚きを覚える。

 だが、そんなもの、直ぐに分かった。



 老い────それが彼の1番の重りだった。



 幾らかの龍帝とは言え、歳の波には逆らえない。

 生命全てに平等に訪れる「死」。それが間近に迫っていた彼には、流石に今回の戦闘は無理があったのだろう。

 恐らく、さっきの一撃でさえ、全盛期の数分の一程度だろう。あの一撃で、彼の身体が悲鳴を上げた。

 だが────。


『まだだ────』


 息を荒くしながら、龍帝は身体を起こす。

 己が誇りに懸け、ドラゴンはボロボロになろうが、戦う意志を見せる。

 それがドラゴンとしての、誇りプライド


 今の己が身体など関係ない。「死」など恐れない。

 老いなど、ハンデにはならない。


 そこにあった勇士は、誇りある者の象徴のようであった。


 誇りだ。それがすべて。


 ドラゴンは無理な身体を奮わせ、何事もなかったかのように私に襲いかかる。

「速度強化魔法」で強化された私に着いてくる龍帝。先程は追うことすら出来なかった腕が背中を掠めていく。

 意地と誇りプライド。彼を動かすのはそれだけだった。


 だが、私も負けるわけにはいかない。


 先程と同じように剣を振るう。

 普通は先程と同じよう、弾かれるはずであるが……。


 その剣は、遂に龍帝の肉を捉えた────。


 使ったのは「硬化魔法ドーピング」。鉄の強化にまで物質を硬くするその魔法だが、無論、それだけでは龍帝の鱗は貫けない。

 何重にも・・・・かけられ・・・・、ようやく肉に届くようになり直接的なダメージが相手に届く。


 激痛が神経をほとばしり、龍帝を唸らせる。


 ギャォォォォォォ!!


 痛さに若干引きを取るも、龍帝は一切諦めを見せない。

 身体を揺さぶり、私を振り落とすと、尾を使い、私を地面に叩きつける。

「グハッ!!」

 身体全身に痛みが走る。だが、そんな私に情けをかける暇もなく、龍帝は次のモーションへと移る。

 起き上がろうとする私を爪で吹き飛ばす。剣で受身を取るが、肩を爪が食い込んでいく。

 そのまま、崖の壁にはりつけにされ、大の字で地面に落ちていく。

 更に追い討ちをかけるように、龍帝は魔法を唱える。

 マナが構成する次なる魔法は「雷」。

雷属性雷鳴龍魔法ドラゴ・ギュリウス」────。

 雷そのものの威力を、1つも2つも超えた脅威なる魔法が私を襲った。


 ドラゴンの編み出す最高レベルの雷属性魔法。その電力は雷のそれを凌駕する。10万ボルトや20万ボルトの非ではない。

 龍帝の頭上で溜められた電気の玉はつんざく音を立て、それを一点に向けて一挙に放たれる。


『天災』────火の魔法と同じく、我ら人間との格の違いを知らされる一撃であった。


 勢いよく撃たれた魔法は私の背後にある崖を、まるで積み木のように崩していく。巻き起こる岩雪崩。あれ程の威力を持った一撃を喰らえば、一溜りもない……いや、一溜りで済めば可愛いものだ。

 少なくとも『死』に至るであろう。


 無論、そんな攻撃をもろに受けるはずとなく、何本か折れたであろう身体を無理に叩き起こし、なんとか回避する。

 通常は伝うはずがないが、威力を高め過ぎた電流が空気を伝って肌に小さな刺激を産んだ。肌が、あの一撃に対して恐怖を覚える。

 全盛期は山をも抉る威力だったのだろうが、今はこれが全力であるようだ。だが、殺傷させるには十分過ぎるものである。


 空を切り裂くような一撃────。


 その後を見やれば、ダイナマイトでも使われたような残骸だ。


 滴る血液を握り締め、意識が飛びそうな痛みを堪えながら、ようやく2本で直立する。

 一方で相手も久々に多大な魔力を使ったのか、目は険しく、さっきよりも息が激しい。


 どちらも立っているのがやっとなのは誰の目でも理解出来る。これが正式なゲームか何かならドクターやレフリーが止めに入るだろう。だが、生憎そんなのはいない。

 故にこの戦いを止める手立ては「どちらかが負けるか」しかない。


 何であろうか……このゾクゾクする心の昂りは……。『死』を目前とした争いに手を突っ込み、一切の躊躇ためらいを感じない。『死』が怖くないのは私にとって当たり前だ。だが、この高揚は違う。

