第ⅩⅠ話 事件は唐突に
第一章 Life Is Dramatic
第ⅩⅠ話 事件は唐突に
「まだ無駄が多い。もう少し発動を遅らせてもいいから、もう少し丁寧にだ」
「そ、そんなこと言われましても!」
少女はあたふたしながら杖を振るっていた。
ベルの魔法の訓練。一応、こちらがついでとは言え、やるからには手を抜くわけにはいかない。
ことは素早く、丁寧に、必要性を重要視。
私のモットーの1つであるこれを主軸に、私は彼女に魔法を教えていた。
相手は討伐ランクE級モンスターのゴートドン。羊型だが、羊よりも巨漢なその身体はいざ相手にすると、その大きさに圧巻となる。
ましてや突進などされれば、腰が引けてもおかしくはない。
気性が荒いそのモンスターは容赦なくこちらへ向かってくる。
無論、戦闘慣れしていない1人の少女では太刀打ちが難しく、その攻撃を避けるのに必死だ。
「安心しろ。当たりそうになったらこっちが手を出せる範囲にはいておくから、そっちは魔法を使うことだけを考えろ!」
「は、はい!」
私の言葉に促され、背中を向けていたベルが前を向く。そして、杖に魔力を込める。
杖は適正具合を本人で確かめ、そして選んだ最適品だ。杖に不具合はない。あるとしたらそれは本人の使いようにある。
ぐっと握りしてた瞬間、彼女の周りを青白い光が包み込む。マナが魔力となり、現象となり、目の前に作り出されようとする。
だが、まだ早い。形成し切ってない力はまだ発動するには未熟すぎる。
マナの反応にそれにモンスター共が寄り付く。突進。追突。もはやその勢いは、自動車そのものだ。当たればひとたまりもない。
だが、まだだ。ゆっくりと溜め、迫る恐怖を堪え、それを丁寧にじっくり熟成させる。
────今だ。
私がそう思うのと同時、少女の魔法が具現化する。
「
彼女が魔法を唱えたと同時に現れる、鋭い稲妻。形成されるスピードはそれこそ光のごとく素早い。彼女の得意とする、雷属性。それが形を帯び、標的に当たる。
当たった標的がどうなったかは言うまでもない。
彼女にしては上出来。発動速度は遅くても、これ程完成していれば、今回は十分だろう。以前の彼女の魔法は、出鱈目に発動しすぎて、相手を痺れさせるのが精一杯だ。ここまで丸焦げになるほどの威力はない。3級ほど魔力の低下、もしくはそれ以下だろう。
ようやく最大限を発揮できた自分の頑張りに、少女は1つ息を
だが、それで撃破出来たのはたったの一体。大量発生しているゴートドンは攻撃の手を緩めない。
襲われそうになるベル。
私はそれに一蹴りを浴びせ、ゴートドンの巨体を横倒しにした。
「とりあえず、遠距離から補助を頼む。あとは私とロゼに任せとけ」
いいところをかっさらった私は、倒れたモンスターの追撃にかかる。
尻もちをついたベルは、弱々しい声で、
「もう……私の活躍がまるで蟻ん子のようじゃあないですか……」
その蟻ん子を踏みつぶすように暴れる私とロゼ。
傍から見ていて疼いていた身体が発散せんとばかりに動く、動く。
申し訳なさを少し抱きつつ、私達はE級モンスターを相手に猛威を奮った。
■■■
お昼タイム。
さて、お待ちかねの食事時間だが、困ったもんだ。
ロゼの分の持ち合わせがない。
ということで、火属性魔法で起こした火を利用し、私は倒したばかりのゴートドンをじっくり火炙りしていた。
その様子を見た1人の少女が和声を掛ける。
「あのぉ、そう言えばなんですけど……」
「ん? なんだい?」
「魔獣の血って、毒がありませんでしたっけ? 野宿のとき、食べてはいましたけども……」
モンスターと魔獣。
この区分は意外と知らない者が多い。
モンスターというのは人に対して反抗的な生物のことを指す。例えばドラゴンなど、人間と敵対している種族などがその対象だ。一部地域では神聖な存在として崇め奉られているらしいが、私はプライドが高過ぎるが故、人間として
一方で魔獣というのは、血液中に「魔素」というのを含んでいる生物のことを指す。今でいえばこのゴートドンがそうである。成分の解明はされておらず、ただ、人間が摂取すれば濃度によれば死に至るまでの毒である。
故に食用には適さず、今まで店への流通は避けられてきた。
私も最初はそれを知らず、食べて瀕死に至ったものだ。知識がないとは言え、あの時は餓死寸前の空腹だったからなぁ……。
まあ、今はそんなヘマは起こさない。
だが、この「魔素」に関しての対処法は他世界では既に研究され、魔獣というのは他と同じく食用となっている。
この世界でそれが知られているかは知らないが、「魔素」の弱点。