 恐らく、ドラゴン狩りをしていた時代の私が目覚めたのだろう。まったく……己が恐ろしい。


 ……今、私はどんな顔をしているのだろうか────。如何せんことに、私はそれを確認することができない。私の今、目に映すことの出来るのは、かの龍帝のみ────。


 そして、その龍帝の顔は────



 どこか嬉しそうであった────。



 永年探し求めた猛者との戦い。私が強いかどうかは慢心だが、少なくともそこらの冒険者よりは上であることは確かだ。

 老いにより、もやは別個体と呼ばれるまで、力の落ちた龍帝。本来なら今死闘を繰り広げている私でさえ鼠輩そはい範疇はんちゅうなのだろう。だが、あまりに強過ぎた彼には遂にどんな者も寄りつかなくなってしまった。そして『戦闘いきがい』を忘れていた……。


 久方振りの戦闘────血湧き肉躍らないはずがなかろう。


 前に踏み込み、刃物の数十倍優れた爪が存分に振るわれる。避けた先の地面には深々とした爪痕が残った。

 効果魔法で幾重にも強度を上げているこの身だが、それでもこれの全てを防ぎきれないだろう。崩れかけの身体に直撃すれば、再び立ち上がれるか分からない。

 そのまま攻撃体制に入ろうと身構えるが、それを龍帝が遮断するように猛攻を加える。

 速度魔法で何度も素早く避けるが、それに喰らいつく。

 立て直しを許さない相手の連撃は、私の心を若干いらつかせる。


 何だこの一方的な攻撃は────面白い・・・じゃあねぇか。


 龍帝が私に牙を剥き、地面を喰らう。

 私はそれを避け、相手の首元に強烈な打撃を加える。

 ドラゴンはそれを首で薙ぎ払い、少し剣が食い込みつつも吹き飛ばす。

 人間はその一撃を身のこなしで上手く軽減し、受け身で地面に転がる。

 一進一退の激戦。

 満身創痍の私達は必死そのものだった。


 それに、黙っていられるはずがない者がいることを忘れて。



 やめて────


 ポツリと呟いた声は届かない。轟音にかき消され、発したことを無に帰す。


 やめて


 少し大きくなった声はやはり届かない。必死である彼等には、聞く耳すら持たれていないのだ。


 そして、少女の声は、ようやく少女の声として認識できる程の大きさへと肥大化する。



「やめて!!」



 その声は、ただ純真無垢な少女ロゼの心の叫びだった。


 知人の痛々しい争いが見ていられなくなったのだろう。無論、それはベルとて同じだ。

 だが、ロゼが込み上げたその想いはベルよりも強かった。己を育ててくれたドラゴン。人里で初めて気を許せた人間────そんな2者は彼女にとって恩人だった。

 私にはそんな自覚も資格もない。龍帝だってそう思っているであろう。だが、彼女はそう思っていた。

 どちらも大切な存在────だから止めに入ったのだ。


 ────しかし、彼女の声が響こうが、私達は争いを辞めなかった。飛び交う血液、止まぬ猛攻。


 その光景に心が動き1歩、また1歩と自然に足が出る。

 大切に思うからこそ、それ以上争って欲しくないという気持ち。

 紛れもない、彼女の本心だった。それが行動となって彼女の1歩へと変換される。

 様子と行動に感情が出やすい、いかにも彼女らしい1歩。

「止めたい」という一心で。彼女の前の戦火が近づく。


 射程範囲内、あらゆる攻撃の及ぶ区域に彼女が足を踏み入れた時だった────



「「来るな!!」」



 私と龍帝の2つの声が合致した。


 威圧された言の葉にロゼも一歩引き下がる。

 怒りの篭った一言。その一言がロゼにとって重かった────。

 そして、理解する。


 ────嗚呼、この戦いは止められないのだと。

 この戦いは、なんびとたりとも穢されないものなのだと。彼女は察した。


 ロゼの頬に目に溜まっていた涙が一雫伝って落ちていく。

「戦力外通告」────いざとなれば身を乗り出して止めようとしていたロゼに渡された怒号。

 その言葉に少女はその場に崩れ落ちる。己が力が無き故に、この2人の争いに介入することすら許されないのかと、1人嘆いた。止めることもできないのかと、1人絶望した。


 彼女を襲う落胆。それは己の非力さが故に。

 彼女を襲う悲劇。それは己の使命を遂行出来ないが故に。


 少女は、目の前のドラゴンに言った言葉を思い出した。




 私が、龍帝さんの願いを叶えてあげるね────




 ベルに後ろから背を揺すられながら、少女は涙を流す。


 目の前の強者を遠くに感じながら────。


 ────


 辺りを震わす、激闘の最中。

 遂に決着の一手が撃たれた。

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