「知らないのか? 魔獣の毒は、火を通せば弱まる」
魔素というのは言わば菌類のようなものである。
実験されたことだが、この魔素を注入された鶏が、翌日、奇妙な姿となって人間を襲ったという実例がある。
まるでバイオなハザードのような話だが、これはそれに似ている。
この魔素なる物は生きている。ウイルス。
そして、菌類のようなものならそれに対する対処もやってみる価値はある。
たまたまの思いつきだったらしい。
火を通してみると明らかに魔素の量が減っていたようだ。
他に分かったことは、酸素に弱く、触れると死ぬ。極端な温度変化に弱い。
つまり、火を通す。冷凍する。しばらく置いておく。
これらをすれば魔素の量は極端な減りを見せ、人間でも食べられる量となるらしい。
「そ、そうなんですか!?」
「だが、過信は出来ないよ。魔素が死んだと言っても100パーセント殺菌したんじゃあない。あまり摂取し過ぎると、魔素中毒みたいなのにもなるらしいし……」
「そ、それは、怖いですね……」
薄めれば無害。しかし塵も積もれば山となる。その積もった山、つまり有害になるまで積もってしまえばその効果を発揮する。
魔素は人間には消化しずらいらしい。身体に溜めてしまえば、そりゃあ毒にもなるだろう。
私は経験したことないが、見たことはある。知人が泡を吹き、「魔獣を寄越せ」とまるで獣そのもののように吠えていたことを。
あれはもう人間じゃあなかった。私も人間ではないが……。
肉が焼け切ったのを確認する。
上手に焼けました〜とどこからか聞こえてきそうだ。じゅるりと
それをロゼに手渡す。
「……」
「なんだ? 食べないのか?」
「た、食べる……」
いつもなら食い気が強いロゼが何故か遠慮した。気分でも悪いのか? あるいは私の話で若干気が引けたのか?
どちらにせよ、彼女の様子がおかしかったのは事実だ。
手に取った肉を美味しそうに頬張る少女。
私も流石にこのビガーだけでは足りないので、串に刺した肉に
「調味料が欲しいな……」
文句を漏らしつつ、1頭分の肉をロゼと私は食い潰した。
■■■
「ちょっと食べ過ぎたかな?」
少し膨れた腹を叩きつつ、食べ過ぎたことを後悔する。
これからドラゴン討伐なのだ。動きが鈍っては命に関わる。
そんなことを差し置いて、食べ過ぎては……私も油断し過ぎたな。
そんな私はベルと話をしていた。
何気ない、ちょっとした会話。
「あんまり肉ばかり食べると、太りますよ?」
「その節ならあまり心配ない。一応、筋力維持のトレーニングは日々行っているからな」
「朝のあれですか?」
「いや、君が知らないだけだよ」
剣士にとって毎日の鍛錬は欠かせない。これは義務みたいなものであり、私の1日のウォーミングアップである。
「ところで騎士をやっていたのって、いつ頃ですか?」
「そうだなぁ、数年前と言っておこうか。なんせ基準が曖昧すぎて、いつから騎士じゃないのか言いにくいしなぁ」
数年前ではなく、正しくは数百年前だが……。
「アルトさんってどんな実力だったんですか?」
「一端の騎士団長だったよ……。騎士に入る前から剣をやっていたのもあるが、それを買われて直ぐに昇進したなぁ」
騎士に入る前、とはギルド時代のことだ。剣を振るってモンスターをバッサバッサ倒していた実力が、この時ようやく評価された感じだが……。
「同僚にもそういう奴がいてな。俺と2人で組んで、『陰陽の双騎士』と呼ばれていた」
「へぇ、カッコいいですね!」
「つけた奴は厨二っぽいけどな……」
いかにもなネーミングだ。どこのアニメに影響されているのやら……。
「あの時が来るまでは、楽しかった……」
これがどんな意味を帯びているか、そんなのは第三者でも理解出来た。これ以上、ベルは何も追求はしなかった。詮索されるのを嫌がる私にとっては好都合だが……、少し話が重くなったか。
あの時、泣けなかった私の罪は大きい。いや、罪はないのかもしれない。勝手に自分で背負ってる重みだが、私は彼に対して心から悲しめなかったことに後悔、そして懺悔の気持ちを抱いている。
人間ではなくなったが故に、悲しみを悲しみと感じられないほどに悲しんできたが故に悲しめなかった重み。
どんよりとした空気。
そんな空気を、突然とある事件が切り裂いた。
シャキン────
何か金属の擦れる音。
そして、近づく影。
考える間もない、一瞬の出来事。
私の内心など、知る由もないそれは。
グサッ────
私の皮膚を深く貫いた────。
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